本編











それから数時間後。
太陽が西に近くなって来た頃、佐川市付近の森の中をスピリーズ姉妹のトラックが走っていた。
森は何故か異様なまでに濃い霧に包まれており、全く舗装が進んでいない野良道を走るトラックは時折上下に揺れるが、その法定速度ギリギリのスピードを落とす様子は無い。




『ちょ、ちょっとぉ!なんでこんな道をこんな速さで走るの~!!』
『我慢しなさい!この道を通った方が近道なの!』
「それに、もう結構近いみたいだしな!」
『どうだろうか、アンバー殿?』
「・・・皆様、来ます!」




後部座席越しに外を見ていたアンバーがそう叫んだ、その時。
木々が折れ、軋む音と共に白一色の景色の向こう側に、巨大な黒い影がぼんやりと現れた。
ラピスは急いでトラックを止め、隼薙達は外に出る。




「ありゃ、確かめるまでもねぇな。」
『しかし、本当にアンバー殿は穂野香様の体で風の力を使えるのか?』
「大丈夫です。勝手こそ違いますが、わたくしは最も『風』に長けた四神。穂野香の体でも、問題はありません。」
「なら頼りにして貰うけどよ、穂野香に傷だけは付けんじゃねぇぞ!」
「心得ております、隼薙。では、参りましょう!」




隼薙とアンバーは阿吽の呼吸で手を突き出し、それと同時にアークの風車が激しく回転する。
すると2人の手から凄まじい強風が吹き、アークの制御によって風は影を囲むように動き、勢いを増して拡散される。
2人の風が霧を晴らし、現れたのは白く優美な巨大「G」・・・白虎(アンバー)の体であった。




『これがアンバーの体、白虎・・・ちゃんと見ると、やっぱりバランに似てるわね。』
『きれーな姿してるのに、こう見るとすっごくおっきいなぁ・・・』
「俺に負けず劣らずやるじゃねぇか、アンバー。」
「隼薙も相変わらずの、力強い風ですね。」
『勢いだけならそうだ。私としては、アンバー殿の風からは隼薙には無い繊細さを感じた。お前もあの風を見習うべきだな。』
「お前よ、ほんといつも俺をコケにする事ばっか考えてんだな!早速アンバー以下か!」
『でも、穂野香ちゃんを除けば間違い無く隼薙君は色んな意味で下だからねぇ。』
『そういえばさ、はやての服の色って「苔(コケ)」に似てるよね~。』
「お、お前らもかぁ!」



――ふふっ・・・皆様、今日会ったばかりですのに、まるでずっと仲が良かったみたいですね。
こんなに心地良い時を過ごすのは、何時以来でしょう・・・
願わくば、わたくしはもっとこの輪の中にいたい・・・ですが、もうわたくしに安息は許されない。そんな事、分かっています。
穂野香、だから貴女が代わりにいつまでも・・・死するその時まで、どうかこの輪を絶やさないようにして下さい・・・




『兎に角、これで目標が正確に見えるようになった。後はアンバー殿があの体に戻るだけだ。』
「はい。」
『でも、あの体に戻ったらジャイガーに「のっくされる」かもしれないんでしょ?そんなの嫌だよ・・・』
『「乗っ取られる」ね、ラズリー。本当に戻って大丈夫なの?』
「大丈夫です。わたくしの今の心は、皆様が下さったあたたかさと・・・強い意志があります。それにもし、わたくしがジャイガーの悪意に呑まれた時は・・・勾玉を割って下さい。いずれわたくしの体からガイアの「G」が尽きて、消滅しますので。」
「・・・そうならないように、絶対頑張れよな。」
「隼薙・・・了解致しました。其れでは、四神・白虎・・・アンバー、参ります!」




隼薙はアンバーの前に立ち、両手をかざして再び強風を白虎に向けて放つ準備をする。
アンバーはゆっくりと勾玉を握り締め、己の周りに光の風を発生させる。
そう、隼薙が白虎の動きを封じる間に、アンバーはこの光の風に乗って自らの体に戻るつもりであったのだ。




