本編




「話しておかなければならないことって?」

 追加注文した熱燗で口を潤すと元紀は、尚も真顔で座っている榊原に聞いた。

「実は海外調査課の情報収集網を利用して、二人のヒト「G」を部長が追っていて、それを社長に伝えているんです」
「え?」
「まずは、俺の話を聞いてください。偶然ですが、部長が海外調査課の名前であるヒト「G」の入国があれば、情報を提供してもらえるようにどこかに手配をしていたみたいなんです」
「どこかって?」
「さぁ、そこまでは? 部長は会社創設以来のメンバーの一人ですから、それなりに顔が利くんでしょう。外務省かもしれませんし、Gnosisかもしれませんし。ここは、一度おいておきましょう。社長からの密命だから、黙っておいて欲しいと言われましたが、さっき資料を見て合点がいきました。それは南明日香の事件が起きた前日で、そのヒト「G」はガラテア・ステラです」
「………なぜ社長はガラテア・ステラを?」
「そこまではわかりません。ただ、どうも相当昔から彼女の動向を探っていたみたいですよ?」
「……まさか、2012年以前から?」
「さぁ? 流石にそこまでは。ですが、部長の口ぶりですと、その可能性も高いですね」
「もう一人のヒト「G」っていうのは?」
「あぁ、ウチがずっと情報を収集している人物ですよ。確かに、ガラテア・ステラと関連があるので、一緒に情報を収集したいと思っても不思議ではないですが」
「まさか、Sanjuro?」
「えぇ。旅の革命家、サンジューローといわれている人物です。確か、2012年の北朝鮮に現れたのが最初の情報ですから、同じ時に北朝鮮にいたガラテア・ステラと共に情報を収集するのは納得できる話ですよ」
「………そうね」

 元紀は今、サンジューローと銀河が同一人物であるという話をするべきか悩んでいた。
 しかし、榊原の方が先に口を開いた。

「課長、情報を報告しなくて申し訳ありません。部長から口止めされていたというのは、結局言い訳です。課長が信用する人物か判断が出来なかった、それが理由です」

 榊原は座布団を退かすと、その場に土下座した。元紀は慌てる。

「あ、そ、そんな! 榊原! それは当然の行動だ! 情報はわたし達にとって武器よ、それを扱うのは細心の注意が必要。それはわたしもわかっているわ」
「ありがとうございます。………しかし、2012年の北朝鮮での出来事がそれほどに重大なことだったんでしょうか。確かに、世界史に残る事件ではあったと思います。しかし、8年以上も時間をかけて足取りを追い、こんな事件で我々に調べられるきっかけを作るほどのこととは……」
「わたしもそう思うわ。でも、あの頃、確か社長はガンヘッドとマイクロウェーブ照射システムの視察に韓国へ行っていたはずよ」
「よく覚えていますね」

 思わず榊原は関心する。元紀は苦笑しつつ頭を振る。

「違うのよ。その頃、わたしは就職試験を受ける直前だったのよ。だから、記事になった事は全部頭に叩き込んでいたのよ。それに、入社してからも「G」関連の大事件の一つとして北朝鮮の話は欠かせないものだから、印象に残っているのよ」
「しかし、なぜ社長は……」
「………2012年の来韓が情報を得た上でのものか、偶然かはわからないけれど、もしかしたら社長はサンジューローの正体に気がついているかもしれないわ」
「………つまり、課長はサンジューローの正体を知っているんですね?」
「あっ」

 榊原の指摘で、元紀は自分が墓穴を掘ったことに気がついた。

「誰なんですか……と言っても、状況と課長が知っているヒト「G」という事を考えれば、後藤銀河以外の候補はないですが」
「えぇ。正解よ」
「以前から知っていたんですか?」
「いいえ。今年の正月、丁度南明日香の事件の話を聞いた日に偶然わかったのよ」
「そうですか。……しかし、ここへ来て2012年とは。韓国でもっと王氏から話を聞いておくべきでしたね」
「まぁ仕方の無いことよ。それに当時は対立国同士だったんだから、聞ける話にも限界があるわよ」
「そうですね。しかし、むしろ韓国側の話よりも北朝鮮の話の方が詳しいように思えたくらいですから、相当調べていたみたいですね。別の人から聞いた話だと、ガンヘッドの試験操縦士に殺されかけたこともあったらしいのに。むしろ国内事情がおろそかになっていたのかもしれませんね」

 榊原は皮肉混じりな言い方をして、新たに注いだ熱燗を実に美味しそうに飲んだ。

「ガンヘッドの操縦士に殺されかけたの?」
「みたいです。なんだったか? ドクターイエローみたいな名前なんですが、忘れてしまいました。部下の方の話じゃ、悪戯のようなことだったらしいんですが、誤って護衛が射殺してしまったみたいで、その時の彼の所持品を戒めとして持っているらしいですよ」
「へぇー」
「………何やってんですか?」

