本編
「アレからどれだけ時間がたった?」
「もう3時間くらいですかね?」
ルクソール博物館の展示室の床に腰をかけた元紀が聞くと、榊原は時計を見て答えた。
「本当に長いわね……」
「失敗している可能性も考える必要がありますね?」
「……えぇ」
元紀は自分の足元に横たわる銀河を見て頷いた。
ラムセスによる第三の方法は既に終わっている。彼は最期に時間がかかると告げた。
しかし、それがどれほどかかる時間なのか、全くわからなかった。
「……! 温かい!」
「え?」
元紀が銀河の手を握ると、目を見開いて言った。榊原も慌てて近寄り、首筋に手を当てる。
「脈が……ある! 生き返っている?」
「でも、まだ呼吸も意識も戻ってないわよ?」
「彼に呼吸というものの意味があるのか、俺にはわかりませんが、彼の命は既に戻っています。……これが、時間がかかるってことか」
「まだ意識が戻らないって事?」
「多分。……考えてみたら、当然かもしれない。俺たちの寿命なんてたかだか80年やそこらだ。彼は、旅人は、数千年もの時間を生きていた。30年しかなかった彼が、今数千年分の記憶と意識を思い出している………そう考えたら、3時間はあまりに短すぎる」
「………社長たちは?」
「わかりませんが、どうやらこっちに向かっているのではないようです」
「え?」
「これを」
榊原は携帯電話を元紀に渡した。彼が今まで見ていたものだ。
元紀が受け取り、その画面を見ると、テレビのニュース映像が流れていた。
「北上? 地中海方面って事? ……じゃあ」
「はい、これが社長の意思ならば……首都、カイロを目指しています!」
元紀は銀河を頬に手を当てた。温もりが確かに手に伝わる。
「……榊原! まだ外にヘリコプターと操縦士さんが待っているわよね?」
「はい。それに、ムハンマドさんと同じ、墓守の一族の方々も数人」
「銀河を、カイロに連れて行くわよ!」
「え?」
「ここじゃ、銀河が目覚めても、駆けつけられないでしょ!」
「あ、………はい!」
榊原は力強く頷くと、駆け足で外へと向かった。ヘリコプターで待つ墓守の人たちを呼びに行ったのだ。
「銀河、戦うのはあんた一人じゃないからね」
元紀は銀河の手に蛇韓鋤剣を握らせると語りかけた。
銀河はまだ目覚めない。
エジプトの都市、アシュートから数十キロほど離れた砂漠を熱風が駆け抜け、轟音が響く。
エジプト空軍のF-16戦闘機部隊が砂漠を北上するヤマタノオロチに対して出撃した。
そして、砂漠の大地をエジプト陸軍のM1エイブラムス戦車の最新型が隊列を組んで移動する。
「隊長、第二次攻撃師団が壊滅しました!」
車両に乗る一部隊の隊長に、通信兵が報告をする。
「……くっ! 既に陸空の全戦力の30%を使っているのだ! やはり、アフリカ最大の部隊も「G」の前には……!」
部隊長は行き場のない悔しさを拳にこめて、装甲にぶつける。
「隊長、師団長からの伝言です! 偵察衛星から、敵の大きさは100mを超える巨大な八つ首の龍の姿をしているとの事です」
「そんなもの、役には立たん! 必要なのは、敵の力と弱点だ」
「それについての伝言もあります。敵は火炎放射の様な攻撃、電撃などを使っているそうです」
「如何にもドラゴンの攻撃技といった感じだな。………よし、もうすぐ見えてくる! 緊張しろ!」
「はい!」
部隊長は双眼鏡を覗き込んだ。
爆発が起こる砂漠の渦中に、赤い龍の姿が見える。
「……こいつは驚いた。湾岸戦争に参加した親父にも自慢が出来そうだ!」
部隊長は不敵な笑みを浮かべながら言った。しかし、その手は震えていた。
その手に気がついた部下が彼に言う。
