本編
二日後、エジプト・アラブ共和国首都カイロ。
「帰ったら、緊急取締役会議で詳しい事情を説明することになったわ」
「そうですか」
会社への長電話を終えてホテルのレストランに戻ってきた元紀は溜息混じりに榊原に言った。対する彼は興味がなさそうだ。
「他人事じゃないわよ? 榊原も同じ場に立つんだから」
「別に今の時代、J.G.R.C.を解雇されても仕事は幾らでもありますから。それに、仕事に必要な人脈は十分にありますからね」
「安心しなさい。何があっても、わたし達は会社に残すって部長は言っていたから」
「それってただ単に俺達を目の届くところにおいておきたいっていう、経営上の理由ですよね?」
「まぁあの部長、榊原を超える程の狸だから」
「ヒドイッスね」
「冗談はいいとしても、J.G.R.C.を捨てるわけにはいかないわ。斎藤専務との約束を果たせなかったんだから」
「それでも、あの人が後任の社長というのはもう昨日の段階で決まっているですよね?」
「何か含みの有る言い方だけど、彼女は真人間よ」
「それはわかっています」
「……あ、お邪魔だったかな?」
二人の座る席に銀河とガラテアが近付いてきた。
「エジプト政府とのお話は終わったの?」
「あぁ。元々ムハンマドの仲間が色々と根回しをしていたらしくてさ、俺達はVIP待遇で向こうのお偉いさんとお話。それで、とりあえず今回の騒ぎは石垣三十郎っていう謎の旅人と謎の巨大ロボットが解決したってことで、正体は目下調査中ってことにしてもらった」
「その正体は永遠にわからないでしょうね?」
「流石は榊原君、わかっているね?」
「ありがとうございます」
「それで、あんた達、これからどうするの? あの遺跡も壊れて、旅人である理由がなくなったんじゃないの?」
「それはあくまでも旅人の旅の理由だろ? 俺は、勿論自分が何者かを知るのが目的だったけど、結局「G」が何かっていう答えを出した訳ではないだろ?」
「え? ……銀河、わかっているんじゃないの?」
「さぁな? 俺が単純に忘れているだけかもしれないし、知らないのかもしれない。でも、今の後藤銀河として、「G」って存在を理解したとは思っていないんだろうな? だから、俺は何故「G」ってものがあるのかを求めてこれからも旅を続ける」
「ガラテアさんは?」
「私は銀河殿についていく」
元紀が黙って立っているガラテアに聞くと、彼女は即答した。
「別にもう俺を主とする必要はないんだぞ? ヤマタノオロチ……セクメトの心はもうお前と一体になっているんだ」
「え?」
「あぁ、元紀達はわからないよな? 破壊神セクメトってのは、『神々の王』がかつてガラテアに与えた別の心理なんだ。つまり、心理の力で生み出した二重人格が、真理と変化の力で具現化された姿って事だな? 結局今はもうあの戦いでガラテアの心と一体化したから、今更って感じだけどな?」
「じゃあ、銀河が旅人と心が一つになったのと同じ?」
「そうだな、元々同じだったんだから、同じだな」
「人類の存亡をかけて、精神カウンセリングをやったってことですか?」
「榊原君、その指摘はいいな」
銀河は笑った。そして、笑顔のままガラテアに言った。
「それでも俺と一緒に行ってくれるか?」
「えぇ。私は銀河殿と一緒にいたい。迷惑か?」
「いや、旅は道連れ、世は情けって言うしな。よろしく頼む」
「はい」
時代錯誤な事を言って手を差し出す銀河。ガラテアもその手を握った。
「へぇ……そういうことか」
「どうかしましたか?」
「別にぃ~。さ、夜の便で帰国するのよ! さっさと荷造りを終わらせちゃいましょう!」
「え、ちょっと! 課長!」
元紀は微笑みながら榊原の肩を叩き、レストランを出て行く。榊原は慌てて伝票を持って後を追う。
元紀は確かに見たのだ。ガラテアの目の下がわずかに紅潮していたのを。
「……あー、出てった。俺達を残すなよな?」
「あ、銀河殿……。その、手を離してはもらえないか?」
「あぁ、悪い」
「………」
エジプトの大地にも春の気配が近付いてきた。
「へぇ……J.G.R.C.の社長がエジプトで行方不明になったんだと」
「! ……そうなんだぁ」
朝飯を食べながら、電子媒体上の新聞を読むケンがつぶやいた。
50インチ薄型モニターでマインスイーパをやっていたムツキの表情が一瞬固くなる。しかし、すぐに平静を装う。
「大変だよなぁ。40歳で起業してわずか2年足らずで一流企業にまで上り詰めたんだから。きっと、苦労したんだろうな。行方不明ってのも、なんだか失踪みたいだ」
「……ねぇ」
「ん? ……あぁ、惜しかったな」
顔を上げたケンは、残り一つでクリアであったところで地雷を掘り出してしまったマインスイーパの画面を見て言った。
しかし、ムツキは首を振った。
「ゲームの話じゃないの。……アナタに話さなきゃいけないことがあるの」
「なんだい?」
ケンは微笑みを浮かべて聞いた。またおねだりでもするのだろうと思っているのだ。
ムツキはしばらく躊躇するものの、意を決して口を開いた。
「………私の両親と、私の過去のことを聞いて欲しいの!」
彼女の夫は静かに頷くと、優しく微笑んだ。
【終】