‐Gift‐ オノゴロからの贈り物
翌日、警視庁。
何時の世も多種多様な事件に追われない日の無い、正義を持って秩序を守る者達の総本山であるこの場所は、当然どの部署も多忙を極めているが・・・唯一、例外があった。
人気の無い、用事か清掃作業が無ければ誰も近寄らないであろう、総本山の極地といえる一室・・・ここに、特捜課の本拠地があった。
部屋の中も明らかにスペースを持て余していると分かる、四つの机と回転式椅子・小型テレビ・パソコン・資料保管用の本棚くらいしか目立つレイアウトの無い、断捨離が行われたかのような必要最低限の設備は、ここが「窓際部署」である事を如実に示していた。
「君達、昨日は本当にご苦労だった。遠征、巨大「G」との交戦、封力手錠の使用・・・初の事ばかりだったが、こうして3人共に無事で解決した事を、私は嬉しく思うよ。」
「「ありがとうございます。」」
凌・綾・一樹に温かい労いの言葉を掛ける、いかにも温厚そうな人柄だと察しられる30代半ばの細目の男性。
彼こそが、凌達の上司である倉島敏之係長であり、昨日の「ババルウ事件」から東京に戻って「ババルウだった者」を公安に引き渡した凌達を時間外と言う事で直帰させ、今改めて凌達から事件の詳細を聞いている所であった。
「あの~、その言葉は大変嬉しいんですが~、被疑者逮捕に一役買ったオレの備品については・・・」
「それについては、私が経費で落ちないか相談しておくよ。ただ、絶対では無いから同じ物が欲しいなら資金繰りも一応考えてはおくんだよ?」
「は、はぁい!ありがとうございまっす!」
「でもあれ、ラピスさんが使って初めてまともに一役買ったんだよな?」
「ラピスさんは何も言わなかったけど、彼女の怪力があっての成果よね?」
「うっ!」
「あのお嬢さんは本当に凄いねぇ。荷物を軽々とここまで持って来る怪力もだが、あの歳で妹と二人三脚で日々大変な仕事をこなしているんだ。そこいらの力を悪用する事しか知らない能力者よりも凄いと、私は思うよ。」
「まぁ、あれで本当に能力者じゃないのが驚きだけど。」
「どっかの恋柱みたいなもんじゃねぇの?捌倍娘ってヤツ。まっ、胸は反比例してるけどな~。残念残念。」
「その台詞、死にたくなかったら絶対本人の前で言うなよ?」
「へいへい。」
倉島に対してのごまを擦る様な態度から一変させ、結果的にタフブックを破損させた原因を作ったラピスへ遠回しに軽率な発言をしながら、備え付けのノートパソコンに「電脳」の能力を施す一樹。
ノートパソコンには一樹が検索した、「ババルウ事件」についてのネットニュースや記事のページが無数に表示されている。
「女性への間接的なハラスメント発言もだけど、国際警察辺りに見付かる前にいい加減そのハッキング癖も止めた方がいいわよ?宮代君?」
「分かってますって。それにこれは、オレ達が解決した事件についての世間の反応の調査ですよ?」
「でも、やはりと言うか本物のバランが現れた事が中心になってるし、適当な証言や嘘の情報も少なく無い。何より、あえてなってたあのマイナーヒーローとしての姿も、全く報道されてないしな。」
「何だか、あの被疑者が哀れになって来るわね。結局、真の目的は全く果たせなかったんだから。」
「かと言うオレ達も、どんだけ頑張っても最後は『諸星弾』の武勇伝にしかならないし、骨折り損のくたびれ儲けだって、ホント。」
「見返りを求めるなら、君もあのババルウモドキと一緒になるぞ?そもそもいかなる事件が報道されようと、事件を解決に導いた者達の名前なんて出ない。ニュース番組かバラエティ番組で、事件の詳細が扱われた時くらいだ。それでも、自分の名前が出ない事に不満を言う警察官はいるかね?」
「い、いませんです・・・」
「よろしい。そう言う事で、私達はこれからも平和の縁の下の力持ちでいよう。」
「そうですね、係長。あっ、そう言えば『諸星弾』の件について一つ言いたい事が・・・」
ーー・・・この事件、そう言えば係長が妙に真剣に取り組んでいたんだけど、何故かしら?
似たような「変身」の事件はあったし、お得意様からの通報とは言え・・・やはり、「G」による犯行の疑惑だけで淡路まで遠征させるのは、少し行き過ぎな感があるわ・・・
「どっちにしろ、今頃あのパチモンも厳しい取り調べを受けてるだろうし・・・んっ?綾さん?どうかしました?」
「いえ・・・ちょっと、今頃マインさんとスピリーズ姉妹はアンバーと何処へ観光に行っているのか、気になって。」
「えっ?何か、綾さんにしちゃ珍しいっすね?観光の話題って。」
「私だって、仕事人間ってわけじゃ無いわよ?でも、旅行に男2人を連れて行く気は無いけど。」
「相変わらずつれないなぁ、綾さんって・・・」
この時、綾の中に倉島への微かな疑問が生まれた。
上司として、警察官として、人間として倉島は何の問題の無い存在だからこそ、今こうして凌と話す「彼」への疑問を、彼女は思い違いで片付けられなかった。
「そうだねぇ。嘘を付くのは良くないと思ってはいるんだが、何かを守る為の嘘ならばと・・・」
「だから、俺は時々違うダミー人物を出したらいいんじゃないかって思うんです。例えば・・・早田進とか、円大悟とか、礼堂光とか・・・」
「・・・うっ!ここは・・・どこだ?」
その頃、「ババルウだった者」の意識は謎の一室で目覚めた。
薄暗く閉め切られた部屋には様々な手術道具が置かれた手前のトレー、真上から自分を照らす可動式のライト、何かを出力する奥の大型パソコン、そして大の字の体勢になった自分の両手足首を鋼の枷で拘束する手術台しか無く、彼はただただ困惑する事しか出来ない。
「はっ!て、手が!足が動かせない!?」
『おやー、起きてしまったのかー?折角今から、作業を開始しよーと思っとたのにのー?』
するとそこへ、1人の老人が入室。
やや間延びした口調と薄ら笑いと共に手術台へやって来た、髪の毛の大半が抜け落ちた落武者のような容貌をした、両衿に白文字で「ルシイル アンダソン」と書かれた法被を着た青い目の老人に、異様な不気味さを感じる「ババルウだった者」。
「お、お前は誰だ!ここはどこなんだ!」
『知る必要はなーい。お前さんは「王子」をでき損ないの体から救う為の、貢ぎ物なんじゃからなー?』
「み、貢ぎ物?」
『わしは、ずーっと探しておった。高い変身能力を持つ「G」が使えるサンプルをなー?そして、お前さんはまさにピッタシカンカン!だから今から、お前さんを解体するからのー!』
「かっ、解体!?や、やめろ!やめてくれぇ!!『風使い』になった事も、パラグラーを暴れさせた事も謝る!!もうしないから、どうか許してくれぇっ!!」
『お前さんの前科など、どーでも良い。それより、そのパラグラーとやらは特別能力こそ無いが、実験台としては中々な肉体を持っておったのー!お前さんもパラグラーと共に、我ら「グレイス家」の偉大な歴史の礎になれる事を誇るのだー!!
フォッフォッフォッフォッフォッフォッ!!』
「や、やめろ!やめろぉ!!やめてく・・・ぎゃあああああああああああああああああっ!!」
その後、「ババルウだった者」は二度と「人間」として、悪魔の実験室から出て来る事は無かった・・・