『・・・わたし、やっぱりアンバーとお別れなんて嫌だよぉ・・・まだまだ話したい事がたくさんあるのにぃ・・・』
『わがまま言わないの。あの体は穂野香ちゃんから借りてるようなものなんだから、借りっぱなしにするわけにはいかないわ。それにアンバーも元の体に戻るだけで、いなくなるわけじゃないわよ。だから今はアンバーがジャイガーに負けない事だけ祈りなさい。』
『でもぉ・・・あんなおっきな体になっちゃったら話なんて・・・あれ?』
『どうしたの?』
『ねぇ、あれってきっと何か握ってるよね?』




ラズリーが指差す通り、白虎は虚ろな様相を見せながらも、右手だけは固く握り続けていた。




『あっ、ほんとね・・・?』
『それに左手はずっと開いてるし、あの右手の中に何かあるって!』
『右手の中?』



――この体、もうしばらく借りるぞ!!






『っ!!隼薙君、アンバー!ちょっと儀式を中止して!』
「えっ?って言われても、今もうちょっとでいけそうな・・・」
『ラズリーが白虎の右手に何かがあるって言ってるの!きっとそれ、マインさんだわ!』
「「!?」」
『え、ええええっ!?』




ラピスからの思いがけない発言にラズリー自身も驚き、2人は風を止めて慌てて姉妹の方を見る。





「ラピス様、ラズリー様、それは本当ですか?」
『岩屋寺でマインさんって、白虎の手に乗って逃げたでしょ?だけどもうジャイガーが目覚めてる以上、自然とマインさんは用無しになってるはずよね?』
『だからあの右手の中に、正気に戻ったマイン殿がいると言う事か?』
『多分ね。でも、女の勘は信じるものよ?』
「そうで無いとしても、頑なに握り締めたあの手の中に何かあるのは事実でしょう。ラピス様もラズリー様も、よくお分かりになりましたね?」
『ま、まぁ、わたしの「ちょっけん」にかかればこれくらいはね!』
「『直感』な?ラピスがマインがいるって言った時、お前も驚いてただろうがよ。」
「隼薙。気が進まないと思いますが・・・先にマイン様を助けましょう。」
『補足すれば、私達に牙を剥いたマイン殿の人格はあくまでジャイガーのものだ。本性を表す前の彼の言動は本当の人格によるものだと思われる。よって・・・』
「分かってる!みなまで言うな!確かに今でもマインの顔見たらむかつくけどよ、ジャイガーの野郎さえいなけりゃただのホスト医師みてぇなもんだし、穂野香に馴れ馴れしくした事くらいなら許してやる。それに俺は『罪を憎んで人を憎まず』、なんでな。」
「隼薙・・・!」
『あらあら、あんなかっこいい事言っちゃって、ハードボイルドなつもりかしら?』
『むしろ「ハーフボイルド」だよ、お姉ちゃん。』
「だから!お前らなぁ!」
「もう。お2人とも、いい加減隼薙が可哀想ですよ。でもわたくしは、実に隼薙らしい素敵な言葉だと思いました。ありがとうございます、隼薙。」
「お、おう・・・」


――・・・はっ!
いっけね!つ、つい、あいつにときめいちまった・・・!
色々白い以外は穂野香だってのに、何考えてんだ俺!
・・・けど、もしあいつが人間だったら、あんな感じなんだろうな・・・って、おい!俺!




『隼薙、何を惚けている。マイン殿を助けるのでは無かったのか。』
「う、うるせぇ!い、今考えてるとこだったんだよ。」
『この場で巨大「G」に対抗出来る力って言ったら、隼薙君とアンバーの風しか無いけど・・・』
『う~ん・・・でもさ、みんな強風が吹いて来たら、力んじゃって体に力が入るよね?それって逆効果じゃないかなぁ?』
『ラズリー殿の発言には一理ある。風で攻撃するだけでは、助けられる可能性は低い。』
「んじゃあどうすんだよ・・・はぁ、穂野香の火はついつい持ってるやつとか離しちまうくらいあちぃから、そんな感じでやれたら・・・」
「穂野香の・・・はっ!そうです!穂野香の火を借りるのです!」
「穂野香の?」
「心こそ違いますが、この体は間違いなく穂野香のもの。それなら、わたくしの意志で火を起こす事も可能な筈です。それに隼薙の風と、アーク様の制御を加えて右手に攻撃すれば・・・!」
『しかしアンバー殿、それは本当に可能なのか?』
「四神が行使する力は、ガイアの「G」を火・風・地・水の四大元素に変換した物です。わたくし自体には『火』を扱う力はありませんが、『火炎』の能力者である穂野香の体には、火を扱う力があります。それを引き出せば・・・」
『白虎の手もあっちっち、だね!』
『でもこれってぶっつけ本番なのよね・・・アンバー、大丈夫?』
「わたくしは大丈夫です。ですが、失敗したらと思う気持ちも・・・」
「・・・お前、俺より繊細に「G」が使えんだろ?だったら別に大丈夫だろ。」
『加減はせず、全力で行使して構わない。私が上手く制御する。但し、条件が一つ。穂野香様の体に・・・』
「傷は絶対付けんなよ。」
「・・・はい!」




