女神


===匣と男===



 葬儀の手配を終えて駅に着いたのは終電到着の前であった。
 終電に間に合えばよいとはいえ、気が競っていた私は遅くなったと思った。
 駅前に車を停め、駅舎に入るとベンチに一人の男が座っていた。駅員室を見ると、既にシャッターは閉まっていた。夜9時を過ぎれば駅員は帰宅してしまう。田舎の駅などそういうものだ。
 駅舎内は十畳程の空間が設けられており、駅員室に沿った壁に券売機1台が置かれ、両壁には出入り口とプラットホームへ通じる改札機がそれぞれあり、余ったスペースに古びたベンチが一つ壁に寄せて置かれており、男はそこに座っている。駅には自動販売機すらない。便所は外にあるが、女郎蜘蛛の巨大な巣と化している。
 壁に掛かっている埃の被った時計を見上げた。まだ終電の到着には10分ある。やっと私は安堵した。同時に、人の不幸による事とはいえ、久しぶりの妻子達との再会に心が躍った。

「もう直ぐ終電が来るよ。……あぁ、後10分だ」

 唐突にベンチに座る男が言った。自分に話しかけたのかと思った私はギョッとして彼を見た。
 男はくたびれた背広を着ていた。よく見るとシャツは汗染みで黒ずんでいる。
 男は大層大事そうに膝の上に大きな箱を抱えている。私は男がその箱に話しかけていたのだと気がついた。
 骨壷が中に入っているのだろうか、私は葬儀の事もあって、箱の中身を連想した。
 しばらく男と箱を眺めていると、男は箱に対して時折笑ったりもしていた。愛娘を失い気を病んだのかもしれないと私は想像しながら、ベンチの男と座る位置と反対側に腰を下ろした。私に男は一切関心を向けていない様子であった。

「ほう」

 箱の中から声がした。鈴でも転がすような女の声だった。

「お気づきになりましたか」

 男が言った。一瞬、私は旧友の顔が浮かんだ。男と彼の顔が似ていた為だろう。別段珍しい顔でもない。

「誰にも言わないで下さい」

 私が何も答えないでいると、男はそう言って、箱の蓋を持ち上げ、こちらに向けて中を見せた。
 箱の中には綺麗な娘がぴったりと入っていた。
 勿論、精巧に作られたものに違いない。その胸から上だけが箱に入っているのだろう。
 なんとも美しく、そしてあどけない顔なので、つい微笑んでしまった。
 すると、娘も微笑み返し、声を出した。

「ほう」

 ああ、生きている。
 私は何だか酷く、男が羨ましくなってしまった。




【第一幕・了】
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