第二章 ジラクノオモイ


 潮風が香る海辺の街。御浜町の名を持つこの町にビニール袋を下げ、スーパーから出た1人の少年がいた。自転車のかごに袋を入れ、ペダルをこぐ。姉に急な買い物を頼まれ、渋々家から出てきた。
 この街は坂とにかく急で、彼の家はその坂の途中にある。買い物をする繁華街は坂の下にある為、この時間に家から出たくは無かった。

「ふぅ……」

 家の近くは崖になっている。そのあたりになると、とても自転車をこぐ事はできない。彼は自転車から降り、押して歩く。買い物した袋の重さもあり、安定して自転車を押す事ができなかった。

「ん~ん~……」

 前を見ると、懐中電灯で崖の下を照らしている人がいた。どうしたのかと思い、その人物の顔を覗き込みながら彼はさりげなく近づいた。

「!?」

 初めは作業員かと思ったが、とんでもない。思わず一目惚れするかと思うような少女だった。少女は彼の存在に気付き、懐中電灯を向けてきた。

「うわっ!」

 いきなり懐中電灯を向けられては、目をつぶらずにはいられなかった。目を覆ってしまう。

「……何してるの?」

 彼女は懐中電灯を消して問いかけてきた。

「そりゃこっちのセリフだぜ……俺は家に帰る途中なんだから。」
「あ、そっか。」

 とぼけたような態度を取る少女。彼は自転車をガードレールに寄りかからせるように停める。

「何してたんだ?」
「この下。」

 再び懐中電灯を付け、崖下を照らす少女。照らされた先を覗く彼の目に入ったのは、帽子だった。

「風で飛ばされちゃったの。拾いたいけど、飛び降りたら怪我しちゃうから。」
「なるほどねぇ……俺もよく色々飛ばされるから。」
「そうなの?」
「ちょっと待ってろ。取りに行ってやるから。」
「え?」
「いいから。」

 彼はガードレールの下をくぐり、崖に手をかけた。その様子を心配そうに見つめる少女だが、彼は慣れた動きで崖を降りて行った。

「よっと……」

 帽子を手に取り、再び崖を登る。崖のくぼみとか、排水口を上手く使っていたらしい。あっという間に崖の上までたどり着いた。

「あいよ。」
「あ、ありがとう。すごいね。」
「ま、まあな。物落とした時とかよく降りてたから。」
「へぇ~」

 それにしても可愛い顔をしている。しかし、彼は彼女を見るのが初めてだった。

「君、この辺の人じゃないの?」
「物を落とすのは初めて。帽子だって、今日買ったから。」
「そうか。」
「ねぇ。名前聞いていい?」
「え?いいけど……早く帰らなくていいの?」
「え?」
「あれ、アイスでしょ?」
「あ!」

 買った物の中にはアイスもあった。ドライアイスをもらっているとは言え、そろそろ危ない。

「じゃあな!もう落とすんじゃないぞ!」

 そう言いながら自転車を押して行く。しかし、途中で足を止め、再び彼女の方に振り向く。

「なあ!……あ……」

 既に彼女はいなかった。ほんの一瞬の間に姿を消してしまったらしい。首を傾げながら、再び家路を急ぐ。
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