本編
八重樫が帰った3時間後、ある男性が特捜課の部屋の前に立っていた。
特捜課の部屋は階層の隅っこに存在し、男性に噂通り窓際部署である事を連想させた。男性は民間事務所の一室の様な安っぽいドアにやや躊躇いつつも、ノックの後押し開けた。
パソコンの画面を眺めていた一樹は、男性に気付くと慌ててキーボードに触れた。凌と綾は男性に気付くと互いに顔を見合わせる。
その後、綾は男性に問い掛けた。
「あなたは?」
訪ねた男性は答える。
「捜査二課警部補の瀬上です。特殊捜査課へ応援要請に来ました。」
「とりあえず座って下さい。ロクな物しかありませんが…」
綾は瀬上を椅子に座るように促す。
「私は巡査部長の二階堂です。現在責任者の倉島は別件で大阪府警に出頭しており不在ですので、代表して私が。」
瀬上と話を進めるのは現時点の序列で実質特捜課No.1の綾だ。続いて凌と一樹も自己紹介する。
「応援要請と言いましたね。概要をお聞かせ下さい。」
瀬上は格下の綾にも丁寧語を変える事なく話し出す。
「「G」ハンター、というのはご存知ですか?」
「存じています。確か「G」に関する物品を専門とする怪盗だと。」
「その「G」ハンターが我々捜査二課に、犯行予告状を送り付けてきたんです。」
瀬上はどことなく落ち着いて、物静かそうな印象だった。さらにその若さで伊吹と同じ警部補という事はキャリア組なのだろうか。
凌は警察学校での研修前に抱いていた刑事への憧れを思い出した。
「予告状…」
「奴は予め犯行を予告し、実行する。」
「今の時代にわざわざ予告して、自らハードルを上げるなんて自信の塊のような奴ですな。」
一樹がこういう場で珍しく口を開く。思った事を実直に発言したのだろう。
「その自信の源になっているのが、不可思議な力と言う事よ。ですよね?」
綾は瀬上に同意を求めた。
「えぇ。その不可思議な力が厄介なもので、手元にある情報だけでもかなり厄介な怪盗です。」
「その不可思議な力の詳細とは?」
「分かっている事だけでも消失。過去に捜査員が奴を追い詰めた時に、目の前から姿を消したそうです。さらには赤外線警備装置や電子ロックの無力化に加えパトカーを浮かび上がらせる等。奴は普通の怪盗には成し得ない芸当をやってのけている。」
「成る程、それで我々の所に。」
「私を含めた二課の捜査員はその筋についての知識や経験はそこらの素人と大差ありませんし、一課の同期から評判は聞きました。特殊捜査課は過去に何度か、そういう能力者を逮捕していると。」
「ただその者の犯罪件数も少なく、今の所全て逮捕できているだけですよ。」
瀬上の話を聞く限り、凌ら3人が特殊な存在である事を知らないようだ。
「「G」ハンターについて補足しておくと、奴は去年初めて姿を現して以降世界中で盗みを働いています。日本にも何度か現れましたがこちらも成す術なく犯行を許してしまっている現状です。
奴が警視庁の管内に現れるのは初めてで、本庁で本格的な対策内容を検討する間もなく、次の物品を盗むと予告が。」
「その物品とは?」
「次のターゲットは帝都博物館の保有する獅子の瞳と呼ばれる宝石で、奴が狙うという事は「G」の一種かもしれません。」
「指揮はやはり二課が?」
「今回は捜査二課長の大槻警視正が指揮を執り、警備には所轄署の応援もありますが、人数は多ければ多いほど良い。応援に来て頂ければ助かります。」
綾は凌の顔を見る。凌は頷く。
「了解です。犯行予告はいつでしょう?」
「3日後、午前0時。」
「3日後…ですか。」