本編
しばらくして一行を乗せたトラックはバランを追い、野良道から全速力で公道に戻って来た所だった。
野良道を抜けるや否や、カーブを曲がって来た車にぶつかりそうになるが、ラピスの巧みなハンドル捌きで衝突は回避され、上手く反対車線に割り込む事に成功。
助手席に座る案内役のアンバーも、後部座席に座るラズリーとマインも、シートベルトを閉めていながら冷や汗をかいていた。
『よ~しっ!ジャックナイフ走法、大成功よ♪』
『「大成功よ♪」、じゃないよぉ!野良道をまたぜんりょくで走ってぐらぐらしまくりだし、さっきも車来てるのにぜんぜんスピード落とさなかったり!お姉ちゃんはそんなに「けーさつしょ」に行きたいのっ!』
『それを言うなら「刑務所」よ?それに、警察のお世話になる気も無いわ。今回は特別急いでるんだし、あたしの腕にかかれば事故なんてあるわけないしね♪』
「根拠はありませんのに、ラピス様の言葉には何故か不思議な説得力がありますね・・・」
『ラピスさんは中々、ワイルドなご婦人なのですね・・・』
『あとラズリー、あたしはここからずっと法定速度ギリギリスピードで行きたいし、アンバーには案内役をして貰うから、マインさんへの尋問お願いね。』
『わ、わかってるよ・・・』
『否、ラズリー殿。尋問なら私が行おう。よってそなたは私をしっかり保持しながら、自身の安全を第一にしてくれ。』
『そお?じゃあわたし、まだちょっとひやひやして落ちつかないから、お願いするよ・・・』
ラズリーは深いため息を一つ付き、アンバーからアークを受け取ると、シートベルトがしっかり閉まっているか再確認し、マインへ差し出すような形で両手に持ったアークを向けた。
『すみません、ラズリーさん。あなたは間違いなくアークさんですね。それからあちらにいるのが穂野香さん改め、アンバーさん。』
『ふむ。ジャイガーに支配されていた状態の記憶も持っているのか・・・それなら、記憶の欠損は無いと判断しても問題ないようだな。』
『まるでカウンセリングを受けている気分ですね。ですが、これで発言の信頼性は保証されたでしょうか。』
『肯定する。ならば、そなたに聞きたい事は一つ・・・何があって、そなたはジャイガーに心を奪われたのか。』
『やはり、その疑問につきますよね。分かりました。この事態を引き起こしたのは、他ならぬ私。罪滅ぼしにもならないですが、全てをお話しましょう・・・』
――その前に少しだけ、私の身の上話を聞いて下さい。
私には、カルと言う弟がいました。カルと私は幼少の頃からずっと仲良しで、片時も離れる事はありませんでした。
いつしか私とカルは共に同じ仕事がしたいと願うようになり、カルが得意だったカウンセリングを仕事にする為、兄弟必死になって医師の免許を取得しました。
それから「G」の発見で世界が驚く中、お金稼ぎに精を出しつつ仕事先にする場所を探していた時、私達はガラドと名乗る女性と出会い、カルが持っていた本当の能力、「G」について知ったのです。
『うん!相性診断をした時全てにこの杖が反応したから、間違いないっ!カル君、君は「G」の後天的能力者よ。』
『この僕が・・・!?』
『「G」を!?』
『強い反応は無かったから、爾落人じゃないと思うけど、「G」を持っているのは確実ね~。きっとカル君がカウンセリングが得意なのも、心が分かる「G」があるからじゃないかな?』
『・・・まさか、カルに「G」が宿っていたなんて・・・どうすれば・・・』
『・・・兄さん、僕は悲しんでなんかいないよ。むしろ嬉しいんだ!僕は選ばれた存在、僕は人々の心を癒やす為に、生を授かったんだって!』
『カル・・・』
『あたしは「G」を調べる為に日本に行く予定だけど、一緒に来ちゃったりする~?』
『なら、僕は行きます!僕も「G」について気になるし、大好きな日本で夢を叶えたい!兄さんも、来てくれるよね?』
『・・・勿論さ。シーラン兄弟は、何があっても一心同体だ。日本へ行って、兄弟の夢を叶えよう!』
『うぅ~ん・・・マインさんも、兄弟愛の強い人だったんだねぇ・・・』
『・・・一つ問う。その「ガラド」と言う女性は、鳥の杖を持って風来坊のように現れ無かったか?外見も、まるで色彩画のように鮮やかな。』
『そう、ですね。最近会ってはいませんが、確かにそんな感じの女性でした。よくご存知で?』
『否・・・彼女は「G」に詳しい者にとっては有名な女性。つい質問してみただけだ。』
『ふぅん、そうなんだ。なんか、はやてにアークをあげた人にも似てるよね~。』