「自分の家系、祖父と父と二代に渡って四度の中東戦争の前線に出たんですよ。大規模戦闘の時代から市街戦やゲリラ戦の多い21世紀に三代目の軍人になった自分ですが、しつこく大規模戦向きのエイブラムスに乗っていてよかったです。これで田舎の親父たちに誇れます。……でも、誇る為には、生き残らなきゃならんですね?」
「………あぁ! 上官にそんな生意気な口、帰ったらペナルティだ」
「それは、楽しみです!」
部隊は、まもなく第三次防衛戦線に配備された。
そして、数十分後、第三次防衛線は突破され、第三次攻撃師団は全滅した。
「もうすぐカイロに到着します」
ヘリコプターの操縦士は元紀達に言った。
既に日は落ち、気温も下がり始めた。元紀が顔を前に出すと、眼前にカイロの高層ビル群が煌々と灯っていた。
「ヤマタノオロチは?」
「既にモエリス湖近くまで接近しているそうです。どうやら第四次防衛線突破も時間の問題のようです。もうそろそろこの国の陸空戦力の半分が消費されてしまうんではないですか?」
元紀の隣に座って情報を収集している榊原が答えた。
元紀は遠くの砂漠を目を凝らしてみた。遠くの空が赤く光っている。
「……本当ね。銀河が目覚めるだけで、解決なんて出来るのかしら?」
「さぁ、まだわかりませんよ。いずれ国連が動きますよ。そうすれば、国連軍派兵としてアメリカ軍がメーサー兵器と核兵器を担いでやってきますよ」
「そんなもので解決できやしないわ。銀河も言ってたでしょ? これは、私闘なのよ」
「私闘って……。ただの喧嘩や怨恨だけで国一つを滅ぼされちゃたまらないですよ」
「でも、社長はそのつもりよ。……それに、滅ぶのは国じゃないわ。世界、そして人類よ!」
元紀は言った。その目に闘志が燃えていることが榊原にはわかった。
元紀は、目の前に寝かされている銀河の腕を握った。
「さっさと起きなさいよ、バカ……」
元紀はまだ諦めていない。
まもなく、ヘリコプターは高度を落とし、着陸態勢に入った。
2021年3月、エジプト・アラブ共和国カイロ。
「何? この音………?」
ヘリコプターから降りた元紀は空から聞こえる轟音に気がついて呟いた。
刹那、彼女の上空を編隊を組んだ戦闘機が通過した。
「! い、今の!」
「一瞬であまりよくわかりませんでしたが、多分F-16戦闘機ですね。アメリカが出しているベストセラー戦闘機ですよ。遂に最終防衛線の段階に入ったんですよ」
「え?」
「これです」
榊原は携帯電話を元紀に見せた。画面にはカイロ手前、ギザに首都最終防衛線を設営し、総力戦で敵「G」を駆逐することを示す地図が写っていた。英語字幕でカイロからの避難を促すメッセージが表示されている。
「本当に国が一つ滅びる直前なんですよ。……さっきから外を見ていましたが、だんだん避難行動が見られなくなっています」
「避難が出来ているんじゃないの?」
「逆ですね。既に行政機能がパンクしているか、ズタズタになっているんですよ。……ですよね?」
榊原はヘリコプターから銀河を降ろす、墓守の人に話を振った。彼は一瞬ムッとした表情をしたが、舌打ちをすると頷いた。
「エジプトという国が壊滅すると、必然的にアフリカ大陸そのものの経済が崩壊する。当然中東域にも影響は出る。良くて、金の為に大規模戦争が起こる。悪けりゃ、ちょっとした文明の崩壊です。……戦争は金になるけど、利益のない戦争は国を、経済を、そして世界を滅ぼす」
「………」
「まぁ、今なら代理戦争くらいの経済的影響ですね。むしろ下火になり始めた「G」発見からの世界的好況が盛り返すきっかけになるかもしれませんよ? ……!」
