本編




 2021年3月、魔都内部。

「嗚呼、もうすぐ始まる……」

 暗くひんやりといた魔都内部を、懐中電灯を頼りに歩いていた麻美が唐突に呟いた。
 思わず同行しているサーリムの体が震える。

「脅かさないで………」
「睦月がイリスに、「G」にしたのは、僕なんだ。40年くらい前に、僕は人の姿をした「G」にあった。彼は僕の親友になり、僕に人を「G」にしてしまう「G」を渡した。それを使って、僕は死の淵を彷徨う睦月をイリスにした」
「………」
「睦月、綺麗だろ? イリスの姿も美しいが、その容姿そのものも」
「あ……はい」

 一人で呟いているのだろうと思っていたサーリムに話を振られ、少し虚をつかれつつも、答えた。
 麻美は淡々と語り始めた。その真意はサーリムには測れなかった。理由などないのかもしれない。これから彼が行うことへの緊張が、身の上話をして気を紛らわせようという気持ちにさせたのかもしれない。

「彼女は、僕の最愛の人の生き写しなんだ。……僕は自慢ではないが、勉強ができた。それしか取柄がなかったのかもしれない。親友と出会ってから、僕は決心した。この出会いを過去の幻想にはしないと、この出会いを起点にすると。日本の高校を全国で一位の成績で卒業して、僕はアメリカの私立ジョンズ・ホプキンス大学医学部に入学した。僕は一年とかけず、半期で2年次の過程をクリアした。元々、医師を目指していたわけではなかったから、実習は先送りに出来た」
「すげ……」
「僕は、同じ州にあるアメリカ国立衛生研究所での研修に参加を希望した。大学側は、即座に僕を本来の学生研修カルキュラムには存在しない希望セクションへの参加を許可させた」
「それは?」
「同じ年にヒトゲノム研究センターというものが出来た。……21世紀最初の功績とも言われる、ヒトゲノム計画に貢献する事になるところだ。僕は最先端のバイオテクノロジーを研究するセクションへの希望をしたんだ。国立衛生研究所にもそれに相応するセクションが存在した。そして、僕は彼女に出会った。そのセクションは、国よって組織されたある医学研究機関の援助を受けていた。その機関が連れてきた見学者の一人に、彼女がいた」
「………」

 麻美は遠い目をして、続きを話す。サーリムは、黙って聞くことにした。


 

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――――――――――――――


 

 1988年、アメリカ合衆国メリーランド州アメリカ国立衛生研究所。

「やあ、麻美君」
「ナカムラさん、どうか致しましたか?」

 コンピューター画面に表示されたコードをノートと照らし合わせて確認をしていた麻美に話しかけてきたのは、当時援助を行っている医療機関から出向していたナカムラであった。

「実はね、彼女を案内して欲しいんだ」
「え……」
「こんにちわ!」
「あ……こんにち…わ」

 顔をナカムラに向けると、彼の隣に20歳前後の若い日本人女性が立っていた。満面の笑みで、しかも日本語で挨拶をしてきた彼女に麻美は狐につままれた様な表情で挨拶を返した。

「うちの組織と縁の深いカトリック系団体にいる女性なんだが、こういう所にも興味があると言ってね。丁度、同じ日本人の麻美君が来ている事だし、折角の縁だから、見学に招待をしたんだ」
「はぁ……、でも今サンプルのデータを」
「そんなものは後でも出来るだろ?」
「まぁ。……わかりました」
「ありがとうございます! 後藤真理です」
「あ、麻美帝史です」

