第二章 ジラクノオモイ


 夜になった。船から運ばれて来たコンテナが立ち並ぶ港の一角に、隆文達は立っていた。特に、真人と菜奈美の自由を奪ってはいなかった。
 隆文は、真人と美奈に全てを話した。何故自分は菜奈美を狙っているのか。その全てを。

「「G」ってのは、災いしか呼ばない。「G」が在る事によって引き起こされる事は君たちも知っている事と思うが。八年前の北朝鮮の事なんか、その筆頭だろ?」
「だけと……」
「蘭子も、その「G」の力を押し付けられてしまった。俺はただ、蘭子を救いたいだけなんだ。その為に犠牲になるのが「G」の化身である爾落人なら、俺はためらう事無くその命を奪う。」
「でも……菜奈美はそんな化け物じゃない……感情があって……生きていて……」

 悲しそうに言葉を並べる真人。そして、そんな真人の表情を見つめる蘭子。

「悪い、これは俺達の問題だ。巻き込ませて何だが、口を挟まないでくれると助かるんだが。」
「川崎さん、考え直してください……菜奈美の命を奪っても得られる事なんかありません。」
「いいから黙っていろ!」
「隆文、来たよ。」

 蘭子が指した先からやって来る影。間違いなく菜奈美だった。菜奈美1人が向かって来る。

「1人で来たか……」

 拳銃を引き抜き、菜奈美に迫る隆文。それを止めようとする真人と美奈を蘭子が見張る。

「言い残したい事は無いか?」
「間違ってる……あなたは間違ってる。そんな事ではあなたの望みは叶えられないわ。」
「間違ってるだと?」
「翔子さん。」

「ああ……」

 どこからか聞こえてきた翔子の声。蘭子がそれに注意を引かれた瞬間、真人と美奈の姿が消えた。

「な!?」
「どこに行った!?」
「……隆文!そこ!」

 蘭子は菜奈美の横を指した。そして、真人と美奈を抱きかかえた翔子が現れた。

「さて、では話し合いを始めようか。」
「あんた……」

 真人と美奈を放し、一歩前に出た翔子。

「君が、彼女の大切な人だね?」
「え……」
「フッ……君みたいな考えを持った少年を友に持ち、幸せだろうよ。なあ?桧垣さん?」

 隆文に話す前に、真人に語りかけた翔子。その会話を聞きながら、頬を染めている菜奈美。

「君のように、穏やかな心を持つ「G」しかいないのならよかったんだがな……」
「何故だ!北条さん!俺たちの目的が何なのか、理解しているのか?」
「よもやこんな簡単に騙されていると思うと情けなくなるねぇ。いいか?爾落の命があれば能力を消せるというのは全くのでたらめなんだ。桧垣を殺しても、彼女の能力は消えない。」
「なんだと?」
「全ては、あんたに助言した男の策略なんだ。私はあいつの事をそれなりに知っているんだが、あいつは言ってしまえば私達の敵なんだ。」
「じゃあ……証拠は!?証拠はあるんだな?」
「いや……証拠を出す事はできない……」
「なら、その爾落人の命、いただくぞ!」
「仕方ない……戦意を削ぐ程度には……」
「待って下さい、翔子さん。」

 翔子を止め、自分が前に出た菜奈美。隆文は迷わず銃を構える。今にも発砲しそうなまでに力が入っている。

「私は、爾落人として4000年間生きてきました。色々な国、色々な時代を生きてきて、あなたと同じような考えを持った人とも出会った事があります。」
「え……」
「そして、私の仲間だった爾落人は殺されました。しかし、結局得られたものは何一つ無かった。爾落人を殺した所で、何も変わらないんです。私は、爾落人と普通の人間が共存し合える、そんな世界を望んでいます。その橋渡しになってくれる存在が、後天的能力者と考えています。「G」であっても、爾落人であっても、そして、人間であっても、この世界で生きる者としての資格は与えられている。共存は可能です。」
「嘘だ!結局お前は、自分の命が惜しいだけだ!蘭子の能力を俺はお前を殺して……」
「もうやめて隆文!」