――そう、その通り「ガラド」とは間違いなく我が主だ・・・
この頃の話は知らないが、こんな所にまで現れるとは・・・
――その後、私達兄弟はガラドさんに付いて行くように2011年に日本へ渡り、越知で診療所を始めました。
従業員は兄弟2人だけの小さな診療所でしたが、ガラドさんが「心情」と名付けたカルの「G」もあってか、噂を聞きつけて少しずつながらも人々が来てくれるようになり、私達は夢を実現出来た喜びを実感していました。
その、矢先です・・・
『っ!!な、なんだこれは・・・!』
――2015年頃からでしょうか・・・カルを中傷する、インターネットからのコメントが来たのは。
面白半分なのか、冗談なのかは分かりませんが、彼らはカルに対して能力者である事への不快感を延々と書いたり、カルの治療は「G」を使っての洗脳であると糾弾したり、ヒト「G」は社会に出るなと非難したり、単純に「気持ち悪い」とだけ言って来たり・・・
コメントの詳細は思い出したくも無いのですが、兼ね見るだけで気分が悪くなるようなものでした。
「そ、そんな・・・」
『ひどい!ひど過ぎるよっ!カルさんはただ、夢を叶えてるだけなのにっ!』
『奇異な者に対する、無自覚かつ不特定多数からの中傷。昨今のインターネットでよくある事態だが、まことに不愉快だな。』
『ネットなら顔も見えないし、自分が誰かも分からない。だから言いたい放題ってわけなの・・・ほんと、馬鹿ばっか。』
――本当に、皆さんの言う通りですね。
私はカルが傷付かないようにどうにかコメントを削除し、カルに知られないようにしました。
ですが、私達を嘲笑うかのようにコメントは増え続け、しばらくして私が注意を怠ったかばかりに、カルに知られてしまったのです。
『カ、カル!お前・・・見た、のか・・・?』
『・・・全部、ね。そっか・・・僕、やっぱり人間じゃないのか・・・』
『な、何を言っている!カルは俺と同じ母のお腹から産まれた、俺の弟だ!俺と同じ人間だ!こんな人達の言う事を信じるな!流されるな!』
『ありがとう、兄さん。けど僕、カウンセリングの勉強をする度に、「G」について知る度に、薄々思ってたんだ。こんなに簡単に、人の心が分かるなんておかしい。兄さんは僕とずっといるから分かってくれるけど、普通の人から見れば「G」があるなんて気味が悪い。易々と自分の心を覗かれる・・・それって、人心掌握に見えるんじゃないって・・・』
『やめろっ!!それ以上言うな・・・そんな悲しい事を言うな・・・っ!カルは俺と一緒に、いつまでもここで心が傷付いた人を癒やすんだ。俺と、沢山の人を救うんだよ・・・!』
『・・・うん。分かったよ、兄さん・・・』
――どうにかカルは立ち直りましたが、益々中傷は増えて行きました。
「心を情する事の出来ない、意志の無い言葉の暴力の羅列」。
ガラドさんはそう称していましたが、本心が読み取れない言葉の中傷の連続に、カルの心は蝕まれていきました。
・・・そして、2016年。
かの有名なガメラ出現より前の春・・・
『兄さんへ。
やっぱり、僕はまだこの世界に産まれてはいけなかったみたいだ。
「G」を、違う事を受け入れられないこの世界に僕の、ヒト「G」が表に出られる場所なんて無かった。
だから兄さんが代わりに、僕の分まで頑張って欲しい。
僕の夢を、叶え続けて欲しい。
けど・・・兄さんといた日々は楽しかったし、僕を導いてくれたガラドさんにも感謝してる。
この思い出があるから、僕は思い残す事無くこの世界から旅立てる。
兄さんとガラドさん、それから父と母に会えなくなるのは寂しいけど、みんなが僕の所に来るのを待ってるよ。
あっ、でもすぐ僕の後を追うのだけは止めて欲しいな。
兄さんには僕の夢を叶えて欲しいから。これは、僕の最後のわがまま。
・・・願わくば、生まれ変われるなら僕は普通の人間か、「G」が受け入れられる世界になってて欲しいなぁ。
それじゃあ・・・さようなら、マイン兄さん。』
『は・・・っ!?カ、カ・・・カルーーーッ!!』
――・・・カルは、私とガラドさんへそう手紙をしたため・・・自室で、自ら命を絶ちました。
首を吊っているのに、何故か笑ったままで・・・
『『!?』』
「・・・そんな・・・!」
『差別。罵倒。迫害。人間はいつまでも、これらを繰り返すのか・・・』
――そして、確信した。
主が如何にして、あのような事態を巻き起こしたのか。
「私」を造った本当の理由は、カル・シーランの死にあったのか・・・!