 後藤真理と名乗った女性は長く綺麗な深緑の黒髪を揺らし頭を下げた。麻美も会釈して返す。
 綺麗な女性、それが彼の彼女に対する第一印象であった。

「麻美さんは、こちらへ来て長いんですか?」

 一通りの案内が終わる頃、真理が麻美に笑顔で話しかけてきた。とても自然で、そして相手を幸せな気分にさせる笑顔だ。

「まだ一年も経っていません」
「学生さんなんですよね?」
「はい」
「すごいわ! まぁ、私も学生の時にこっちに留学したクチなんだけど、こんなすごいところでは流石に勉強できなかったもの」
「何の専攻だったのですか?」
「語学と文化……早い話が超がつく文系人間よ! だから、自分の知らない、知ることの出来ない世界というのもにも興味があったの」
「だから、ここの見学に?」
「そうよ。もっとも、私は興味があるって言っただけで、見学に誘ったのはナカムラさんなんだけどね」
「そうなんですか?」
「そうよ。上の方も上の方で色々付き合いだのなんだのがあるんじゃないかしらね。あのナカムラさん、中々の策士そうだから。……あ、でも麻美さんの方が策士っぽいかも。諸葛亮孔明みたいな」
「軍略家に見えますか?」
「まぁ、少なくとも関羽っぽくはないわね」
「それは確かに。では後藤さんは江東の二喬ですかね?」
「えぇー! そんなに私は美女じゃないわよ。少なくとも、今まで月も光を消させたことも、花も恥じらわせたこともないわ」

 真理は三国志演義での大喬の美しさを讃えた言葉をかけて言った。

「そうですか? あなたを妻にできる方は幸せでしょうし、もしその上であなたも幸せだと評される方に見初められるとすれば、あなたは美しいと思いますよ?」
「それはありがとう。では、そう評されるような方を探さなくてはいけません。……くすっ、麻美さんは演義に詳しいんですね?」

 大喬の夫である孫策の言葉をかけた麻美の返しに真理は笑いながら言った。

「これでも幼少時代は文学少年でしたから」
「へぇ……。それでこんなすごいところで勉強できるって、なんだかずるいわね」
「そうですか? ……いや、そうかもしれませんね。それに、僕は孔明よりも曹操の方が性にあっている気がします」
「あら?」
「史実の彼が好きなので」
「なるほど」

 麻美の意見に真理は微笑みながら納得した様に頷いた。
 扉を開け、外に出た。晴天の空に、一瞬目をしばたかせるが、真理は目を細めて大きく伸びをする。細い体は綺麗な流線型をつくる。

「いいお天気ねぇ。あ、この建物ってパンフレットに載っているのものね。あら、アングルも大体ここじゃない?」
「そういえば、そうですね」

 真理は目の前にそびえる建物を見て言った。麻美は普段、気にしていなかったが、言われてみればその通りだと思った。

「ねぇ、記念撮影しませんか?」
「あーいいですよ。僕が撮影しますから」

 そう言い、彼女が鞄から取り出したコンパクトカメラを持つ。

「えぇ……ま、仕方ないか。じゃあ、次に撮る時は一緒よ?」
「はい、わかりました」

 彼女と建物が枠の中に入るように後ろに下がりながら麻美は言った。フィルムを巻き送り、カメラを構えた。

「一足す一は?」
「にぃー!」

 シャッター音が鳴り、記念撮影は終わった。



 

 

「今日はありがとうございました」

 元の研究室まで帰ってくると、真理は改めて礼を麻美に言った。

「いえ、いいです。楽しんで頂けてよかったです」
「はい」

 真理はまた素敵な笑顔を彼に向けた。
 そして、研究室の扉を開けようとした時、彼の胸の奥から形容し難い想いが込み上げてきた。

「あっ! 待ってください!」
「ん?」

 次の瞬間には、彼女の腕を掴んでひき止めていた。

「あ、あのっ! また色々なお話をしましょう! えっと……これ、裏に家の番号も書いておきます。連絡をしてください!」

 麻美は慌てて取り出した名刺のペンで下宿先の電話番号を記載し、真理に渡した。

「ありがとう。うん、連絡するね!」

 真理は髪を揺らし、笑顔で名刺を受け取った。
 そして、彼らは部屋に入った。


 


 

