第二章 ジラクノオモイ


「ほら、美奈、また来てるよ。アダルトカップル。」

 いつもの事だった。バイト先には咲菜の方が先に着いていて、美奈がフロアに入る頃に、その2人はやってくる。いつもの常連客、隆文と蘭子だ。

「今日は?」
「ミックスグリルと、ハヤシオムライス。」
「あの2人、ここに来てどれくらいになる?」
「一週間よ。」
「ねぇ、そろそろ聞いてみない?」
「やめとこうよ。ファミレスの店員にそんな事聞かれたいなんて思わないわよ普通。」

 2人がそんな会話をしているよそで、隆文と蘭子はいつもと変わらぬ夕食を口にしていた。

「今日1日費やしたが、有力な情報は得られず、か。」
「どうするの?」
「今朝も言った。しばらくは様子見。普通にしている分には、向こうも警戒はしないはずだ。とにかく、今は耐えるんだ。」
「……あのね、隆文、私は……」
「おい……あれは……」

 レストランの入り口を指して言った隆文。それに釣られ、蘭子も振り向いた。

「あれは……」

「いらっしゃいませ!」

 入って来た客に、メニューを手にしながら向かって行った美奈。

「一名様ですか?」
「ああ。」

 その女性は、若くて、非常に大人びている雰囲気を出していた。

「こちらへ。」

 美奈がその女性客を座らせたのは、隆文の真後ろにあたる席だった。水とメニューを置いて美奈が立ち去ると、女性はタバコを取り出し、一服した。

「収穫はありましたか?」
「…………ああ。」

 その女性こそ、情報を提供した「G」の能力者、北条翔子だった。

「何故ここへ?」
「この街で事件が起きたと聞いて来てみたんですよ。「G」と「G」の戦闘が行われてはしないかと危惧したもので。下手したら一大事ですから。」

 隆文は察した。翔子はそれを引き起こしたのが自分たちだと分かっててそう言っているのだ。

「北条さん、悪いが、これは俺たちの問題なんです。邪魔をしないで頂けますか?」
「そうは行きませんよ。私は「G」による一般人への被害も最小限に食い止める為の活動も行っているんです。差し支えなければ、戦っている「G」を排除しなければならない……」
「!?」

 遠まわしに、翔子は警告に来たようだ。これ以上戦うつもりならば、「G」の能力者である蘭子を殺すと。

「そうはさせない。やるなら俺をやるんだな。」
「私は、「G」によって一般人が傷付くのが許せないんだ。」
「…………」



 さかのぼる事3時間。都内某所の駅近くにある雑居ビル。その最上階にある小さな事務所。ここを目指し、1人の刑事が階段を上っていた。

「はぁ……エレベーターも無いのか……このビルは……」

 警視庁勤務の刑事、汐見秀。彼がこんなビルにやってきた理由は聞き込み調査では無く、ある事件に関する事だ。

 ビルの最上階。その事務所のドアをノックした汐見。

「どうぞ。」

 若い女性の声だ。汐見はドアノブに手をかけ、ゆっくりと回した。

「失礼します……」

 その女性は、奥にあるデスクに向かって資料の整理を行っていた。煙を放っているタバコをくわえながら、女性、北条翔子は汐見の方に目を向けた。

「どうぞ、お座りください。今コーヒーを入れるので……」

 灰皿にタバコを押し当て、コーヒーを入れる翔子。言われるままにソファーに腰掛けた汐見。

「この事務所の事は、どちらで?」
「……えっと……ネットで「G」を調べたら、「G」に関する事件の調査の第一人者だと書き込まれていたもので……」
「なるほど……」

 テーブルを挟んで、汐見の反対側に座った翔子。コーヒーを差し出し、砂糖とミルクを真ん中に置いた。


「……で、ご用件は?」

 早速本題に入った。汐見は、鞄からある街の地図を取り出し、テーブルの上に広げた。

「今朝、御浜町の灯台でちょっとした事件がありまして……」
「御浜町?警視庁の管轄外じゃ無いんですか?」
「ええ……ん?ちょっと、まだ刑事だと名乗っていませんが……」
「サラリーマン風の人間がこういう場所に仕事を依頼する際、名刺を渡さないのはおかしい話だ。私立探偵とかならなおさらな。んで、探偵以外で事件を調査する身分にあるのは、警察だけだ。それに……」
「!?」

 汐見ははっとした顔をし、すぐに内ポケットに手を当てた。無い、警察手帳が無くなってい。そして翔子の手元を見る。

「警視庁捜査一課、汐見秀警部補……」
「いつのまに……いや、あなたは、俺の体に触れていない……」
「「G」の調査の第一人者である理由、それは私自身が「G」の能力者だからですよ。汐見刑事。」
「「G」の能力者?まさか、最近よくテレビでやっている爾落人?」
「いや、正確には爾落じゃない。爾落は「G」そのものだが、私達能力者は、「G」の力を与えられてしまったただの人間だ。」
「そうなん……ですか?」
「ああ……」
「で、事件とは?」
「ええ……真夜中の灯台に侵入し、最上階の展望フロアが荒らされたんですが……」

 次に汐見は、捜査資料のコピーを取り出して翔子に見せた。人の仕業とは思えない現場の状況が記されていた。写真も同封されていて、その様子が鮮明に見えた。

「実は、警視庁に異動になる前はその近辺の署にいまして、当時の同僚から相談されたんです。」
「なるほど……これは、確かに普通の人間のやれる事じゃないな……」

 事件の現場を聞いた時から、そんな予感はしていた。自分が情報を提供したあの2人が絡んでいると見て間違いない。なら、責任の半分は自分にあるのではと翔子は感じた。

「しかし、何故私の所に来たんですか?あなた方警察ならJGRCかGnosisに頼るのがセオリーだと思いましたがね……」
「いえ、何となくです。」
「…………まあ、いいでしょう。この依頼、お引き受け致します。」

 これが翔子と汐見の初顔合わせだ。汐見が翔子をわざわざ訪ねた理由はわからないが、「G」同士の戦いが起こったとならば、そんな事を気にしている時間は無い。

 汐見が帰った後、翔子は御浜町まで自らの体を転移させた。




「お客様……」

 注文を取りに来た咲菜が、呆気に取られた表情で翔子を見つめていた。

「……何だ?ああ、注文か。それなら……」
「あの、こちら禁煙席ですので、おタバコは……」
「あ…………」

 さっきまでの雰囲気とは一変。慌ててタバコを携帯灰皿で押し消した翔子。

「いやぁ悪い悪い。申し訳ない事をした。今更席を変える訳にも行かないしな。注文いいか?チキンドリアとイカスミパスタ、あと、食後にアイスコーヒー。」
「はい、かしこまりました。」

 にっこり笑ってその場から立ち去った咲菜。一息付き、水を飲む翔子。

「まったく、アレが無いと絵にならなくてな……」
「……あんたは、俺たちが一般人に被害が及ばない範囲で戦うというなら、見逃してくれるんだろ?」
「私も迷惑してしまう。あんた達の事情が何となく分かってしまうだけに、余計に一般人に迷惑はかけられない。それに、その爾落人とあんたらを引き合わせたのは私だからな。」
「なら…………」
「ただ、私はそれ以外にも追わねばならない対象がいる。この街にはいさせてもらうぞ。」
「え?」
「心配するな。あんたらが私との約束を守るなら、邪魔はしないさ。」
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