本編











それから約一年半の月日が流れた、2019年・春。




「おっ!今日の宿候補、発見だぜ!」




高知県・土佐市のある公園の砂場に、2人の男女がいた。
青年は赤茶髪のセミロングに首から小型の双眼鏡をぶら下げており、右腕には何か円形の機械を付けている。
少女は黒髪のロングヘアーの先を少し結えた髪型で、短めなスカートから見えるすらっとした美しいラインの脚の腿から、琥珀色の勾玉を下げていた。




「だいぶ昔に流行った、ええっと・・・そう!『ホームレス中学生』みたいな感じだけどよ、これってちょうどいい感じじゃねぇか?穂野香。」
「・・・うーん。」




そう、この男女こそ一年半前に愛媛県・久万高原市の初之家を襲撃した能力者・・・通称「敵」の元から逃走した初之家の兄妹、初之隼薙(はやて)と穂野香であった。
あの後2人は時に野営をし、時に親切な人の家に泊めて貰い、そして時に日雇いのアルバイトをして稼いだお金でホテルに泊まったりしながら、2人は緊張感のある四国横断をしていた。
幸いにも「敵」とは一度も遭遇する事なく、今に至っている。




『否定する。この近くは人工密集地で人目に付きやすく、「敵」に見つかればすぐに逃げ出す事が出来ない。それに穂野香様が微妙な反応をしているのが分からないのか、隼薙。』
「う、うるせぇぞ、アーク!」




今夜の寝床の候補である、砂場の中の至る所に穴が開いた半楕円形のモニュメントの指差す隼薙の傍で聞こえて、淡々とした口調の機械の声。
声は隼薙の右腕に付いた機械から聞こえており、隼薙も声に対しての反論を機械に向かってしていた。
隼薙の右腕に付いた機械、それは黄緑の円筒に風車の様な物が入った、一種の小型ファンのような趣きの機械だった。
この機械の正体は人の手によって作られた人工の「G」、アーク。
何故か意志ある制御AIが取り付けられたこの人工「G」は兄妹の逃走中に出会って以来、そのまま彼らの旅の仲間のような存在になっていた。




「いいよ・・・アーク。この近くに宿がなかったら・・・ここにするから。」
『ですが、穂野香様・・・』
「宿が無かったらって、言ってんだろうが!ってか、宿泊まるにしても泊まる金作ってんのは俺だぞ!くっついてるだけの癖に黙ってろ!」
『否、それは違う。くっついているのでは無く、主が第一利用者をお前と設定しただけだ。私が仕えるのは主と穂野香様、決してお前では無い。』
「ほんと、てめぇは持ち主に対して口答えしかしねぇ野郎だな!まぁ、その主?俺にお前を渡したあの風来女が変なやつだったから、仕方ねぇか。」
『貴様、隼薙の分際で主を馬鹿にするか!』
「隼薙の分際って何だ!てめぇは・・・」
「お兄ちゃん、アーク、やめて。」




機械と持ち主の見苦しい口論に見かねた穂野香は隼薙とアークに右手を向けたかと思うと、指を擦らして音を鳴らす。
すると瞬く間に、隼薙の全身が炎に包まれた。




「あ、あちぃーっ!」




隼薙が叫ぶと同時に炎は消え、煙を出しながら体の至る場所が焦げた隼薙がいた。
アークも当然、炎を受けて焦げている。




「ケンカ・・・やめて。人・・・見てる。」




周りの目を気にしながら、穂野香はそっと呟く。
この突然の自然発火現象はれっきとした穂野香の能力であり、彼女は「G」の力で自然に干渉し、火を自在に出したり操る事が出来る後天的能力者・・・「火炎」の能力者であった。