周囲に響くほどのビンタの音がなった。打たれた榊原の頬だけでなく、元紀の手も赤くなっている。
「榊原、あんたの口の悪さは十分に理解しているわ。……でもね、あんたの今言ったことは、いつも皮肉っている対岸の火事を決め込んでいる政治家や批評家と何も変わらないわ! あそこじゃ、人が……人が戦って死んでるのよ! ここを守るために! 自分たちの国を、いいえ! 人類を守るために戦っている勇者達なのよ!」
「勇者……課長も、随分ムハンマドさん達に影響されましたね。でも、俺が言っているのも事実ですよ? 英雄が全て解決できるなんて、中世の時代に終わっているんです!」
「………榊原、何があったの?」
「何か……あったわけではありませんよ。ただ、ちょっと聞かされなくてもいい話まで、韓国で聞かされてしまいましてね。課長も、今は違いますが、ずっと試していたんですよ。本当に信用するに足るか」
「それは、居酒屋で協力を求めた時の話でしょう?」
「はい。でも、俺もバカ正直にあなたの部下をやっているわけじゃない。博物館で情報を聞きながらただ座り込んでいた3時間の間に、考えたんです。課長も、結局社長と大差のない人間だと」
「え?」
「課長、その後藤銀河ってヒト「G」、ただの幼馴染の親友ってだけじゃないでしょう?」
「それは……」
「まぁ、再会早々殴って、二人っきりで話したりしてますから、大方見当はつきます。でも、こいつの態度はどうもあなたと違う。……こいつ、課長に何かしたんでしょう?」
「………力をつかったわ。わたしの恋愛感情を別のヒトに移した。でも、彼はそのことをずっと悔いているわ」
「やっぱりあなたは中々勝手な方ですね? その好かれた相手はどうするんですか? 結局偽りじゃないですか?」
「………」
「旦那さんになる方ってことですか。……やっぱりあなたは社長と同じだ。別の人間を重ねて愛している。そして、周りの迷惑を気にしていない。俺の言っているのは、この国の人間や世界経済だ。課長の立場に置き換えれば、あなたの家族や恋人の話をしているんですよ。彼らを無視して物事が語れますか?」
「………」
完全に言い負かされた元紀はその場に膝をついた。涙がだらだらと流れる。
「やはり、課長も女性ですね。負ければ、泣いてしまう」
「………」
「……罪を」
「「!」」
突然、銀河から声が聞こえた。驚いて元紀達は顔を向けた。
銀河の口がゆっくり動く。
「……罪を背負うってのが、生きるってことだろう? 他の命を、その一部でも背負うから、生きていけるんだろう? 生きる、意味があるんだろう?」
「銀河……?」
元紀が驚いて見ている中、銀河はゆっくりと体を起こす。左手を顔に当て、右手に蛇韓鋤剣を握りしめて、ゆっくりと銀河は体を起こした。
「……俺も、同じだ。罪を背負うことで、そしてそれを償う為に、忘れない為に過ごすことで、生きているとわかるんだろ? 俺は、人ではない。終わりがない。俺の旅も、命も。そして、始まりもない。……なぜなら、終わりのない命に価値は存在しないから。………だから、俺の存在するこの瞬間に価値を求める。たとえ、それが罪であってもな?」
「銀……河?」
銀河は立ち上がった。左手で隠された左目から透明な液体が流れた。
ゆっくりと左手をおろす。現れた左目は空ろだった。
存在しないはず左目からの涙。後藤銀河という偽りの命は、左目は、涙となって流れた。
「……元紀、眼帯を」
「あ、はい……銀河、右目の色が」
元紀が銀河に眼帯を渡すと、今まで空ろになった左目に気をとられて気がつかなかった右目に気がついた。右目がいつのまにか、金色になっていた。
