本編











『・・・よしっ!かんせ~い!』




翌日。
朝日はまだ姿を見せていないが、暗闇からやや薄暗い程度の暗さになっている、大野ヶ原の林の中でラズリーの達成感に満ちた声が聞こえた。




『おめでと、ラズリー!ねぇ、あたしに早く見せて~?』
『いいけど、その前に・・・お疲れ様、アンバー。』
「いえいえ・・・ラズリー様とラピス様にお世話になった恩返しですから・・・」




ラズリーの目の前では椅子に座り、手で口を抑えながら控えめに欠伸をするアンバーの姿があった。
彼女達の周りには、つい先程まで使われていたと思われる照明器具が置かれており、ラズリーが今完成させた画用紙のイラストこそが、今ここに至るまでここに留まり続けていた理由のようだ。




『どれどれ・・・あっ、すご~い!これ、今までで一番の出来じゃないの!?』
『素晴らしい!ラズリーさん、貴方がこんなにも幽玄で、繊細な指使いの持ち主だったとは・・・!』
『「天が与えた才能の牙」と自称するだけの事はある。』
『や、やめてよぉ・・・そんなに「ほめたたかれる」の、慣れてないんだからさぁ・・・』
『それを言うなら「褒め称えられる」よ、ラズリー?でも、それくらい良い絵じゃない♪』




ラピスとマイン、更にマインの手に抱えられたアークからの賛美の言葉に、ラズリーは口ではそういいながらも、酔ったように顔を赤らめていた。




「ラズリー様、わたくしにも見せて下さい。」
『モチのロンだよっ!はい、ど~ぞっ!』




嬉々とした様子でラズリーは画用紙をアンバーに渡し、アンバーも丁寧に画用紙を受け取ると、イラストを深々と眺めた。




「これは・・・!」




画用紙に描かれていたのは、ステンドグラスのような画風で書かれたイラストであった。
目を瞑り、両手を合わせて祈りを捧げるアンバーが中央に、その足元にはどことなくジャイガーを思わせる姿となった無数の茨が生え、アンバーの背後には力強く茨を払うバランが背景として、アンバーの左右には勾玉を持った黒髪の少女と、風車を持った赤茶色の髪の青年・初之兄妹が描かれていた。




「わたくしと・・・バラン!更に隼薙と穂野香まで・・・!」
『最初はアンバーだけ描くつもりだったんだけど、やっぱりはやてとほのかも外せないし、バランと・・・一応、ジャイガーもいるかなって。』
「・・・こんなにも沢山の思いが描かれた絵は、始めて見ました・・・!ラズリー様、貴方は本当に素敵な画家です!」




グァウウウ・・・




ラズリーの絵に目を輝かせるアンバーの背後で、静かに彼女達を見守っていたバランもどうやらイラストには満足気な様子であり、それを言葉にする為にアンバーの腰に付いた勾玉に語り掛ける。




「・・・バランも、『まぁ、中の上って感じだな。』と仰っていますよ。」
『ふ、ふん!バランって言ってるけど、はやてが言ってるのは分かってるんだからねっ!あいかわらずキミは「なまいき」だよっ!』
『まぁまぁ。口だけって言われるより、ましじゃない♪』
『あたりまえだよっ!せっかくイラストに入れてあげたのにさっ!』
『私の最上級の評価は変わりませんよ、ラズリーさん。どうでしょう、今度は私と一緒にプライベートイラストでも・・・』
『へえっ!?えっ、で、でもぉ・・・』
『ラズリー殿の心拍数が急上昇している。これはやはり・・・』
『こら~っ!!アークはこれ以上余計な事言うの、きんし~っ!!』
『そんな素敵機能まであるのね、アークったら。』
『オプションの一つだ。他にも打撃力測定機能、それから・・・』




