本編




「はぁ、助かりました」

 離陸したヘリコプターに乗ったサーリムは座席に深く座り込んで言った。

「彼女……、イリスの中に社長と一緒にいたなんて……」
「まぁなんというのですかね。……一体になっているというか、あの「G」と神経が一つになっているというか……そういう感じなんですよ」
「恐らくシンクロというものでしょうね。それが電気的な繋がりなのか、超感覚的に心理を共有している状態なのかはわかりませんが。……あの宇宙戦神のシンクレティズムという状態も原理はわかりませんが、相似な状態と考えられますね」

 サーリムが元紀の問いに答えると、榊原はその見解を言った。
 砂漠に残されたサーリムは二人の乗るヘリコプターに助けられたのだ。

「次は空中戦になりましたね」
「榊原、楽しんでいるでしょう?」

 元紀は榊原に苦笑混じりに言った。イリスと宇宙戦神は空を飛び、戦いを繰り広げている。

「そういう課長もかなり楽しんでいませんか? さながらプロレス中継を観戦している様でしたよ」
「まぁあの銀河が戦ってるんだからね。熱くもなるわよ」
「あの戦闘慣れした動きは、やはりラムセス1世と一体化したり、旅人の過去を思い出したからですかね?」
「多分ね。銀河もこの10年で場数を踏んでるだろうけど。……もっぱら喧嘩は私担当だったし」
「それは課長がやんちゃだっただけじゃないですか?」
「そうかもね。………でも、やっぱりあいつは銀河よ。真理の爾落人やサンジューローと名乗ろうと、旅人の心を引き継ごうとね」
「……そうか」
「ん?」

 榊原がボソッと言った。首をかしげる元紀に彼は説明する。

「わかりましたよ、課長。彼が旅人に戻らなかった理由が」
「偶然とか、根性とかそういうものじゃないの?」
「恐ろしく非論理的な解釈をされてましたね。………まぁ、実際近い理由ですが、彼は如何なる存在でも自分は自分だとよく言ってます。それが彼の力、心理であり、真理でもあるあの力として、自分自身に一種の自己暗示のように作用していたんですよ。それによって、どちらの心というものではなく、彼自身の素の状態にさせるゆにしていたんですよ。だから、今まで見ていた後藤銀河は旅人の素なんだと思います」
「わたしのイメージの旅人って、もっと傲慢そうな雰囲気なんだけど?」
「それは旅人が長い歳月を生きていく中で作り上げたキャラクターと考えられませんか? 人間、誰だってそうです。それをペルソナといったり、キャラクターといったり、様々ですがそれは一種の自己防衛です。しかし、話を聞く限り、そして俺が見ている限り、あの後藤銀河という人物は、少しばかり捻くれていて、自由奔放な性格をしていますが、自分自身には無理をしない。むしろ、自己防衛どころか、すべてを自分一人で抱えてしまうほどの人物に見える。………そう、それが例えば親友の心を裏切ってしまうことであっても」
「あ………」
「どうも、俺は彼を見くびっていたらしいです。そう考えると、彼の心理も見えてきます。彼は、確かに自分勝手な理由で課長の心を裏切りましたが、自分は人ではなく、寿命も人とは違う次元にある。だから、課長の気持ちを受け入れられなかった。たかが、10年で容姿にこれだけの差がある。数十年も生きれば、それは歴然としたものになり、必ず課長を苦しめる。それを、見て耐えられなくなった彼が本当の意味で課長を裏切ってしまうことがないように、あの時彼は力を使った。そして、社長は日に日に衰弱する娘の姿と愛する女性の姿を重ねた。その解決する手段は、「G」だけだった。社長と彼は、やはり似ていると思います。ただ、社長が彼と違ったことは、相手の苦しみを解消するためでなく、自分が苦しむことをよしとする覚悟が、勇気がなかった。そう思います」
「そうね。社長は自分を守る為に、銀河は周りを守る為に。犠牲にしたものと守ったものがお互い逆だけど、同じ目的の為に「G」の力を使った」
「同じ目的……大切な人を守る為。彼が課長を恋愛対象としてみていたのかはわかりませんが、情愛は持っていたはずです」