「……かつて、ホルスと呼ばれた神がいた。その神は、左目が月を象徴する青色の瞳、右目が太陽を象徴する金色の瞳をしていた。ファラオはその神の化身と考えられた。後に、その神は太陽神ラーと同一視された。……時間の流れとは恐ろしいものだ。俺は本来の名と違う神として崇められた。『地上のホルスたるラー』、ラー・ホルアクティと呼ばれた。人間は、勝手な生き物だ。……だが、そのまま王を承認する司祭であれば、よかった。俺は、『神々の王』となり、世界を滅ぼそうとしてしまった。身勝手だ。……そして、後藤真理にも。俺は変われないのかもな?」
「あなたは、誰?」
「旅人……かつて人間を信じられなくなった罪深い神の成れの果てだ」
左目に眼帯を付け終わった銀河は、元紀に悲しげな笑顔を向けて言った。
「……そうか。まもなくここにガラテアが来るのか」
元紀がこれまでの状況を説明すると、銀河は言った。
「卑屈な勇者だな? いや、神だったか」
榊原が言った。
「どっちでもいいぜ?」
「ふん。嫌や正義の味方だ。……俺は後藤銀河のあんたのが好きだった」
「それは……いや、そうかもな?」
「あんた、もう銀河じゃないの?」
「………そう、思ってくれ」
「…?」
榊原が不服そうな顔をして眺めている中、銀河は蛇韓鋤剣を見つめた。
「あっ! そうだ、思い出した。銀河、ラムセスさんが最期に目覚めたら伝えて欲しいって」
「ん?」
「アマノシラトリの元へ急げと言えって」
「……そういうことか。全く、あの男は何千年経っても変わらないな? そこまで俺は万能な神でもないんだがな?」
「銀河?」
「……別に、行く必要もない。ラムセスめ、俺がまだ完全に再生しないと思っていたらしい。……アマノシラトリを呼べと伝えればいいものを」
「何なの? アマノシラトリって」
「神話でいう、不死鳥ベンヌだ。この地上で力を誇示しても戦いは終わらないとでも言いたいのかね?」
「銀河?」
「お前らも見ただろ? あれが、アマノシラトリだ」
「まさか、大コンドル?」
「あぁ」
「だけど、大コンドルは魔都で、社長が剣を手に入れたから」
「確かに、ガラテアと同じように、あいつも剣に従うが……。あいつはガラテアとは違う。あいつは、俺の力の一部だ。そのもっとも強い部分のな?」
「え?」
「ガラテアは俺に蛇韓鋤剣を託した。俺に、アレを使えというメッセージだ。能々管を、日民に預けてしまったから100%の力を使うことは出来ないが、仕方ない」
銀河は事情を呑み込めない元紀達を気にしないで、蛇韓鋤剣を天にかざした。
「来い! アマノシラトリ! 我が元へ、来い!」
銀河は叫んだ。
次の瞬間、天空の彼方から何かが飛んできた。
「本当に、大コンドルが!」
「飛んできた!」
大コンドルは直下で彼らの目の前に降り立った。
そして、銀河は大コンドルを見上げて言う。
「偽りの姿を捨て、真の姿を現せ!」
刹那、大コンドルの体は光に包まれた。光が収まると、そこにいたのは、大コンドルの姿ではなく、鳥の形をした金属の姿であった。
「ロボット?」
「その表現で間違っていないが、もう少し生物に近い存在だな?」
銀河は元紀に言うと、アマノシラトリに近付いていく。
誰の目にも、彼がこのまま戦いに赴くのだというのは明らかであった。
「銀河ぁ!」
「………離れろ?」
元紀は彼を後ろから抱きしめていた。
「やっぱり、疑問形……。あんた、このまま行ってどうするの!」
「な、何を?」
「何年来の付き合いだと思ってんのよ! 話してりゃわかるわよ! あんた、銀河でしょ?」
「………」
「残念ながら、俺もわかってましたよ? 課長が言わなきゃ、俺が言っていました。あまりにあなたの言動と行動が違いすぎる」