「麻美君、少しいいかな?」

 その日の夜、下宿先へ帰ろうとした麻美をナカムラが呼び止めた。

「はい」
「キミに、是非とも話したいことがある。近くに行きつけのバーがある。そこへ一緒にきてもらってもいいかな?」
「はい」

 ナカムラに促され、バーに案内されると、ボックス席へ座った。

「今日は助かった。ありがとう」
「いいえ、こちらこそお役に立ててよかったです」

 軟派な事をしている後ろめたさを感じつつも麻美は謙遜して言った。

「うん。……実は、これから話すことは少しばかり今日のこととも関係のある話だ。それと、これから話すことは秘密厳守、他言無用でお願いしたい」
「はい」
「うん。……麻美君も、我々が医療機関の人間であることは知っているな?」
「はい」
「しかし、それが実は仮の姿であると言ったら、麻美君は驚くかい?」
「それは、本当ですか?」
「驚いたな。いい反応だ。……本当の話だ。今日の後藤君のいる団体も同じ組織だ。もっとも、彼女はそれを知らない。非常に信心深い信者で、個人的な欲もなく、ボランティア活動や支援運動にも参加している」
「一体、僕に何を話したいんですか?」
「流石だ。……麻美君、キミを我が組織にスカウトしたい。我々は各界の知識人によって構成されており、歴代のノーベル賞やフィールズ賞受賞者も在籍していた」
「それはすごい組織ですね。……その目的は? イエスの血統でも守っているんですか?」
「そんな秘密結社の話も耳にするな。しかし、残念ながら我々は純粋な好奇心を追及する組織だ。謂わば、バベルの塔を完成させることが我々の目的だ」
「現実不可能とされることを実現させることか?」
「当たっているが、違う。我々の組織の目的は、創世記よりもラビ伝承に近い。神に戦いを挑む目的でバベルの塔を建てた」
「神への挑戦? 錬金術でも復活させたいんですか?」
「それも方法の一つだろう。不老不死の霊薬も、ホムンクルスも、「人」という存在が「神」にまで昇華させる方法に他ならない」
「そんな世迷言。カルト集団の方がまだマシな話をしますよ?」
「……ヒトゲノム計画」
「ん?」
「噂では聞いているだろう? 合衆国にもヒトゲノム研究センターが設立され、世界に大してヒトのゲノム解析をしようとする計画の話だ。まだ実際に動き出す段階ではないが、あれは近々本格的に動き出す。恐らく、来世紀、いや20年後には医学の革命が起こるだろう。そして今キミも、その一端を担っている訳だ。人類は科学という錬金術を手に入れている、科学という共通の言語を今話しているんだ」
「それで、その科学を使って、神に挑むってことですか?」
「そうだ。既に我々の計画は、実験段階にまで進んだ」
「何をしているんだ?」
「ホムンクルスといったら、キミはバカにするだろう。だから、別の表現で言おう。体細胞クローン人間作製計画だ」
「! 不可能です! 体細胞クローンを哺乳類、しかもヒトで? そんなもの、小説の世界の話ですよ?」
「それが、既に動物実験はクリアしている。まだ色々と問題があるがね」
「! 何故、それを発表しないんですか? そうすれば、科学史どころか、世界史に残りますよ!」
「……麻美君、キミはまだ若いね。確かにクローンを生み出すことが出来たと発表すれば、世界に衝撃を与え、歴史に残る。だが、所詮は人の歴史だ。人々の上になっても、満足出来るのかい? 科学者ならば、研究者ならば、限界へ挑戦したいと思うだろう?」
「う……」
「核開発の歴史を知っているだろう? あの研究はまだ限界に達していない。しかし、限度には達してしまった。我々研究者ではなく、大衆という人間の限度に。人間は好奇心が強い。だから、与えられた玩具はすぐに使ってしまう。そして、限度を知らずに使い、それに達してしまう。最後は玩具を取り上げられる。クローン動物の発表をしてみろ? クローン人間が現実的になり、倫理を訴える。最終的にはクローン人間は作れなくなる。目に見えていることだ」
「……確かに」
「だから、我々組織は限界まで挑戦する。クローン人間を作製し、神の領域、つまりクローン技術の本当の限界に達するまで追求する。それが、今の我々の目標だ。それには優秀な人材が必要だ、麻美君のような」
「……断れば?」
「今のキミの地位は奪われる。私立大学も所詮は歯車の一つだ。権力の前には簡単に従う」
「組織に入れば?」
「大学に籍を残すかはキミの自由だ。そして、あらゆる機関に姿を変えて築いた組織の莫大な財力を自由に研究へ使える。必要な時に必要な地位と権力を用意することもできる」
「………」
「今すぐにとは言わない。……だが、なるべく返事は早くした方がいいとだけ言っておく」