 片手でテーブルをぺたぺたと叩く元紀を見て榊原が呆れた表情をして言った。

「あれ? 知らない? 中学の頃だったかな、流行ったのよ?」
「覚えてません」
「残念、そこら辺がジェネラルギャップなのか………」

 元紀は呟きつつ、熱燗の最後の一口を飲みきった。

「なんにしても、大分情報の整理が出来たわね」
「はい」
「銀河の元となった胎児と社長のDNA鑑定の結果は今月中にはわかるわ。それまでに社長の目的を……そうか、ペンダントを落としたのも社長かもしれない」
「あぁ、資料に載っていたペンダントですね? その可能性は高いでしょうね。それも含めて、社長の目的を探る必要がありますね?」
「えぇ。勿論、真理さんの、銀河の故郷に現れた「G」だからという事も考えられるけど」
「部長も、一枚噛んでそうですね」
「それだけじゃないわ。娘さんが真理さんのクローンである考えると、当然亡くなられている亜沙美婦人、それにその姉である斎藤専務も絡んでいるはずよ」
「そこら辺を中心に調べるのが賢明そうですね」
「えぇ。多分、月末か月が明けたら…」
「アメリカのメリーランド州に行けばいいんですね? 出張目的などの段取りは全て課長にお願いします。俺はあくまで兵隊なので」

 いつになく真面目な表情で言った榊原に元紀も真剣な眼差しで頷いた。




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 2013年春、三重県蒲生村。
 ある日、村に見知らぬ親子が現れた。高校生位の少女を乗せた車椅子を押す父親らしき男は、村の外れにある山道を優しい口調で少女に囁いた。

「睦月、わかるかい? 木々が茂る山だよ? 滝の音も聞こえる」
「ほぅ」

 しかし、少女は一声出したのみで、表情は笑顔だが、心が掴めない表情である。

「まさか、この村に来るとは思わなかった。ここは睦月のもう一つの生まれ故郷なんだ。……でも、当時のパパはここまで来る勇気はなかった。ただ、苦悩して、6年間を過ごした。睦月、今は失ってしまったが、必ずお前の心を取り戻す」
「ほぅ」
「うん。僕は間違っていたのかもしれない。でも、あの時はそれしか方法がなかったんだ。でも、希望はある。今回入社した娘に、この村の出身がいるんだ。彼女が選考面接の時に言ったんだ、自分の友達に「G」がいると。そして、その「G」の名は後藤銀河だと。……もしかしたら真理の、いや、もう一人の僕かもしれない。組織すら見捨てた末期患者となっていたにも関わらず、生めていたかもしれない。………既に情報は手にいてれいる。この村には以前、クマソガミという「G」が現れたらしい。それが関係しているかもしれない」
「ほぅ」

 睦月は同じ笑顔で父親の言葉に相槌を打った。
 二人はトラロープが張られた洞窟にたどり着き、そのまま洞窟の奥へと進んでいった。

「ほぅ」
「わかるんだね? ここにはかつて「G」がいた。遠い昔にいた鬼神だという。そして、それを封じたのは旅人。………あの女が言っていた男に違いない。どんなに繕っても全ての罪は消えないにも関わらず、勇者扱いだ!」
「ほぅ」
「あぁ、すまない。つい、昔のことを思い出してしまったんだ。……あ、ついたみたいだ」

 彼は洞窟の奥に着くと、設置された電灯によって照らされた内部を見渡した。そして、最後に中央の床に空いた穴を見た。

「ここにクマソガミは封じられていたようだ。……どうだ? 睦月、何かを感じないか?」
「………ほぅ」
「!」

 睦月の右袖口から突然、橙色の触手が伸び、穴の中に入った。
 父親が驚いて見ていると、穴の中から他の石とは色の違う、黒色の石を絡めた触手を彼の前に移動させた。

「これは? ……まさか、クマソガミの欠片か?」
「ほぅ」

 返答の代わりに笑顔を彼に向けた。そして、そのまま触手の先端を黒色の石に指した。石が震える。
 刹那、石は灰のように白くなり、消滅した。

「ほぅ」
「………吸収したのか?」

 満足気な笑みを浮かべる少女に父親は聞いた。

「ほぅ」
「なっ!」

 彼の目の前で少女は、ゆっくりと車椅子から立ち上がった。
 それにともなって肩と背中から二対の七色を帯びる美しい薄膜状の羽が伸びる。
 その光景を彼はただ驚いて見ている事しか出来ない。