 榊原が言うと、元紀は深く息を吐いた。

「銀河がわたしに恋をしてなんかいなかったわ。あいつの愛していた人は、社長と同じよ。後藤真理、自分に愛を注いでくれた母親に銀河は恋をしていた。……だから、どんなに世界や人類の存亡がかかった戦いと言っても、彼にとっては同じ人を愛したもの同士の喧嘩なのよ」
「……それが、私闘ですか。愚かですね、愛した人はもうこの世にいなくて、そのお互いがすでに人とは違う領域に立っているにも関わらず、なんとも人間的な理由で戦うのですから」
「確かに愚かよ。でも、それだからどちらが正義でも悪でもない。お互いの信念がぶつかり合って、お互いを罰する。それが、この戦いよ」
「………」

 二人の会話を聞いて、サーリムは何も言えなかった。彼らは黙って、空を見上げた。
 二つの「G」は激しい戦いを繰り広げていた。




 
 

「覇帝ぇ紅、雷、撃!」

 宇宙戦神は空中を駆けるかのような動きをしてイリスに迫りながら、左手を剣の刃に添えた。同時に刃は赤く発光し、電撃が放たれる。

「ホウ……!」

 イリスは深い咆哮を上げると、電撃を触手の先端から発せられた複数の電気の壁で防ぐ。更に、それら触手の先端に発生した電撃が収束し、光線となり、宇宙戦神に反撃する。

「くっ! まだだぁあああ! 覇帝ぇ……紅焔斬ぃぃぃぃぃぃっ!」

 宇宙戦神は光線を喰らいつつも、刃で光線を受け、そのまま赤く発光した剣を上段に構え、イリスに振り下ろす。赤い発光はそのまま炎に変わり、紅蓮の炎に包まれた剣がイリスを襲う。しかし、イリスはまるで舞を踊るかのように身をかわし、攻撃を回避する。更に触手の一本の先端が青白く発光し、光線を剣に向かって放つ。青白い光線は無数の光を反射し、七色に輝く。

「しまったっ! 冷凍光線か?」

 光線を受けた剣は一瞬にして凍りつき、赤い発光も消える。
 更に、イリスは腕に手の代わりにある鋭利な突起で凍った剣を殴る。剣の刃は、破裂音と共に砕け散った。

「そんなっ! 剣が……砕けた?」
「あの光線は対象物を絶対零度にし、硬度を関係なく粉砕できるものであるとすれば、おかしくはない」
「ガラテア、そんな力もあるのか?」
「それも、所詮は光線を媒介にした温度の変化だ。私が単純に好まないだけの話だ」
「……これだから、ネルセトなんだぜ?」
「私はセクメトでもネルセトでもない。ガラテア・ステラだ」
「……わかったよ。それに、まだこの周囲に剣はある!」

 銀河は宇宙戦神とイリスの周囲に散る輝く粉塵を見て言った。そして、両手を合わせる。

「剣よ、その姿を取り戻せ!」

 両手をゆっくりと広げると、その間から徐々に剣が伸びていく。周囲に散った剣を真理の力で再生しているのだ。

「何度でもやるぜ? うぉおおお! 時裂空斬波ぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 剣を構えると、バリアを張った宇宙戦神はそのままイリスに迫る。イリスは全ての触手から渦巻く風を発生させ、無数の真空の刃を帯びた竜巻を宇宙戦神に放った。
 宇宙戦神は剣を前に突きつけ、剣先によってバリアを突起させる。次々に襲う竜巻だが、バリアによってその全て防ぎ、そのままイリスに激突した。イリスの腹部の結晶にヒビが入る。

「うわぁあああ………、防御技のバリアを攻撃に用いたか! だが、この程度のダメージ、イリスの敵ではない!」

 麻美が叫び、イリスの腕が変形する。長く鋭利な槍状に変わる。
 更に、触手の先端に火球を発生させ、宇宙戦神ではなく、眼下のギザ市外に放った。

「何っ! ……がはっ!」
「……うぐっ!」

 火球は観光地化されたギザの町と、ピラミッド周囲に張られた最終防衛線のエジプト陸軍部隊を襲う。爆発と炎と黒煙が上がり、宇宙戦神達の足元では兵士達が死傷し、兵器が爆発炎上し、被害が連鎖する。
 その地獄絵図に気をとられた宇宙戦神の腹部をイリスの槍状の腕が貫く。銀河とガラテアは呻き声を上げる。