 ナカムラはショットグラスを空にすると、金を麻美の前に置いて、店を出て行った。
 しばらくして、下宿先に戻った麻美の部屋には大家からの伝言が書かれた紙が投函されていた。真理からの電話があり、彼女の家の番号が書かれていた。
 翌朝、麻美は組織に入る返事をした。




 
 

 1990年1月、アメリカ合衆国メリーランド州。
 麻美が組織に入って一年が過ぎた。彼は末席ながら組織の中核の人物の一人になっていた。

「中退したらしいな?」
「はい。もう学ぶことはあそこにないので。……それと例の計画は、やはり真理で?」

 喫茶店で休憩していた麻美の向かいに座ったナカムラに彼は聞いた。彼は頷く。

「あぁ。組織としても、最終段階に移行しようと考えているらしい」
「つまり、目的の達成?」
「あぁ。この結果によっては、組織自体の衰退を招きかねない。だから、演出をするつもりだ」
「……マリア計画ですね?」
「あぁ。そして、サンプルも決まった。今日はその知らせだ」
「まさか!」
「これは運命かもしれないな。恋人のクローンを、神の子として生むのだから」
「卵は?」
「既に出来ている。再現性も高い。今晩、決行する」
「わかった」

 ナカムラは立ち去り、しばらくすると真理がやってきた。

「ごめんなさい。丁度そこで斎藤さんと会っておしゃべりしちゃってたの」
「いや、いいよ」

 麻美は真理に微笑んだ。後ろめたい気持ちがないわけではない。しかし、愛する気持ちも全て事実だった。その感情によって、彼は本心から彼女に微笑みかけることができた。
 彼女が偶然会った斎藤亜沙美も組織の人間だ。既に、真理を囲む世界は、彼らの計画によって形成されていた。
 万が一、失敗した時、最も組織にとって危険な存在となるのは母体となる被験者であると組織は考えた。精神的な疲労やノイローゼなどが考えられ、それによってクローン人間作製の事実が露呈する危険だ。
 そして、組織は神に挑戦し、神になるという目的を達する為にも、被験者には真実を告げないことを決めた。被験者には処女懐胎をさせることになった。それが、マリア計画。第二の聖母マリアを生み出し、新たなイエスを生ませ、それを行った組織が神に並ぶ存在になるという計画である。

「今晩の儀式、ちょっと心配。バチカンの記録にも存在しない秘術なんでしょ?」
「そう。その目的もまだわからない。しかし、神が啓示をし、人々を神と同格の存在とするといわれる儀式らしい。今夜はそれを再現するものらしい。大丈夫、僕も参加するから」

 勿論、全て嘘だ。演出なのだ。神になるには、神の力を持っているという演出を行わなければいけない。そして、彼女にクローンを妊娠させる為の処置を行わなければならない。
 この夜、その計画の実行を行うのである。
 全ての計画は、順調だった。




 
 

 数ヵ月後、真理は妊娠した。
 それを知った時、見る見る内に真理の表情が変わった。驚き、喜び、不安、動揺、期待、たくさんの感情が彼女の表情に表れては消えた。
 彼女は麻美に清純を守っていたと言った。彼も優しく微笑んで頷いた。
 彼女は自分が聖母マリアと同じだと信じた。
 そして、麻美は真理に、神の子を宿している、組織に守ってもらおうと提案した。
 真理は麻美に言われるままに頷き、カトリック系キリスト教組織になりすました組織の保護を受けた。
 一般には、普通の信者の妊婦が療養しているように見せた。
 しかし、ある時、その事が何者かに知られているという噂が組織内に流れた。メディアにも、反キリスト教団体などにも動きもなく、組織の警戒も高めた。周りは気にするなと言ったが、麻美の不安は消えなかった。
 そして、彼女が彼らの前に現れた。

「こんにちわ」
「こんにちわ、日本語がお分かりなんですね?」

 組織が用意した教会の中庭で花壇を眺めていた真理に日本語で女性が話しかけてきた。真理も彼女に日本語で挨拶を返した。
 女性は微笑んで頷いた。真理と同じく、深緑の黒髪を長く伸ばしているが、その色は真理よりも緑が濃い。その髪を金のカチューシャで止めている。日本語を話しているが、薄褐色の肌や鼻立ちなどから、中東系の女性だと真理は思った。