「ほぅ」
「……綺麗だ」

 彼の口から漏れた言葉は彼の本心であった。
 既に彼には、目の前にいる美しい少女が娘であるという意識は失われていた。美しさに心を奪われていた。彼の脳裏に、妖精、女神、天女などの言葉が次々に浮かんでは消えていた。

「イリス……」
「ほぅ」

 やがて、七色を帯びる羽から彷彿させる虹の女神の名を呟いた。彼の一言に、少女は今の彼女になってからで最も自然な笑みをして声を出した。

「もしかしたら、僕は間違っていたのかもしれない。……キミは、美しい。もうキミは睦月じゃないんだね。キミはイリス。……あの時から、変わったんだね? ……今、変わる必要があるのは、僕だ」

 彼は言葉を発しながら、両手で首にかけていたペンダントを外し、穴に捨てた。
 この瞬間、彼の中で何かが変わった。


 

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 2021年2月末、東京都内某ホテル最上階レストラン。

「蒲生さん、お久しぶりね。……そちらは、確か榊原君だったかしら?」
「お久しぶりです」
「覚えていただいて光栄です」

 個室席について待っていた元紀と榊原が立ち上がり、待ち合わせをしていた人物に挨拶をする。
 相手は初老の女性であった。名を斎藤和美といい、J.G.R.C.専務である。

「……まさか、自腹で私に高級ホテルの料理をご馳走する為だけに、私を呼んだ訳じゃないんでしょ?」

 次々に運ばれてくる料理を見て斎藤は言った。元紀と榊原は頷いた。
 そして、一通り料理を運び終わると、元紀がボーイに耳打ちした。店員は皆、個室を出て行き、扉がとじられた。これで話を聞かれる心配はない。

「わざわざ話を聞かれにくい信頼の置ける高級ホテルのレストランの個室を用意してまで私を呼んだってことね。一体、これからあなた達は私に何を話してくれるのかしら?」
「折角の料理が冷めてしまうのも忍びないので、単刀直入にお話いたします。榊原」
「はい」

 元紀に呼ばれ、榊原は鞄から一冊のファイルを取り出し、斎藤に渡した。

「………これは!」
「ご覧の通り、二人の人物のDNA鑑定結果です。鑑定方法は添付されている資料をご参照下さい。鑑定結果は、同一のDNAを持つ人物でした。この意味、お分かりになりますね?」
「二人の人物が、同一人物であるか、双子であるか」
「どちらか一方が、一方のクローンであるか」
「………」
「斎藤専務はご存知でしたか? 麻美社長のクローンが存在した事実を?」
「その可能性を考えた事はかつてあったわ。でも、私は関係者であっても、当事者ではない。だから、確信を得ることも、可能性を追求することも出来ず、今の地位で疑心を募らせることしか出来なかった。蒲生さん、一体どのような方法でこれを?」
「それは、専務も覚えているはずですが?」
「……お友達ね?」
「はい」

 元紀は頷いた。彼女の最終面接の場に、麻美だけでなく、斎藤もいたのである。

「でも、私はあなたのお友達が「G」である事と、それに麻美社長が強い興味を持ったことしか覚えていないわ。それに、あの時点で、既にあなたの内定は確定していたはずよ」
「わたしの採用された理由はなんでもいいんです。問題は、J.G.R.C.が何故創設されたか、そして社長の目的です」
「………蒲生さん、それと榊原君も。悪い事は言わないわ。組織の事を調べても、なんの利益はないわ。あなた達にとっても、人類にとってもね」
「組織?」
「……成程、その組織というのが、クローン技術を研究したり、J.G.R.C.の急成長を支えた裏に存在するものですね?」

 斎藤の言葉に元紀は目を張り、榊原はニヤリと笑いながら聞いた。
 今度は逆に斎藤が驚く。

「あなた達、組織を調べているんじゃ……」
「結論から言えば、確かに俺達は組織について調べています。しかし、それが組織っていう具体的な存在であるとまでは知りませんでした。貴重な情報をありがとうございます」
「専務、お話を伺う限り、あなたはその組織に関わっているわけではないようですね? その組織というのは、一体?」
「………いえ、その」
「専務、語りに落ちたんです。素直にお話下さい」
「榊原!」
「いいんです。彼の言うとおりですから。しかし、これから話す内容、私からこの話を聞いたという事は、他言無用にすると約束して。そして、聞いたとしても、後悔をしても、私はそれを忠告しておいた事を忘れないようにね」

 十分すぎるほどの念を押されて、元紀と榊原は確りと頷いた。

「わかったわ。……まず、私の妹について話さなければならないわね」
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