「まだだ! まだ恐怖が足らない!」
「「がぁああああ!」」

 イリスは腕を捻り、宇宙戦神の腹部を抉る。更に、触手の先端からは火球に続いて紅蓮の熱線が、ギザの郊外にまで放たれる。まだ、郊外周辺には一般人がいるのだ。
 更に、触手を宇宙戦神に向け、その先端は空気を震わせ、空気を切り裂くほどの強力な真空の刃を発生させて宇宙戦神を襲う。

「うがぁあああ!」
「ガラッ……! ……威力がぁ、上がった? 恐怖? ………! クマソガミの力だと?」
「そうだよ。蒲生村の「G」、クマソガミの力だ。人々の恐怖を力にして、イリスの攻撃力は高まる! ……これで、トドメだ! 後藤銀河ぁああああ!」

 イリスは全ての触手を宇宙戦神に突き刺す。触手から『神々の王』の力である宇宙戦神の力を吸収する。

「がぁあああ……させるかぁああああ! 魔砕天照光ぉおおおおおっ!」
「無駄だ!」

 宇宙戦神の額から光線が放たれた。しかし、その光線はイリスの頭部に局所的に発生されたバリアに阻まれる。

「時裂空斬波だと? おもしれぇ! ……んなら、最大パワーだぁあああああ!」

 銀河は叫び、宇宙戦神の光線の勢いは更に上がる。しかし、バリアはいまだ光線を阻む。

「更にぃぃぃ、覇帝ぇ紅焔斬ぃぃぃぃぃいいいいいい!」

 剣を握り締め、宇宙戦神はイリスに、灼熱の炎に包まれた刃で斬りつける。しかし、イリスは左腕を盾のように拡張させ、その攻撃を止める。

「まだだぁあああ! ……! 時裂空斬波ぁあああああああっ!」

 宇宙戦神は左足でイリスの腹部を蹴り、一瞬の隙で最大出力のバリアを張る。触手は切断され、更に二つのバリアの境界が接触し、そこに光線が加わり、その衝撃で爆発が起こる。同時に黒煙と水蒸気が舞う。

「何ぃ!」
「まだだ……っ! 逃がしはしないっ!」

 宇宙戦神は黒煙漂う中、離れようとしたイリスの腹部を抱きかかえ、上昇し始める。

「何をするつもりだ! 離せぇ!」
「ホウゥゥゥゥウウウ………!」
「うおぉおおおお! 誰が、離すか! お前は、離れられない! 逃げられない!」
「!」
「その調子だぁああああ!」
「……くっ! 何をするつもりだ?」
「イリス殿も、「G」であっても原子を基にした物質であることは変わらない!」
「それならば、変化の力で強制的に核分裂を起こす事も可能だろ?」
「まさか……核爆発を起こして道連れに!」
「ご名答! このまま宇宙の塵になろうぜぇえええ?」

 宇宙戦神とイリスはどんどん上昇を続け、雲を越え、宇宙まで舞い上がる。





 

 人工衛星や宇宙ステーションが浮ぶ、衛星軌道上にまで上昇した宇宙戦神とイリスは更に上昇する。

「……自分の分身と心中する気分はどうだ?」
「下らん! それはただの無謀というもの!」
「無謀かどうかは、やってみればわかる! だが、俺は勝つと信じる!」
「勇気と無謀を履き違えたな、後藤銀河! 僕は、勇気なんて幻想は信じない!」
「勇気は死なない! それは、お前の想いが足らないからだぁああああ!」
「ならば、やってみるがいい! 君もこの地球の重力で流星となって尽きるんだ!」
「やってやる! ガラテア!」
「えぇ!」

 刹那、宇宙戦神とイリスに閃光が迸る。衝撃波は地球の上空を駆け巡り、エジプトの空を禍々しい光が覆う。

「……なに!」

 宇宙に闇が戻る。核爆発をしたイリスと宇宙戦神であったが、壊滅的なダメージを受け、ボロボロになった宇宙戦神に対して、イリスはほとんど無傷であった。

「ふっ、君は愉快だよ。核爆発は核分裂と核崩壊が連鎖的に起こることで起こる現象だ。僕のイリスは宇宙戦神と同じ変化の力を持っている。現実的には机上の空論である核爆発の逆反応による無効化も、この力があれば可能だ。君の起こした核爆発は媒体にした宇宙戦神に起こっただけのことだ。その闘志は感服するが、所詮は無謀な勇気だったんだよ。恐れていてば、少なくとも宇宙の塵となって消えることもなかったのに……。さらばだ、後藤銀河君」

