第二章 ジラクノオモイ


「カレーセットとランチグリルのサラダセット。あとドリンクバー2つ。」

 相も変わらず、俺と蘭子は街中のファミレスで遅い昼食を取っていた。もう少し、冬の北国に相応しいメニューを、とも考えたが、普段通りのを、という結論に至った。

「手がかりは無し。誰に聞いても、曖昧な答えしか返って来ない。」
「焦る必要なんかないさ。ホテルも取ってるし、しばらくは滞在できる。」
「苦手よ……寒いのは。」
「慣れさ。」
「もう……」

 仕方の無い事だった。でなければ、寒いのは苦手と言う蘭子をわざわざ青森まで連れてきたりはしない。
 終わりの見えない旅だった。「G」の力を無理矢理植え付けられた蘭子を救いたい。それだけが望みだ。そのためには、俺はどんな事だってやる覚悟があった。

 そして、俺達は4年前に「G」が現れたという街、つがる市を訪れた。ここに、あの男が言っていた存在がいると俺達は確信していた。

 正月休みも明け、市内の小中学生は始業式を終えて帰路についている。俺は、4年前の事件がどれだけ彼らの心に残っているのかが気になった。蘭子から無駄だと言われながらも、俺は正面から走ってきた中学生に声をかける事にした。

「ちょっといいかな?」
「はい?」
「この街に、「G」が現れた事件について聞きたいんだけど………いいかい?」
「いいですけど。」

 意外だった。話に聞いていた限りだと、人間を捕食した怪獣まで現れたらしい。そんな光景を目の当たりにして、語ることを拒まないとは。

「4年前に現れた「G」って、どんなのだったかい?」
「ええっと……クモの怪獣とあと、カメの怪獣でした。」
「クモとカメ?」
「はい。クモの怪獣はカメの怪獣と戦って倒されましたが。」
「そのカメの怪獣は?今はどうなっているか分かる?」
「さあ……今でも街のはずれにいるって噂もありますが……」
「街はずれに「G」がいるというのに、この街は割と平然としているんだな。」
「カメの怪獣は、クモの怪獣から街を守ったんです。だから、この街にカメの怪獣を敵視する人はいませんよ。」

 耳を疑った。「G」が人間の味方をする。そんな事を簡単には信じられなかった。人間が、「G」は味方だとはっきり言った。初めての事例ではないだろうか?
 カメの怪獣が味方だと言ったのは、その中学生だけではない。事件を目撃した小学生、大人までもが、口をそろえた。そして、こんな話も聞けた。

「クモの怪獣を倒した後、カメの怪獣は数人の少年少女を乗せて飛んでいた。」

 これが、街の人々が味方だと信じて疑わない理由だ。子供を襲わなかった。意思疎通していたという話まである。俺も蘭子も、次第に興味の対象がその少年少女達に移っていった。
 夕方になり、夕食と集めた情報の整理の為に昼とは違ったレストランにはいった。




「カメの怪獣か……」
「それが4年前にこの街に現れた「G」だとして、隆文はどうするの?」
「ヒントを見いだせればいい。蘭子の能力と、この銃があれば、やりあう事はできるさ。」

 俺の懐には、あの男から受け取っていた銃が入っている。ただし、普通の銃じゃないらしい。あの男曰わく、「G」封じの術式がほどこしてあるとのことだ。どこまで信用できるかはわからない。あの男の狙いがわからないからだ。蘭子を能力者にしておいて、それを取り払う助言に、道具まで渡すだろうか?

「隆文?」
「あ、ああ。悪い。ちょっと考えてた。」
「……無理はしないで。私の為に、隆文を……」
「いいんだ。気にするな。俺の好きでやっている事さ。ちょっと、コーヒー注いでくる。」

 ドリンクバーのコーナーに行く。蘭子の言いたい事だって分かるし、俺だって無理をしているつもりはない。心配性なのは相変わらずだ。

「ん?」

 おかしい。いくらコーヒーのボタンを押しても、出てくる気配がない。無意味だと分かっても、つい連打をしてしまう。

「仕方ない……店員を……」
「おじさん。ちょっといい?」

 途方に暮れていた俺の後ろから、中学生位の少年が声をかけてきた。コーヒーが出ない事に苛立っていた俺を更に苛立たせる発言を俺は聞き逃さなかった。

「ちょっと、誰がおじさんだ?」
「ここのドリンクバー、たまにこうなるんだ。でも……」

 少年は機械の前に立つと、いきなり正拳突きを放った。それに反応したのか、機械が動き出し、カップにコーヒーを注ぎだした。

「あ……」
「店長のおっさんに修理しろって言ってるんだけど、なかなかやらないんだよ。」
「あ、ありがとな、ボウズ。」
「ちょっ、俺には、能登沢憐太郎って名前があるんだよ。」
「なら、そっちも人をおじさん呼ばわりしないことだ。お前さんの親よりは若いぞ?」
「は、はぁ………」

 中学生相手についムキになってしまった俺は、それ以上少年と目を合わせないようにしながら席に戻った。

「どうしたの?」
「何でもない。」

 たかが地元の中学生と言い合っただけだ。大した問題じゃない。何事も無かったように振る舞う俺だが、それはすぐに崩れ去った。

「!?」

 さっきの中学生の席は、蘭子の真後ろの席だった。もう一人、高校生位の少女が座っている。赤を基調とした服で全身をまとっている。俺が言うのもおかしいが、あの坊主には勿体無いと言える。

「ねえ、隆文。」
「ん?」
「何か、感じる……」
「え?」

 蘭子は、能力者になってから自分に近い存在、「G」の気配を感じるようになったらしい。その正体が何なのかは分からないというが、ヒントにはなる。
 そして、俺と蘭子の間に少しの沈黙が流れた。その中で聞こえた、坊主と少女の会話を俺達は聞き逃さなかった。

「勉強は進んでる?」
「まあな。拓斗や透太はどうかは分からないけど。」
「フフッ……」
「な、何だよ……」
「レンが勉強に必死になってる姿、滅多に見られないから。」
「そりゃあ、紀子と同じ学校に行けるんだったら死に物狂いでやるさ。」
「正直者ね。レンは。」
「紀子と一緒にいられるんだったら、何だってやれるさ。あの時だって、俺は怖くなかったし。」
「そっかー。レンの原動力は何にだって働くものね。」
「強く想って行動すれば、必ず応えてくれるんだ。神様だって、ガメラだって。」


「ガメラ……」

 坊主は確かにそう言った。俺はとっさに、携帯でガメラという言葉を調べた。

「!?」

 大当たり。4年前に現れた怪獣を、一部の地元の子供達がガメラと呼んでいたという話を見つけられた。
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