‐Gift‐ オノゴロからの贈り物







「はぁ、はぁ、着いたぁ・・・」




一方、山頂には一樹達が到着していた。
裏参道側においては、横に見える電波塔が徒競走のゴール前のテープ代わりである山頂は、いつもは約608mの標高から見えるワイドビューの絶景を楽しむ人々が定期的に居るが、今はパラグラーの出現によって元からいた人々は全員逃亡し、誰1人としていない。




『ふーっ、ふーっ・・・こんなにいい景色なのに、見てるよゆうが無いなんてもったい無いよぉ・・・』
『そうですが、命には変えられませんので・・・』
『そう言うわけで、観光している暇もバテてる暇も無いわよ!と言うか宮代さん、刑事なのにもうバテかけてるの?』
「いやぁ、オレ後方支援専門だから・・・」
『じゃあ、ラズリーと一緒にガンドコ式トレーニングだと思って、今から表参道で全力障害物競争をやりましょうか♪』
『ひええええっ!?』
「ガンドコ式ってなに!?」
『と、とりあえず皆さん。早く表参道へ行き・・・』
「ま~~~てぇ~~~!!」




一行が雑談で息を整えているその僅かな間に、山頂に新たな来訪者・・・いや、追跡者・ババルウがやって来た。
元々ババルウは走る事に関しては得意であり、走行距離を更に伸ばす異様な歩幅と合わさって、後追いのババルウは一行より早い時間で山頂に到達したのだった。




『うわっ!へんたいがへんな走り方で来た!?』
『いや、それだと本当に変質者みたいな・・・いや、あながち間違いでは無いか・・・?』
『犯罪者なのは確かね?』
「ってか、あいつが来たって事はもしかして、凌と綾さんは・・・!?」
「お前達を先に始末する事にしたぁ!!覚悟しろぉ!!」
『へんな走り方のまま、なぐりかかってくるよぉ~!』
『皆さん、表参道へ行きましょう!』





異様な歩幅とスピードを保ったまま、右手で拳を構えたババルウが一行に迫る。
一行は再度の逃走を選択し、急いで表参道へ走って行くが、一樹だけが違う選択を取った。




「なら、オレは・・・!」
『宮代さん!?』
「オレだって刑事だ・・・みんなを守るのが仕事だ・・・それに・・・!」
「最初にやられるのは、お前かあぁ~!!」
「・・・凌と、綾さんの、仇ぃ!!」




一樹は歯を食い縛りながらタフブックを両手でしっかりと持ち、迫るババルウを弱々しくも確固な意志の宿った両目で捉えながら待ち構え・・・タフブックでババルウの頭を、ラリアットの要領で全身全霊を込めて叩いた。




「がはっ・・・!」
『み、宮代さん!?』
『へ、へえええ!?』




想像も出来ないまさかの反撃にババルウは頭を回して立ち止まり、マインとラズリーも頭を殴られたかのような衝撃を受ける。
あらゆる極限状況・衝撃でも動作する程の堅牢さが売りで、警察や消防隊や自衛隊、果ては米軍でも採用されているタフブックとは言え、仮にも精密機械のタフブックを鈍器に使う機会は殺人絡みのシチュエーションでも無い限り、フィクションでもあまり見かけないからだ。
「変体」の作用で普通の人間よりは頑丈な体になっていたババルウにとって、一樹の反撃は意識を奪われるまでには至らかったものの、ババルウからの攻撃を未然に防ぎながら動きを止めさせる事は出来た。




「超緊急事態だからな!もしこいつが壊れてたら、絶対お前に弁償させっからな!」
「だ、だからって・・・」
『へぇ、そう言う使い方もあるんだ~♪流石はタフなブックね♪宮代さん、ちょっと借りますね~?』
「えっ?」
『この一発で、地獄に行きなさい!』




するとそこへ、唐突に一樹の隣に来たラピスが一樹からタフブックをやや強引に預かったかと思うと、そのまま左手で持ったタフブックで、ババルウの横顔を叩く。




「ぶべらぁ!!」
「へっ?」
『お、お姉ちゃん!?』
『ラピスさん!?』




つい先程の一樹の反撃への衝撃を上回るラピスの反撃に、ラズリーとマインだけで無く一樹も呆気に取られる。
ラピスの動作は平手打ちをするかのような、一樹に比べて力は入っていない筈の動作だったが、叩かれたババルウの体は高速で宙を舞って看板に叩き付けられ、意識を朦朧とさせたババルウが地面に倒れた。




『あ~、スッキリした♪はい、宮代さん。お返ししますね?』
「う、うん・・・って、ちょっとぉ!?人の物で何してんのぉ!?つうか、何その力!?そんな力あるなら・・・あ、ああっ!?タフブックにヒビがぁ!?」




ラピスから一樹に返却されたタフブックには、ババルウを計二回叩いた液晶部の裏と、ラピスが左手で掴んでいた左側の側面全体にヒビが入っていた。
無論、一樹が鈍器として使った時には双方共にヒビは全く入っておらず、この現象はラピスの常人離れした怪力を暗に示していた。





