本編
翌日、隼薙は再び公園にいた。
昨日の一件の噂が広まり、公園には「風使い」を見に来た近所の人達が集まっている。
「あの、本当に風を自由を操ったり出来るんですか?」
「噂なんて信じてねぇけど・・・今ここで見れるんなら見とくか。」
「ねぇねぇ、ここでやってみてよ~。」
「まぁまぁ、落ち着けってみんな。急かさなくても俺は逃げねぇよ。」
「今日は私の所に泊まって行って下さいよ!」
「いやいや、あたしの家に!」
「まぁ、待って下さい奥様方。今日の寝床はじっくり考えてから・・・」
一方、穂野香はベンチに座り、群がる人々の先にいる隼薙を見ていた。
最近になって人々に注目される事に慣れてしまっている隼薙に対し、少々呆れにも似た感情を抱いていた。
「・・・お兄ちゃんったら・・・『敵』にバレるかもしれないのに・・・私がいなくなっても、知らないよ・・・」
いつも近くにいるのに、今は遠い所にいるような感覚を隼薙に感じながら、穂野香はゆっくりベンチを立つ。
その寂しげな背中が、彼女の小さな孤独を物語っていた。
「・・・そろそろ、次の町に行かないと・・・」
そう言うと穂野香は隼薙を呼ぼうと、群集へと歩き出す。
しかし、彼女の背後からもう1つの影が迫っていた。
明確に穂野香を狙っているその影は歩きながら彼女に手を伸ばすと、左手でその肩を掴んだ。
「・・・!」
「分かりましたって。じゃあ早速・・・」
一方で隼薙は群集の前で自身の能力を見せんと、右手を振り上げようとしていた。
しかし、その手はすぐに止まる。
「・・・あれ、穂野香がいねぇ・・・?」
記憶の中でベンチに座って待っていた筈の穂野香が、ベンチにいなかったのだ。
浮かれ調子だった隼薙の表情が一気に曇って行き、険しい物になる。
「穂野香、何処だ・・・?」
「あの、どうかしました?」
「早く見せてよ~。」
「ちょっと待って下さい、俺の妹が何処かに!」
――穂野香様・・・?
焦りから手を払い、群集を除けさせる隼薙と、消えた穂野香の事を不安に思うアーク。
静かながらも凄まじい、隼薙の剣幕に群集は戸惑いながらすぐに身を引き、道を作る。
「穂野香!何処だ!」
『ここですよ。』
と、そこへ唐突に聞こえて来た声に、隼薙の体が止まった。
声の聞こえた方、左方向へ顔を向けた隼薙が見たのは、群集の後ろに立っている、何も変わらない穂野香だった。
ただ、その背後に見知らぬ外人が立っている事を除いて。
「ほ、穂野香!」
『穂野香様!』
「そんなに騒がなくても・・・いいよ。それとも・・・いなくなった方が良かった・・・?」
「そ・・・そんな事、断じてねぇぞ!?天地がひっくり返ってもねぇからな!?」
『少々話があったので、連れ出していたのですが・・・まさか、そんなに動転なさるとは思いませんでした。申し訳ありません。』
『そなた、何者だ?』
いつの間にか喋っていたアークが、隼薙に向かって軽く頭を下げる外人に訪ねる。
白いスーツに黒いネクタイ、長めの前髪をヘアピンで左右に分けて留めた緑髪、恐らくは欧米人であろうその外人はアークに対して特に驚く事も無く、慣れた口調の日本語で冷静に答える。
『私はマイン・シーランと申します。越知と言う町で、精神治療の仕事をしています。』
『精神治療?』
『はい。今日は貴方達の噂を聞きまして、やって来ました。聞く所によると穂野香さん、深刻なんですよね?」
「・・・!」
「お兄ちゃん・・・?」
「・・・分かった。まずはあんたの所に行かねぇとな。その越知ってのは何処にあるんだ?」
『少々遠いですが、同じ県なので今日中には着けます。外に私の車を停めていますので、それを使いましょう。』
「って言う事だ。すまねぇけど、俺達はもうこの町を出るぜ。いいよな、穂野香?」
「うん・・・」
『私も忘れるな。だが、合理的な判断だ。』
隼薙達の様子を見たマインは自分の車の元に向かい、隼薙と穂野香もそれに着いて行く。
「えっ、行っちゃうんですか!?」
「まだ魔法の力見てないよ~!」
「せめて今日だけでも、私の家に泊まって行って下さい!」
「ほんとにすいません!だけど、これは俺の妹に関わる事なんで!」
ざわめく群集に左手を振りながら、隼薙は右手の人差し指を立てて回し、同時にアークの風車も回転を始める。
「貴方達とこの町の事、忘れません!それじゃ!」
隼薙は大声で群集にそう叫び、地面を指差すように右手を突き出した。
すると指差された地面の辺りの気流が突然逆巻き、小さな竜巻へと変わった。
「わっ!」
「た・・・竜巻!?」
「こんなに綺麗な形の竜巻が、何の前触れも無しに起こるなんて・・・」
竜巻は砂と落ち葉を巻き込みながら上昇し続け、暫くして消えた。
そして、隼薙達もまた公園から姿を消していた。
「「「おおっ・・・!」」」
「すごーい!ママ、やっぱりお兄ちゃんって魔法使いなんだね~!」
「ええ・・・偶然じゃない。本当に『風使い』なんだわ・・・」