「ってか・・・ほとんどお、俺に・・・」
『ほ、穂野香様。今ここで能力を使っても目立って・・・』
「う、うるせぇぞ!』




慌てて隼薙はアークを叩き、後ろを向いてこっそりアークに喋り掛ける。




「おい、お前の言いたい事は分かるけどよ・・・また燃やされてぇのか?ってか俺が燃やさるから、それ以上喋んな。」
『り、了解だ。』




「ねぇママ!あのおねぇさん、ボーッ!ってしたよ!」




案の上、この一連の事は公園中の人々に見られており、水色の風船を持った少年が穂野香を指差す。




「や、やめなさい。あんな人に関わったら、どうなるか・・・」
「え~、でもすごいじゃん・・・って、あっ!」




と、連れ添う母の言葉に気を取られ、少年が手に持った風船を離してしまった。
上昇する風船の先には尖って木の枝があり、このままでは割れてしまう。




「あっ、風船が!」
「だ、駄目よ行っちゃ!もう間に合わないわ!」
「・・・ったく、風ってのは気紛れだからなぁ・・・」
『・・・』




そう言うと、隼薙はおもむろに右手を風船に向けた。
それと同時にアークの風車がゆっくり回転を始め、無風状態だった公園に僅かな風が吹き始める。
更に風は一瞬隼薙の手に集まったかと思うと、一直線に風船へ向かって行き、風船が枝に刺さる直前に風が風船を止めた。




「あっ・・・!」
「・・・へっ。」




風は風船を下へ降ろして行き、少年の前で止まる。
驚きながらも少年は恐る恐る風船を取ろうと手を伸ばしたが、風の勢いは心地良い程だった。




「あ・・・ありがとう。おにいちゃん。」
「よせよ。風は気紛れだって、言ってんだろ?」




無論、これも隼薙の言うような現象では無く、隼薙のれっきとした能力によるものである。
彼もまた自然に干渉する「G」を持ち、彼の場合は風を自在に起こしたり、操る事が出来る。
しかも能力の強さは穂野香以上であり、隼薙は先天的能力者・・・「疾風」の爾落人である。
そしてアークは「G」の影響によって起こる現象を調節する能力を持ち、今の現象もアークが隼薙が起こした風を、風船を割らない程度に調節していたのだ。




「さてと、じゃあ今日の本命の宿探しを・・・」
「貴方・・・もしかして、『風使い』?」
「えっ?」










「いや~、それじゃあ、いただきまっす!」
「・・・いただきます。」




その夜、隼薙と穂野香は何故か親子の家の台所で夕食を共にしていた。
理由は母親が公園での一件で隼薙の正体を知ったからであり、その性分故に隼薙は追われる立場ながら、町を渡る度にそこの住民と交流を持ってしまっていた。
人々は彼の能力とその風来坊な立場を兼ね、いつしか都市伝説を語り継ぐように隼薙を「風使い」と呼んでいた。
最近になってローカルテレビの取材も受けさせられそうになっているものの、「敵」に気付かれないように上手く逃亡し、何とかやり過ごしている。




「『風使い』なのでしたら、早く言って下されば良かったですのに。あわや有名人を放っておきそうになりましたわ。」
「兄ちゃん、魔法使いみたいだったよ~!」
「いやいや、言わなくても分かるかなって思っちゃいまして~。ほんと、有名人って罪だなぁ!」


――・・・お兄ちゃんの、バカ。




親子におだてられ、浮かれながら天ぷらを口にする隼薙と、その様子を見て静かに呆れる穂野香。
黙ってはいるものの、アークもまた穂野香と同じ事を思っていた。




「こんなまともな飯を食べれたのも、ほんと久しぶりですね~。」
「あら・・・それは本当にですか?」
「えぇ。確か・・・ここ三日くらいは野宿で狩りをしてました。」
「野宿に、狩り?」
「野宿状態になったら、それこそまともな飯が食べれないんで、仕方無く野鳥やらを狩るんですよ。俺の風使いの能力と、こいつを使って!」




酒を呑んでもいないのにやけに上機嫌になりながら、アークを左手で叩く隼薙。
それでも黙ってはいるが、確実にアークが怒っているのが穂野香には分かった。




「それから、狩った野鳥とかを穂野香の能力を使って火を入れて食べるんですよ。まぁ、狩りのお陰で集中力が身に付いたりとか、身のこなしがよくなったりとか、悪い事だけでもないんですけどね~。」
「そうですか・・・まだお若いのに、妹さんと頑張っていらっしゃいますわ・・・」
「兄ちゃん、かっこいい~!」
「そんな、おだてられても困りますよ~!」
「・・・もう。」




こうして、夜は更けて行った。
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