「俺は、旅人だ……ろう?」
「旅人として、多くの罪を背負った旅人として生きたいというあなたの考えも否定はしません。ただ、己に偽りを持って、戦う意味ってなんですか?」
「………なんで、お前らはさぁ? 俺にかっこよく戦わせくれないかね?」
銀河は肩を落とすと言った。
「自分に嘘をついてまで、罪を背負うのはただの偽善です。それ自体が、罪だ」
「………知ったような事をいうな? 榊原君」
「そりゃ、何千年もの記憶や感情を思い出して、それに押しつぶされたいって気持ち想像がつかない分、わかりますよ。だけど、それでも後藤銀河という心の方があなたにとって大切だった。ただ、それだけでしょ?」
「……全く、元紀だけならどうにかできると思ったけど、榊原君の口には勝てないな? あぁ……一つ自己弁護だけど、旅人も俺とそう変わらない性格をしていたんだ」
「じゃあ、別に強がらなくてもいいじゃないですか? あなたはあなたらしくいる、そして生きてください。俺も時が来るまでは精一杯生きる……これ、あなたに会ったら言って欲しいって、王龍皇氏からの言伝です。……全く、言うと俺が彼から全て聞いた事を言わなきゃならないから墓場まで黙っているつもりだったんですがね!」
「……そうか。彼、自分の罪と戦っているか……」
「あなた、ガキですね? 何千年も生きている記憶を持っているくせに」
「………かもな?」
銀河は榊原に笑いかけた。彼も苦笑ながら返す。
「……俺は、俺だ。……それで許されるのかな?」
「それは、あんたが自分で見つけなさい! わたしはあんたのお母さんじゃない!」
「だな?」
「でも、わたしが見る限り、銀河は銀河よ。博物館で再会した時も、さっき目覚めた時も、そして今も、銀河は誰も悲しませたくない、争いを止めさせたいって想いで一杯なんでしょ? 感情殺しているつもりでしょうけど、足がどんどん動いてるのよ! だから、サンジューローとか名乗ったんでしょ? 中学で風紀委員になったんでしょ?」
「………」
元紀の言う言葉全て、彼の図星であった。気分屋で、無関心を装っても体が動いてしまう。彼の性分だった。
元紀は手を離すと、彼の背中に手を置いた。彼女がプレゼントしたマントに手を置いた。
「これは、あんたの私闘なんでしょ? 行きなさい、後藤銀河!」
そして、彼の背中を押した。
銀河が前に進む。そして、勝気な笑顔を向けて、元紀に言った。
「おう! 行ってくる!」
前を向いた銀河は、蛇韓鋤剣をアマノシラトリに向け、悪戯な笑みを浮かべると、叫びながら飛び上がった。
「フュージョン!」
刹那、彼の体は光に包まれ、アマノシラトリの中に消えた。
アマノシラトリは翼を大きく広げ、突風を巻き上げて、空へと飛び上がった。
「なんだ? 今の……フュージョン?」
夜空へと高く飛び上がったアマノシラトリを見上げて、榊原は言った。
元紀はくすりと笑う。
「そりゃ、言うわなきゃいけないわ」
「え?」
「だって、銀河は今、無敵の勇者王なんだから!」
「なんですか、それ?」
「榊原も生まれるのがもう少し早ければよかったのよ。それだけの話よ」
「え? はい?」
「ようは、銀河は銀河だってことさ! さ、わたし達もいつまでもこんなところで突っ立っていたってしかたないわ」
榊原の肩を叩きながら元紀は言うと、そのまま給油中のヘリコプターに向かって歩いていった。
三大ピラミッドを背景に配備されたギザ郊外の最終防衛線の偵察兵が通信機に叫んだ。
「目視確認! 敵、距離40!」
『了解、撤退せよ。攻撃を開始する』
通信機からの指示を聞き、偵察兵はすぐさま撤退を始める。
そのうちに、空を長距離ミサイルが通過する。既に戦いは始まっているのだ。