力強く、だが笑顔で頷いたアンバーの決意を確認し、隼薙は両手を胸元に置いて竜巻を生成し始める。
一方、アンバーは慎重に五指を動かしながら穂野香が火炎を放つ時の感覚を思い出し、自分が同じ動作をする様子をイメージする。




『頑張って~!アンバー!』
『あなたなら、きっと出来るわ~!』
「よし!俺はいつでも大丈夫だぜ!」
『行けるか?アンバー殿!』
「・・・行けます!」


――隼薙、アーク様、穂野香・・・!
わたくしに、今一度力を貸して下さい!
逃げる事しか出来なかったわたくしに、誰かを守れる力を!


『良し、今だ!』
「せぇぇのっ!!」










――・・・今よ!いっけぇ、アンバー!!




「・・・はああっ!!」




隼薙が竜巻を放つと同時にアンバーは叫び、右手を出して指を鳴らす。
すると指先から火花が散り、火花は静かな炎へと変わる。
更に炎は竜巻に絡み付き、竜巻は紅蓮の渦となって、そのまま白虎の右手の甲に直撃した。
白虎は突然右手を襲った熱さに固く握った指を離し、見覚えのある緑髪の男が中から現れた。




「今だ!アンバー!」
「心得ております!」




すかさずアンバーは両手を突き出して白虎の右手に気流の渦を起こし、操って掌の中の人間を自分達の方へ連れ出す。




『お姉ちゃん!あそこへ行って!あそこならぴったんこだよ!』
『任せなさい!これくらい、お茶の子さいさいよっ!!』




そして最後はラズリーの指示する場所へラピスが向かい、気流が解けて空中に投げ出された男を軽くキャッチする。
こうして皆の力を合わせた救出作戦は、無事成功したのだった。




――今の声・・・あれは間違いない、穂野香の声でした・・・
きっと心の迷宮から、わたくしを助けて下さったのですね・・・
ありがとう、穂野香。




隼薙達は急いでラピスの元に駆け寄り、彼女の左肩に抱えられた男・・・マインを確認する。
まだ意識は失っているが、見る限り特に異常がある様子も無く、穏やかに目を瞑るその様子は本性を剥き出しにする前の彼そのものに隼薙は見えた。




『い、息してる・・・よね?』
『大丈夫よ。死体だったらもっと人形みたいな感触で、体もひんやりしてるでしょうし。』
「ある意味、マイン様もわたくし達と同じ程に辛い目に遭った、不幸な方ですね・・・」
「ほんと、もしこいつがただの医者だったら、あの病院で今くらいの人気は無いかもしれねぇけど、そこそこ充実したカウンセラー生活を過ごしてたろうにな。」
『否、ジャイガーの「G」はあくまでも自らの意志の寄生、及び針を出す範囲の能力でしか無いと私は考える。ジャイガーの存在が無くとも、マイン殿の病院には恐らく同程度の看護士・患者が集っていただろう。』
「・・・そっか。だよな、きっと・・・」




珍しくアークの意見に反論せず、軽めの声色で隼薙は同意の言葉を返す。
しかし、それとは正反対に隼薙の拳が震える程に固く握り締められたのを、隼薙の心が静かに怒りに燃えているのを、アークは察知した。




――隼薙、お前は・・・
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