「・・・ふふっ。皆様、ずっと寝ていませんのに、変わらず楽しそうにしていらっしゃいますね。そう思いませんか?バラン。」




かしましい面々を見ながら、アンバーは勾玉に手を添え、穏やかにバランへ語り掛ける。
バランも頷き、アンバーだけに返事の言葉を返した。








それから暫しの時が流れ、眩しい朝日が地平線から現れた。
1日の始まり。そして、一行の別れの時。




『ほんとにもう行っちゃうの?はやて、アーク、アンバー・・・』
「申し訳ありません。ですが、わたくしとバランはもはや人目に見られてはいけない存在となりました。とりあえず、ここから久万高原町は近いので、隼薙と穂野香のお父様とお母様の容体を見に行って、これまでの経緯を全てお話しようと思います。」
『ジャイガーが消えた今、心に意志を寄生された人々・・・隼薙さんと穂野香さんのご両親も近々目を覚ます筈ですからね。』
『私も最後まで共に行く、それが創造主と初之兄妹との誓いだ。それにいずれ隼薙が戻って来た時、私の存在が必要になる。未だ隼薙は、自分の「G」を碌に使いこなせてはいないからな。』
「アーク様、そんな事を言ってはまた隼薙・・・バランが怒りますよ?」
『まっ、隼薙君が戻るまではアンバーを守るってわけね。穂野香ちゃんも復活は遠くないみたいだし♪』
「その通りです。穂野香が心を取り戻し、隼薙が帰って来た時は・・・」
『またわたし達に、会いに来てよっ!アンバーもいっしょにねっ!』
『もちろん♪アンバーあっての、あたし達なんだから!』
『私もまだ、アンバーさんと全くお話出来ていませんからね。いつまでも、お待ちしております。』
「皆様・・・!はい、心得ました。必ず、皆様の元に帰って来ます!それでは皆様、ごきげんよう・・・!」




グウィゥゥゥゥゥゥゥゥウウン・・・




一行へ目一杯手を振り、アンバーはバランの右手に乗る。
バランも返事代わりに逞しい咆哮を上げ、アンバーのいる掌を風の防護壁で包むと、皮膜を広げて空へと飛んで行く。




『さよならは言いません!またお会いしましょう!』
『じゃあね~っ!!』
『また会う日まで~!!』




マイン・ラズリー・ラピスの再会を願う言葉を背に、バランは朝日の中へ消えて行った。




『・・・行ってしまいましたね。私は今度こそ、皆さんに誇れるカウンセラーにならなくては。お2人はやはり、宅配業に?』
『そうね。あたし達の助けを待ってる荷物がある限り、ね♪』
『わたしは画家になるって夢が・・・あっ!お姉ちゃんってば忘れてない!ここまで来る為にすっぽかした、「じゅうらい」な荷物があるじゃん!』
『「重要」?「重大」?どちらにしても、忘れてないわ♪だから早く届けに行くわよ!ほら、マインさんも乗って?』
『わ、私もですか?』
『何言ってるの?今最優先するのは、マインさんの送迎よ?』
『こんな山の中に置いてくなんて、わたし達も「かじょうしき」じゃないからね。』
『ラズリー、「非常識」ね?また言い間違えてるわよ?』
『あ、ありがとうございます。いやはや、スピリーズ姉妹は通りすがりの女神達・・・』
「あの~、すんませぇん・・・」




と、帰り道を急ぐ3人の元に現れたのは、お土産入りの紙鞄を持った、折角の小洒落な衣装をボロボロにしている男・・・Gnosisの岸田月彦だった。




『あの、どなた?』
「あっ、俺は・・・そやそや!そんな事よりさっき、四神の白虎が飛び去って行きましたよね?貴方達、なんか知りません?」
『それなら・・・』
『ラズリー、こんな不審者に余計な事言っちゃ駄目よ?』
『う、うん!だからわたし、なぁんにも知りませんっ!』
『あたしも、今来たばっかりなので~♪』
『私も、同じく。』
「いやいや、絶対なんか知っとるやん!頼むから教えて下さいよ!このまま手ぶらで帰ったら、俺どうなるかっ!」
『さっ、みんな早く行くわよ~!』
「ああっ!ま、待って下さいって~!」




岸田の唐突な登場もあり、3人は最後まで騒がしく、広大な四国カルストを去ったのだった。
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