第二章 ジラクノオモイ


「…………」

 彼の名前は長瀬真人。町外れの高台にある高校に通っている。そして、今彼の目の前に立っているのは、姉の依子だ。目くじらを立てながら真人を睨んでいる。理由はもちろん、アイスだ。

「もう……だからあれほどドライアイスをもらいなさいって言ったじゃない……」
「ゴメン。」
「どういう理由があったかはわからないけど、次からは気をつけなさいよ。」

 依子は決して怖い性格ではなく、おっとりとしたタイプの人間だ。だから、滅多な事でも怒鳴るようには怒らない。

「また……コンビニで買って来ようか?コンビニなら近いし。」
「いいわよ。コンビニのアイスは高いから。また後の機会にね。それじゃ、ゴハン作るから待ってて。」

 真人と依子は2人で暮らしている。両親は10年前に他界していて、しばらくは親戚の家に引き取られていたが、依子の就職を機に、依子が真人を連れて家を出て暮らす形を取った。
 家事の方は基本的に真人が全て請け負っている。しかし、今日は真人の帰宅が思いのほか遅くなってしまい、かつ依子の帰宅が早かった。今日に限っての役割交代だった。

「ふわぁ~……」

 結局、あの少女の事が気になってしまい、なかなか寝付けなかった真人。名前を聞こうとしても聞けなかった事がとにかく悔やまれる。同い年位だと思ったが、真人の通う高校で見かける顔じゃなかった。

 真人の家から学校までは、一旦坂を下り、また別の坂を登らなければならないという過酷な道で、ハイキングとも言える通学路だ。しかも、そんな立地にもかかわらず、学校はバイク通学を認めていない。

「おっはよー!真人!」

 あの少女の事を考えながら坂を登っていると、後ろから聞き慣れた声の少女がやってくる。同じクラスの石川美奈。家も近く、真人との付き合いも深い。

「また寝不足?」
「まあな……」

 そう、真人はちょっとでも気になる事があると、眠れなくなる体質だったりする。美奈にしたら、今朝の真人の状態は珍しくも何とも無い。

「ねえ、明日じゃなかった?」
「何が?」
「依子さんの誕生日。真人、すっかり忘れてるでしょ?」
「……そう思った?」
「え?違うの!?」
「俺が悩んでいる理由の1つはそれ。何を買ってやれば姉さんは喜ぶか……」
「ん?じゃあ他に悩んでいる事とかあるの?」

 教室に入ると、まず携帯を開いた美奈。しかし、その機種は真人には見覚えの無い機種だった。

「あれ?お前携帯変えた?」
「うん。」
「どこにそんな金があるんだよ?」
「え?言わなかったっけ?今私アルバイトしてるのよ。」
「へぇ。どこで?」
「教えないわよ。真人に冷やかしに来られるのは迷惑だから。」
「場所によっては、姉さんと行こうかと考えたんだけどなぁ。」
「いや……いいよ。」

 そこまでされる必要を全く感じなかった美奈。確かに、街中のファミレスである為、誕生日に向いていると言えば向いてはいた。しかし、やはりバイト先となると話は違って来る。

「そう言えば美奈、」

 今の話を聞いていたのか。同じクラスの別の女子、飯坂咲菜がいきなり美奈に話しかけてきた。

「例のアダルトカップルの話、長瀬君にしてあげなよ。」
「アダルト……カップル?」

 何とも言えない、返しに困った真人だが、すぐに美奈が口を開いたので何も言わずに済んだ。

「私のバイト先に現れてるカップルの事。男の方は大人びた雰囲気で、渋いかっこよさがあって……女の方はすっごい美人!非の打ちどころが無い2人でね……」
「ふぅん。」
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