「……効いていない? そもそも爆発が手前で起こっている」
「おい! 急げ!」
一人の兵が爆発を見て言った。他の兵がせかす。
しかし、彼は双眼鏡を構えて、確認をする。
まもなく、第二発がヤマタノオロチに届くが、爆発は着弾手前で起きている。
「やっぱり! バリア? いや、爆発自体が手前で起こっている!」
「ん? どういうことだ?」
「すぐ報告を! 火薬を用いた攻撃では着弾の前に爆発してしまうと!」
彼は言った。他の兵が慌てて報告をする。
『しかし、それでは攻撃が意味を成さないという事ではないか! それとも、ナパームなどの高火力兵器で攻撃をしろということか?』
「それは……」
見た訳ではない為、確信を持って言うことは出来なかったが、彼には火力兵器がヤマタノオロチには効かないのではないかと思った。
そうして言葉を詰まらせていると、別の偵察兵が空を指差した。
「あれは! ……鳥?」
「え?」
「本当だ!」
「巨大な鳥が上空にいます!」
『「G」か? ……空軍からも連絡が来た。………カイロから未確認飛行物体が出現して、こちらへ向かったらしい!』
通信を聞いて、彼らは驚きながら、空を見上げる。
金色の光を纏った銀色の鳥がまっすぐヤマタノオロチに向かっていった。
「……「G」と考えられます。まもなく、敵へ飛行物体が迫ります」
銀色の鳥、アマノシラトリがヤマタノオロチの上空を旋回する。ヤマタノオロチは抑止の力によって攻撃が出来ず、タイミングをずらして炎を吐く。
直接の攻撃ではなく、弾幕の要領で炎を吐き、アマノシラトリをけん制するヤマタノオロチ。
お互い、攻撃をすることができず、一定の距離をとりながらの陸空でけん制しあう。
「銀色の鳥はどうやら敵の味方ではないようです」
『かといって、我々の味方である保障はない。いずれにしても、火力兵器に意味がないとなるとこちらも作戦を変えなければならない。しばらく、偵察を続けてくれ!』
「了解!」
旋回するアマノシラトリに直接の攻撃が出来ないとわかっているヤマタノオロチは次なる攻撃に出た。
八つの首が空を仰ぎ、口を開いた。
刹那、激しい閃光と衝撃が空に迸った。直撃を受けることのないアマノシラトリもこの衝撃に吹き飛ばされ、砂漠を転がった。
「な……なんだ? 今のは?」
「わからない。……今の攻撃は?」
『わからない。………ただ、今のは単純なエネルギーのみならば、核兵器と同等だった』
「対消滅……」
「え?」
「SFテレビドラマでやっていた。反物質と物質が対消滅が起こると、莫大なエネルギーが起こるという話だ」
『……実は、その意見は他にも出ている。確信はないが、危険であることは事実だ。撤退せよ』
「了解!」
偵察兵は今の閃光の正体もわからぬまま、撤退を開始する。
その時、砂漠に眩い光が発生した。
「またか!」
「……いや、違う」
彼は呟いた。彼には見えた。砂漠に倒れたアマノシラトリが光に包まれ、形を変えているのを。
「あれは……人?」
光は人の形に変わる。正しくは、剣を片手に持つ中世の鎧の様な姿だ。そして、光は後光の様に鎧の背に集まった。光は収まり、後光はアマノシラトリの羽と同じ形になった。それは孔雀の翼の様に鎧の背から広がった。
「アトゥム……」
なぜか偵察兵はその鎧の戦士を見て、エジプト神話の創造と宇宙を司る神の名前を呟いた。
そして、鎧の戦士は自らよりも一回りも二回りも大きいヤマタノオロチに剣を突きつけた。
「ガラテア、この宇宙戦神で目を覚まさせてやるぜ? これからが本番だ!」
鎧の戦士、宇宙戦神に姿を変えたアマノシラトリの中にいる銀河は叫んだ。