「何ヶ月ですか?」
「7ヶ月です」
「旦那さんは?」
「あ、……その、今中にいます」
「……そう」

 一瞬答えに迷いつつも麻美の居場所を答えた真理に、女性は意味深な笑みを浮かべた。

「こちらへは?」
「用事です。私、神の使いなので」
「シスターさんでしたか」
「……いいえ。『神々の王』の守護者です。今日は、彼の意思を伝えに来ました」
「そうなんですか? 守護者という方もいるんですか。私、不勉強ですね」
「いいえ。普通の方は知りませんから」

 女性は微笑んだ。

「ん? 真理?」
「あ、帝史さん。こちらの方、守護者さんなのですって」
「どうも、こんにちわ」
「あ、こんにちわ……」

 教会の中から出てきた麻美に真理は言った。彼女の前に立つ女性が日本語で挨拶をしてきた。

「……守護者?」
「かつて神と評される位置にいた方の使者です。今は旅人と名乗っておりますが、本日は彼の意思で参りました」
「はぁ?」
「私は、ガラテア・ステラ。王の守護者であり、変化の爾落人と申します」
「私は後藤真理です。ほら、帝史さんも」
「あ……麻美帝史です」

 聞いたことのない爾落人という言葉に警戒しながらも真理に促され、挨拶をした。
 ガラテアはすました顔で、真理の腹に手を触れた。

「もうわかるかしら?」
「えぇ。命があります。でも、真理殿。この命が生まれるのを許すわけにも行きません」
「!」
「え?」
「私は主殿の意思で参りました。主殿は人類の未来を信じております。しかし、あなた方は神の域に達そうとしている。だから、私は罰を与えに来た」
「真理、離れろ!」
「え?」
「もう遅い」

 麻美が慌てて真理を抱き寄せる。しかし、ガラテアは遅いと言い、そのまま身を翻した。

「真理! 大丈夫か?」
「へ? 私は大丈夫よ? ガラテアさんは?」
「……いない!」

 真理は笑顔で答えた。見たところ、胎児も真理の体にも異常はなさそうであった。
 麻美が周りを見渡したが、そこにはガラテアの姿は残っていなかった。
 そして、その後の検査で子宮ガンが発見され、胎児も彼女の命も長くはない事がわかった。
 苦渋の決断で、組織は麻美に真理を故郷へ追い出す事を決めた。

「聖母マリアが現れたことが漏れた。第二のキリスト誕生を阻止しようとする組織が動き始めている。このままここで我々と一緒にいては、キミと子どもの命が危ない」

 真理へのガン申告もできず、彼は真理に言った。彼女は故郷へ、日本の三重県蒲生村へ帰り、そこで死亡した。
 そして、彼はアメリカに残った。彼女を追う勇気は、彼になかった。
 組織の力はこれによって衰え、麻美は次第に実権を握り始め、彼が私欲の為に真理のクローンを妻となった亜沙美に生ませようとするのは、その5年後の話である。



 
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 2021年3月、魔都最深部。

「……そして、僕は睦月を生ませ、邪魔な妻を事故に見せかけて殺させた。でも、睦月は死んでしまうとわかった。だから、僕は彼女をイリスにした」

 最深部の大部屋に麻美の声が響く。大部屋は何一つ装飾もなく、ただ巨大な部屋であった。そして、中央に剣が刺さってた。

「これが、呪われた聖剣と呼ばれる『神々の王』の力を得ることができる剣、またの名を天叢雲剣」

 サーリムが見守る中、麻美はゆっくりと天叢雲剣の柄を掴んだ。そして、ゆっくりと床から剣を抜き取った。

「感じる……。剣から力がみなぎって来る。……これが、力か」

 サーリムにはわからないが、確かに麻美に何か異質な力が注がれている様な印象がある。

「これで、王の力を得たんですか?」
「いや、まだだ。これはその権利を得た段階にしか過ぎない。本当の力は、これからの儀式だ。……来い! ガラテア・ステラ、いやセクメトよ!」

 麻美は剣を天に突き上げ、叫んだ。
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