 地球の重力によってゆっくりと降下し始める宇宙戦神に、イリスは全ての触手からあらゆる攻撃技を発生させる。電撃、火球、熱線、冷凍光線などの他にも銀河がこの戦いの中でまだ見ていない技もある。

「……喜びたまえ、イリスの全力で君を葬ってあげよう」
「まだ、俺は諦めちゃいない。この漆黒の宇宙の闇に、俺が勝利の光を灯す!」
「愚かさも、ここまでくると立派だよ。後藤銀河、君は生きることを罰と考えているようだが、違うよ。死こそが罰で、それこそが君の敗北を認識する最大の恐怖だ」
「俺は生きる! 人が生きることは罪を犯し続けることだ。だが、俺はそれでも人が好きだ、そしてその罪と罰を繰り返す人の歴史を、俺は守る! 明日を、新たな一歩を踏み出す為に必要な明日を、俺は守る! 人は神にはなれない! だから、素敵なんだぁああああ!」
「言いたいことはそれだけだね? これで、お別れだ……!」
「ガラテア、アマノシラトリ、俺に力を!」
「「!」」

 イリスは全ての攻撃技を一斉照射した。もはや抑止でも止めることができない、最終必殺技であった。
 しかし、宇宙戦神は、銀河達は諦めていない。大気圏に入り、その白金の鎧が赤く燃え滾ろうと、構わず剣を両手で握りしめ、前に突き出す。剣の刃と額の飾りが赤く発光する。同時に背中の羽は白く輝き、摩擦による閃光とは違う光が渦となって剣を、そして宇宙戦神を包み込む。
 そして、銀河は渾身の力を込めて叫ぶ。

「これで最後だ! 光になれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 烈怒爆閃咆ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 剣先から全ての力が込められた閃光が放たれ、宇宙に一筋の光が灯った。イリスの一斉照射もこの光の前には無力と化し、イリスを包み込む。
 光が消えると同時に、地球の影から太陽が現れ、太陽光が無残にボロボロな姿となったイリスを照らす。触手や羽は燃え尽き、結晶も黒ずみ輝きはない。四肢も失い、複数の肉片と共にイリスの巨体は地球の重力に引き戻され、降下しだす。完全なる敗北をしたイリスに空気との摩擦から自身を守る力はない。赤く燃え滾り、失われていく全身、麻美も死を覚悟した。

「生きろ!」

 銀河は一言だけイリスに言い放った。空中で落下をしながら、宇宙戦神はイリスを掴み、その身を挺して守る。
 一筋の流星が、紫色に染まる朝焼けの空に落ちた。




 
 

 ギザ郊外の砂漠に流星が落ち、地響きを起こす。周囲に砂塵を巻き上げ、大地にはクレーターを生み出す。
 そこへ一機のヘリコプターが着陸し、中から元紀と榊原、サーリムが降りる。

「銀河!」
「これは……絶望的だ」
「銀河は、みんなは生きているわ! わたしは信じる! 銀河ぁ!」

 元紀は悲観的な榊原に言うと、声を上げて叫ぶ。周囲はまだ空気を燃やす様な熱気に包まれている。額に汗を浮かべて、元紀は布を口鼻に当てて、粉塵の舞うクレーターの中心を目指して歩く。

「………銀河!」

 クレーターの中心に人影が見え、元紀は叫んだ。

「銀……、ガラテアさん!」
「あぁ、蒲生元紀殿か。銀河殿は、あそこだ」

 ガラテアは指で示した。元紀はその指し示す方向を見た。風が吹き、粉塵が流れ、視界が開ける。地面に突き刺さったアマノシラトリの羽の上に銀河は立ち、その向かいには麻美が立っていた。

