第二章 ジラクノオモイ
翌朝
「真人!起きてる?」
あれから真人はまともに眠れなかった。自ら爾落人だと名乗った少女、菜奈美の事が頭から離れなかった。
「真人?」
とりあえず、依子が帰ってきたまでは覚えている。美奈が作った夕食が残っていたので、夜食としてそれを食べてもらったが、ケーキは今日にする予定だ。
「真人?遅れちゃうよ?」
「ごめん姉さん。今日頭痛いから、学校休むよ。」
「そう?ならいいけど……ちゃんてゴハンは食べて、しっかり寝なさいよ。」
とは言うが、全くの仮病だ。菜奈美が来るかもしれないのに家を空ける事はできない。
「じゃ、行ってくるから、おとなしければしておきなさいよ!」
依子の出勤の時間だ。少し物音がした後、家の中は静穏な空間となった。
「さて……そろそろ来る頃かな……」
気配で感じたのか。真人はベッドを出て一階に降りた。そしてリビングに入る。
「あ、おはよう真人。」
「ああ……」
そこには菜奈美の姿があった。いつの間にか家に上がり込んでいたようだが、依子が戸締まりを怠ったとは考えにくい。
「どっから入った?」
「裏口から。開いてたよ?鍵。」
「そうかい……」
朝、依子が入れたコーヒーの残りを温め、それを菜奈美に出した真人。いただきますと一言言った後、菜奈美はコーヒーカップを手に取った。
「おいしいね。いいコーヒーだよ。これ。」
「なぁ、色々教えてくれよ。君、爾落人って言ったけど……」
「……いきなりだね。もう少しだけ、コーヒーに集中したかったな。」
コーヒーカップをテーブルに置いた菜奈美。一瞬にして表情が曇った。唐突だったかと後悔した真人だったが、菜奈美は口ごもる事無く話し始めた。
「爾落人についての、基本的な知識は大丈夫?」
「10年前に南極で発見された「G」と呼ばれる何か。その何かを帯びた不思議な力を扱う人間、つまり「G」の能力者を爾落人と言う。こんな感じだろ?」
「御名答。でも、そんなに単純じゃないんだな。」
「どういう事?」
「私、これでも4000年の間生きてるけど、結構昔から爾落人って言う呼び方はあったんだよ。」
「…………え?」
今何と言ったか?4000年?4000年生きていると言った。
「あ……あのさ、4000年って……どういう……」
「ああ、私、肉体の老化の時間を常に止めてるの。だから、肉体は18歳のままだよ。」
「え……つまり、今君は……4000歳?」
「まあ……記憶だけならね。でも、爾落人には珍しく無い力なの。自分の見た目を変えずに長生きするのは。みんな様々な力を持って、それを可能にしてる。」
「で、君の力は一体……」
「時間。ありとあらゆる物の時間を操る力を持ってる。昨日あの2人の動きを止めたのは、空間の時間を止めたからだし、バイクで帰る真人を追いかけられたのは、私の走る早さを早送りしたから。」
「って事は、その気になれば……俺なんかを……」
「生まれる前か、お爺さんにしてしまえるよ。」
「それ……」
下手をすれば、人を殺すなど雑作も無いという事だ。そう考えると、今目の前にいる少女ですら、得体の知れない存在に見えるから恐ろしい。
「……安心して。私は人を殺す為に力は使わないから。」
「いや……話に聞いていた爾落人をいざ目の前にすると……色々ギャップがな。力自体は恐ろしいかもしれないけど、菜奈美って……可愛いしさ……」
「あれ?自分で言っておきながら照れてる?」
「う……うるさいなぁ!」
顔を赤くしながら言った真人をまるでからかうかのように言う菜奈美。こうしていると、いつの間にか彼女が爾落である事を忘れそうだ。