『あっ、こんな所にヒビが!ごめんなさい、少し力を入れ過ぎてしまいました・・・弁償が必要でしたら、10回払いで弁償致しますので・・・』
「なんで10回払い!?いや、もういいよ・・・超緊急事態だし、経費が降りるかもしれないし、自己負担でもオレ公務員だからお金は一応あるし・・・」
『いやいや!そう言うもんだいじゃないよ、けいじさん!人のモノとったら「ドロケイ」だよ!』
『「泥棒」ですよ、ラズリーさん。確かに警察と、人の姿を盗んだ泥棒はいますから「ドロケイ」には当てはまるかもしれませんが・・・あっ、宮代さんもラピスさんもありがとうございます。』
『いえいえ、本当にスゴいのは宮代さんの勇気ある戦いですから♪宮代さん、かっこ良かったですよ♪』
『わたしたちを守ってくれて、ありがとね!けいじさん!』
「い、いや~まぁ!超緊急事態だから!あはは!皆さんを守れたならタフブックの一つや二つくらい・・・」




マイン達から贈られる、自分へのダイレクトな賛美の言葉に、見て分かる程露骨に歓喜する一樹。
しかし、その余韻に浸る時間はあまりにも短かった。




『・・・あっ!?みんな!ちょっとあれ!』




ギィィゥゥゥゥゥウウ・・・




何かに気付いたラズリーが大声を上げながら夕映えの空を指差し、一樹達も連鎖してラズリーの目線に合わせた、その刹那。
空から降りて来た、もう一つの脅威・・・パラグラーが諭鶴羽山を再び揺るがしながら、マイン達の眼前に着地。
瞬間的ながら震度4にも近しい、パラグラーが起こす揺れにマイン達は体のバランスを崩し、足を縺れさせる。




『「おわっと!?」』
『ラズリー、ほら!』
『宮代さん!』
『「あ、ありがと・・・」』
『それにしても、忘れてたわけじゃないけどこっちにも追い付かれるなんて!』
『能力者が2人いても、敵わないと言うのですか・・・?』
「一樹、皆さん!」
「大丈夫ですか!?」




と、そこへ凌と綾も山頂に到着。
山頂に着くや、ある程度事情を把握した綾は念力で三度パラグラーの体を固定し、凌は左手に光弾をチャージしながら一行に合流。
一樹は2人を見るや嫌な予感が外れた事に歓喜し、今にも2人に抱き付きかねない勢いだ。




「し、しのぐぅ!!あやさぁん!!生きてて良かったぁ~!!」
「勝手に殉職させんな。ババルウが急にそっちを狙って逃げ出しただけだって。」
『何はともあれ、無事で良かったです。あたし達も詐欺師逮捕に一役買いましたよ♪』
「えっ?あ、あんな所にババルウが倒れてる・・・よく見たら一樹のパソコンも壊れてるし・・・」
『ねぇ、あのけいじのお姉さんがすごくしんどそうなんだけど?』
「そう、なの・・・だから東條君でも宮代君でもいいから、早くあいつを確保して・・・!」
『レディに無理をさせてはいけません!東條さんはパラグラーへの攻撃が出来ますから、宮代さんが行かれては?』
「そうだな!よぉし、まずはオレのタフブックを武器として使わせた罪を・・・」




指名を受けた一樹は、スーツのポケットから取り出した手錠を左手を回して旋回させながら、動かないババルウに早足で向かう。




「・・・その必要は、ない!いゃああああああああああ!!」




・・・が、今まで動きもしなかったババルウが突然起き上がったかと思うと、前髪を掻き上げつつ高く跳躍して一樹の真上を取り、体を捻って回転しながら右足を突き出し、無防備になった綾へ飛び蹴りを浴びせんと迫った。




「うおおおっ!?」
『そんな・・・!』
『ああっ!?けいじのお姉さん、あぶなぁい!!』
「!!」
「綾さん!!」




凌は瞬時に光弾の狙いをパラグラーからババルウに変えるが、光弾のルートは斜め約70度の角度で綾に迫るババルウへ確実に当てようとすると、綾にも当たる危険性がある事が分かり、引き金を引く手に躊躇いが生じる。
凌は射撃が不得意と言う訳では無く、むしろ元SIT所属と言う経歴もあって射撃の腕は非常に高いのだが、もし起こってしまえば結局はババルウの攻撃と同じ・・・いや、それ以上の惨事になりかねない、綾への誤射を恐れての判断。
そして、もう一つは・・・




『二階堂さんっ!!』




女性へのフェミニズムと、誰かの助けになりたいと言う性分が起こした、誰よりも早いマインによる綾への防衛行為であった。
綾の前で両手を広げたマインの体は、ババルウの暴力から綾を守る壁となるが、お構い無しとばかりにババルウの足がマインへ迫って行く。




「「なにっ!?」」
「えっ・・・!?」
『『マインさん!!』』
「まずは、お前だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



ーー・・・もしかしたら、あのキックは私にとって致命傷になるかもしれないな・・・
不思議だ・・・そう思った瞬間から、まるで朝にお会いした菜奈美さんの力のように、全てがゆっくりに感じて・・・昔の事を、思い出す・・・
これが「走馬灯」なのか・・・
思えば私は、お前を失ってから悲惨な生き方しか出来なかったな・・・だからせめて、そんな私の生き方を変えてくれた「あの人」に、また会いたかったよ・・・
だけど、もしこれで私の人生が終わってしまうとしても・・・それは大罪を犯した、私への報いなのだろうし・・・最期に素敵な女性を守れたのなら、私らしいとお前は笑って、迎えてくれるだろうなぁ・・・それなら、悪くはない最期だ。
そう思わないか?カル・・・
そして・・・隼薙さ・・・
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