「さぁ、僕を罰するがいい!」
「いや、俺は神じゃない。ただの後藤銀河という存在だ。……だから、罰はお前自身で行え。だが、死して償う真似はさせない。……だから、俺は完全なる敗北をお前に突きつける」
「どうするつもりだい? 所詮、僕は敗者だったんだよ。愛する人の最期を見る勇気もなく、彼女を求めてクローンを生み出し、自らの手で僕は彼女を巻き込んで、人生を狂わせた。終わらせろ」
「いや、終わらせはしない。だが、終わらす事が出来なくても、始める事は出来る」

 銀河は一歩踏み出し、羽から降りる。そして、一歩ずつ、ゆっくりと麻美に近付きながら言う。

「恐れろ! ……俺を、恐れろ!」
「!」
「恐れろ! ……絶望しろ、あがくこともできないほどの恐怖を、俺に感じろ!」
「!」

 更に一歩、銀河は麻美に近付く、麻美は全身を震わせて、一歩後ろに後退りする。

「恐れろ! ……己の無力さを、挫折に打ち震えろ!」
「!」
「恐れろ! ……お前の、負けだ!」
「!」

 そして、銀河は麻美の目の前に指を突きつけた。

「どーん!」
「うわぁああああああ! くるなぁ! やめてくれぇ!」

 麻美は大人げもなく、その場で頭を抱えて蹲り、悲鳴を上げた。
 それを見て、銀河はゆっくりと腕を下げた。

「これで………」
「銀河!」
「元紀……」

 元紀は銀河に駆け寄り、麻美を見る。麻美はまだ蹲って肩を震わせている。

「……やりすぎた、って言いたいか?」
「当然よ。社長は確かに過ちを犯したわ。でも……!」
「そこから立ち直るかは、この男次第だろ? こいつはまだ人間だ。俺とは違う。……死のない生は、本当の生ではない。死が存在して初めて生が存在するんだ。だから、こいつにはせめて生きていて欲しい……ってのは、俺の傲慢かな?」
「傲慢よ」
「だよな? なんて言いつくろっても、俺は一人の人生を殺した」
「殺したわけじゃないわよ。少なくとも、一人の女がここにしっかりと自分の人生を歩んでいる」
「元紀……」
「今なら言えるわ。銀河、わたしは確かにあんたを好きになっていた。でも、今のわたしは自分の残りの人生を一緒に歩きたい人がいる。それは、銀河の罪じゃないでしょ?」
「………」

 銀河は何も答えずに振り返り、アマノシラトリの羽に手を当てる。

「アマノシラトリ、俺が再びその名を呼ぶまで、休め!」

 銀河の言葉に呼応し、アマノシラトリの羽が光り、クレーターの至る所からも同じ光がともる。全て散り散りになったアマノシラトリだ。そして、無数の光はゆっくりと宙に浮かび、上空高く彼方まで昇り、消えていった。

「あの鳥は死んだの?」
「言ったろ? 死はないんだ。アマノシラトリはこの空にいる。俺が再び必要とするときまでな?」
「そう……」
「ほう」
「「!」」

 その時、聞こえた声は深い咆哮ではなく、少女の持つような高いものだった。

「い……りす?」

 一番はじめに動いたのは麻美だった。麻美は、脱力し、立ち上がることすらできない覚束無い足で声のしたところへ寄る。

「ほう」
「イリス……!」

 麻美が土砂を払うと、あどけなく微笑む睦月がいた。胸から上だけの姿ではあったが、睦月は生きていた。

「生きてた……声を出した……」
「ほう」

 麻美はそれを起こし、抱きしめる。

「ほう」
「……そうかい? 僕もだよ」
「ほう」
「そうだね。……旅をしよう。友達が、この空にはいるんだ。僕は行かなかったんだ、だけどまた会える気がするんだよ。……この地を歩き続ければ」
「ほう」
「うん。行こう……。どこまでも、地平線の果てまで、行こう」

 麻美の腕の中で睦月は微笑んだ。麻美もそれに応えるように微笑んだ。それは、とても幸せそうなものだった。
 彼はそのまま、よろよろと睦月を抱えたまま銀河達の前から離れていく。

「社長!」
「追うのか?」
「………でも」
「あの男は、結局自分で選んだんだ。幸せになれる方法をな?」
「え?」
「人間をやめたんだ。もうあいつに神も人も関係はない」

 そのまま麻美は睦月を連れて、朝日に照らされた砂漠の大地を歩いていった。
 その後、麻美帝史の行方を知る者はいない。
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