 拳銃を構える隆文の腕を押さえた蘭子。そんな蘭子の行動に隆文は言葉を失った。

「蘭子……」
「私の為と言って……例え爾落人でも……命を取るような真似は……耐えられない……隆文に、そんな事はさせられないのよ……」
「蘭子……」

 蘭子の言葉に、隆文は銃を手放した。蘭子も隆文も、泣き崩れている。

「わかってくれたのね……」
「でも……蘭子はかわいそうだ……破壊の能力を与えられてしまって……」
「ああ……ソイツの事だがな、彼女の能力は破壊では無いぞ。」
「え?」
「やっぱり、翔子さんもわかっていたのですね。」
「説明してあげてくれ。あんたの口から言ってくれた方がいいだろう。」

 菜奈美は蘭子の手を握り、それを蘭子の額に当てた。

「あなたの力は「流与」。大気、水、炎とか、流れを持つものに流れを与えるの。」
「流れを……与える?」
「最初に私が止めた空気をあなたは流れを与える事で断ち切った。多分、これまで物を壊した時はその物体の中にある空気とかに流れを与え、その結果として破壊につながっていただけじゃないかな?」
「破壊じゃなく、流れ……」
「素敵な力よ。私の大好きなタイプの力。無くすのは、惜しいんじゃない?でしょ?」

 菜奈美は隆文にも問いかける。隆文は銃を懐にしまった。

「……俺たちのやろうとしていた事が間違いだった事はよくわかった。でも、それは世界が「G」との共存が成されて成り立つ事にも感じられた。あんたは望んでるんだろ?人間と「G」が互いを認め、いつしか「G」という呼び方そのものが無くなる世界。」
「ん?」
「北条さん、「G」という呼び方は、得体の知れない存在、場違いな存在に対する呼び名だ。互いの存在を認め合った者への呼び方じゃない。そうだろ?」
「まあな…………」

 納得した訳では無いが、賭けてみようと翔子は考えた。自分なんかより、ずっとまっすぐに事に向かっているその姿に。

「さて……お前はどうするんだ?玄奘。」

 翔子が指を鳴らした。すると、隆文達の後ろにあったコンテナが、次元の裂け目に飲み込まれた。そして、その裂け目を握りつぶし、現れた玄奘。

「人の爾落への想いは、所詮そんなものだったか。」
「あんたは……」
「…………少年。」

 玄奘は真人の方に目を向けた。

「貴様には覚悟があるか?爾落と共に生きる覚悟が。」
「何だと?」
「人と爾落が分かり合えるなど考えていない。違ってしまうのも運命に等しき事。人にそれを乗り越えるだけの度量など……」
「あるさ!」

 玄奘の言葉、それに真人は、菜奈美を抱きしめながら答えた。

「爾落人だか何だかわからないが、菜奈美と俺は生きていける!」
「私も!」

 真人に続き、美奈も菜奈美の手を握る。

「あんた、勝手に決めつけないで!爾落人とは言っても、私達、友達よ!」
「友情か……桧垣菜奈美よ。貴様は人間の一番脆い部分に付け込まれたな。」
「脆い部分?一番かけがえの無い、固い絆、それが人間の友情よ。勘違いしちゃ駄目よ。」
「いいだろう……だが、貴様は知る事になる。爾落と爾落の争いが、人をどう動かすか。」

 そう言い残し、玄奘は消え去った。

「桧垣さん……」

 隆文は菜奈美の前に立つと、そこで頭を下げた。

「申し訳ない事をした……どうか、許してもらえないだろうか?」
「頭を上げてください。川崎さん、私はそんなに気にはしませんよ。それより、蘭子さんを大事にしてあげてください。」
「はい……」

「さて、私はこれで帰らせてもらうよ。」

 全てが終わり、翔子は空間の裂け目を作った。

「北条さん、ご迷惑をおかけしました……」
「いや、私はあの男の思うままになるのが嫌なだけだ。気にする事は無い。それから、そっちの爾落人。」

 菜奈美に目を向けた翔子。菜奈美は不安げな顔を翔子に見せていた。

「貴様の言いたい事は分かる。だが、私の考えと反する部分もあるんだ。」
「…………」
「せめて、互いに敵同士にならない事を祈るよ。」
「1つ質問させてください。あなたはどこで力を手に入れたのですか?」
「…………」
「先天的爾落人でも、あなたほど強力な力を持つ者はいない。ましてや、後天的能力者には。」
「人の生い立ちなど、気にする事でも無いだろうよ……」

 翔子はそれ以上何も言わずに、自らが作り出した裂け目に姿を消して行った。
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