第二章 ジラクノオモイ


「うわぁ~……すっかり遅くなったな……」

 今日に限って牛乳がどこも売り切れだった。店を4、5軒回ってようやく牛乳を手に入れた真人。いつの間にか、海の近くの店まで足を運んでいた。真人は早く帰ろうとバイクを急がせた。

 海岸沿い、灯台への道との交差点にさしかかった。信号は赤。このまま突っ切ろうかと一瞬思った真人だが、すぐにそれをやめた。一台の車が真人の目の前、交差点を突っ切って行ったからだ。その車は、灯台へ向かったようだ。しかし、真人はそれを怪しく感じた。

「……あの車……こんな時間に灯台?」

 何かあるといけない。真人は無意識の内に、自転車を灯台に向かわせた。

 この街のシンボルの1つ。それがこの灯台だ。昼間は観光客で賑わっているが、夜になると、基本的に関係者以外は入れなくなる。真人は、子供の頃から何回か通っていて、灯台からの街の眺めはもう覚えてしまっている。
 そんな灯台に向かう怪しい車を、真人は野放しにしておけなかった。

 何とか灯台までやってきた真人。車の中には既に誰もいなくなっていた。灯台の表口は施錠されている。真人は裏口に向かった。案の定、裏口は無理やりこじ開けられていた。


「これは……」

 真人は疑問に思った。そのこじ開けた跡は、今し方の跡では無かった。もう随分前に開けられているようだった。

 意を決して、真人は中に入った。今は灯台を点検する技士しか裏口を使わない為、もう、しばらくの間この裏口は使われていないはずだった。
 真人の頭上から落ちるホコリの量は、そんな事実と反していた。さっきの車の主が先にここを歩いた証拠だ。

 表口からはエレベーターで最上階に行けるが、こちらは違う。階段を使わなければならなかった。そして、車の主が階段を上っている音が、フロア全体に響いている。真人は、音を立てないように階段を上る。

 真人は考えていた。このまま最上階に行くと、展望台に行き着く。夜の展望台に何の用があるのか。あの車の主の目的は何なのか。

 灯台の最上階に足を踏み入れる事を、真人は怖いと思うようになった。しかし、この街のシンボルを不審者にいいようにされるのは我慢できない。真人は登り続けた。

 そして、最上階の1つ下の階で、真人は足を止めた。話し声が聞こえてきた。真人はその話し声に耳を傾けた。


「情報の通りだな。見つけたぞ。爾落!」

 車の主とは、隆文と蘭子だった。そして、今、2人の前には1人の少女が立っていた。

「…………私は爾落人なんかじゃ……」
「いや、爾落だ。あの人が提供してくれた写真とあんたは一致している。」
「…………」

 真人は会話を聞きながら、最上階フロアの扉を少し開けた。そして、隆文と蘭子の前にいる少女の姿を目にした。

「あれは……」

 その少女は、あの時、崖下に帽子を落としたと言って困っていたあの少女だった。

「仮に私が爾落だとしたら、どうするつもり?」

 少女がそう尋ねると、隆文は懐から拳銃を取り出し、少女に向けて構えた。

「な!?」
「あんたには何の恨みも無いが……申し訳ない。その命をもらいたい。」
「……まさか?」

 少女は蘭子の全身を見つめる。そして全てを悟った。隆文の目的が何なのかを。

「そう……でも残念だけど、あなたの考えている事は見当違いよ。爾落人の命にそんな力は無い。」
「……それでも、俺たちは他に頼る術が無いんだ。頼む。大人しく……死んでくれ。」

 隆文の拳銃が火を吹いた。思わず目を覆った真人。

「なるほど……ただの拳銃じゃ無いという事は……」

 少女の声だ。真人は再び扉の間から覗き込む。

「あっ!?」

 弾丸は、少女の目の前で静止していた。やっぱりかという表情で隆文は銃を下ろした。

「それが君の力か。」
「私は時間の爾落人。あらゆるものの時間を操る事ができる。」
「今のは、弾の時間を止めたんだな。」
「ええ。そして、こんな事もできる。」

 少女は弾に軽く指を触れた。そして弾は、さっきとは逆に速度を取り戻し、隆文の方に向かった。

「うわっ!」

 間一髪でそれをかわした隆文。

「なるほど……時間を巻き戻したのか。やるな。」
「お願いだから帰って!私たちが戦わなければならない理由は何一つ無いわ!」
「悪い……そっちには無くてもこっちにはあるんだ。」
「やはり惑わされているのね。いいわ。そんなに言うのであれば仕方ない。」

 少女は隆文に向けて指差した。しかし、一瞬の間に蘭子がその間に入る。すると、少女が放った念力は跡形もなく飛び散ってしまった。

「!?」
「私の力は破壊。形のないものも破壊できるの。」
「……なるほど。でもこれならどうかしら?」

「な!?」
「動けない!?」

 隆文と蘭子の動きが止まった。今の内にと、隆文達から離れる少女。

「空気の流れを止めたの。空気が固まってしまえば、体を動かす事は出来なくなる。安心して、呼吸はできるようにしているはずだから。」
「な!?」

 そうして、少女は非常口に向かって行った。しかしそこには、

「いてっ!」
「ええ!?」

 その非常口こそ、今真人が覗き込んでいたドアだった。少女が勢いよくドアを開けたために、真人の顔面にドアがぶつかってしまったらしい。

「あなた……」
「いてて……」
「……一緒に来て!」

 倒れてる真人の手を取り、少女は走り出した。

「ま……待て……」
「隆文、ちょっと危ないかも。」
「え?」

 次の瞬間、強い風が展望台の中で吹き荒れた。蘭子が自分達を拘束していた空気を吹き飛ばした。

「ふぅ……大丈夫?隆文。」
「まあな……でも、爾落に逃げられちまったな。」
「ええ……でも、あの子は……」
「この街の人間だろうな。また明日から探し直しだな。」
「心当たりは?」
「高校生を当たればいい。前より探しやすくなったさ。」

 車のエンジンを入れ、街の地図を広げる。

「高校の入口を張ろう。あの子の顔は?」
「覚えた。」
「よし。とりあえず寝よう。」
8/24ページ
スキ