本編





『何処にもいない・・・逃げられたわね・・・』
『一瞬だけだけどわたし、西の方に逃げたのが見えたよ。何処まで行ったかは分からなかったけど・・・』
『いえ、よくやったわ。ラズリー。とりあえず、そっち方向に向かいながら情報を集めるしかないわね・・・隼薙君に穂野香ちゃんは大丈夫だった?』




初之兄妹に目をやったスピリーズ姉妹だったが、その途端彼女達は驚愕の光景を目の当たりにする。
隼薙は暴風から穂野香を守ろうと、穂野香の全身を強く抱き締めており、今の今までその状態を維持していたのだが・・・兄に守られていた穂野香の髪が、白く変色していたのだ。




『えっ・・・』
『えぇぇぇぇっ!?ちょっと、はやて!いつまでもハグしてないで、ほのかを見てよ!』
「あん?穂野香なら俺が・・・っ!?」




ようやく穂野香を離した隼薙も、妹の突然過ぎる豹変に驚く余り、開いた口がふさがらない。




「ほ、穂野香!?お前、し、白髪!?ど、どうしちまったんだ!?」
『・・・隼薙、この穂野香様から別人の、「G」にも似た気配を感じる。そなた、何者だ?』
「はっ?お前までボケてんなよ、アーク。確かにいきなり白髪になったけどよ、確かに穂野香そのもの・・・」




慌てる隼薙をよそに、アークに呼び起こされるように穂野香は重いまぶたを開く。
しかしその瞳孔もまた、琥珀色に変化していた。




「なっ!?ほ、穂野香の目が・・・」
「・・・皆様、こんな形で現れてしまい、誠に申し訳ありません。」




更に彼女の口から発せられたその声と口調は、明らかに隼薙達の知る穂野香のものではなかった。
姫君を思わせる、清楚で透き通った声だ。




『こ、声までかわっちゃってるよぉ!』
『さっき、暴走した隼薙君を止めた時の穂野香ちゃんが一瞬だけ、こんな感じになってたわ。まるで別人みたいな。』
「その通りです。今のこの体は、穂野香であって穂野香のものではないのです。」
「じゃあ、お前は・・・」
「・・・わたくしの名はアンバー。穂野香が巫子になった日から彼女の心に住み着いた、『白虎』と呼ばれる存在です。」










それからしばらく経ち、来た道を引き返してようやく麓の駐車場に戻って来た一行はトラックに乗り、岩屋寺を後にした。



――・・・親父、お袋。
すまねぇけど、あともうちょっと待っててくれよ・・・



『それで姉ちゃん、どうやってあの「G」を追うつもりなのさ?』
『あれだけ大きな「G」なんだから、「G」出現のニュースはわんさか出てる筈よ?ラジオとか、ネットとかの情報を追えば・・・』
「いえ、恐らく白虎は雲に紛れて目的地に向かっている筈ですから、期待する程の情報は得られないかもしれません・・・わたくしなら『体』の行方を感じられますので、それを元に向かって下さい。」
「・・・それについてもだけどよ、とりあえず今は『お前』について詳しく聞かせて貰うぜ。」
『そなたは何者なのか、何故穂野香様の体を奪ったのか、あの「G」とマインとの因果関係は何なのか。穂野香様の心の喪失にも関係がある可能性もある以上、全て答えて貰おう。』




隼薙とアークの問答に、両手を固く繋ぎながら一瞬下を向く、穂野香では無い「何者か」。
彼女は重く頭を上げ、口を開き始めた。




「先程も名乗りましたが、わたくしはアンバー。超古代文明・アトランティスが生んだ森羅万象の「G」、四神の内の一体・白虎の『意志』そのものです。」
『四神って言ったら、最近話題になってるおっきな「G」だよね?最初「はやとちぎ」かと思ったけど、やっぱり聞き間違いじゃなかったんだねぇ・・・』
『「早とちり」ね、ラズリー。』
「そして先程、岩屋山より現れた「G」は白虎の身体・・・わたくしの本来の身体です。」
『・・・そうだ。よく見たらあの姿を最近見た事ある気がしたんだけど、あれって「バラン」よね。』
「バラン?えっと・・・弁当に入ってるギザギザした緑色のやつの事か?」
『んなわけないじゃんか!知ったかのはやてはだまっててよ!』
「う、うるせぇ!熟語ミスりまくってやがるお前が言うな!あれの名前知ってるだけでも凄いだろうが!」
『隼薙は放置して、正式には「バラノポーダ」。中生代に生息していた恐竜の一種だが、特徴的な背中の棘は確かにバラノポーダの骨格に酷似している。アトランティス製の「G」である信憑性はやや高まったな。』
「兎にも角にも、わたくしは一万二千年前にアトランティスで生まれ、文明の壊滅と共に長い眠りにつきました。それから次にわたくしが目覚めたのは、邪馬台国が後の四国を治めていた時代です。」
『や、やまたいこく!?』
『馬鹿な、邪馬台国四国説は最も可能性が低いと想定されているのだが・・・』
「それも当然でしょう。邪馬台国は文明の壊滅寸前と言う状況にまで陥り、後の人々が存在の証明になるようなものは残されていないのでしょうから・・・そう、全ては『ジャイガー』によって滅されたのです。」
「ジャイガー?」
『一万二千年前、アトランティス文明の他にも巨大「G」を生み出そうと考えていた文明は多数ありました。しかし、どの文明もアトランティスのようには行かず、唯一の成功がムー大陸の文明が生み出した悪魔のような「G」、ジャイガーなのです。」
『お次はムー大陸・・・』
「ジャイガーは本来アトランティスへの侵攻兵器として開発され、実際に侵攻は行われたのですが、アトランティスがかつて歴史の影に存在したとされる「殺ス者」の力を模して造った「G」、「悪魔の笛」によって封印されました。ですが、何処かで何者かがジャイガーの封印を解き、アトランティス侵攻の使命に従ったジャイガーはかつてのアトランティスの一部・日本の邪馬台国に侵攻したのです。」
『日本がアトランティスの一部・・・巨大「G」を含め、「G」の出現が日本に多いのはそれが理由なのかもしれない。』
「当時わたくしはアトランティスの血を引く特別な巫子・卑弥呼と共に、どうにかジャイガーを『悪魔の笛』を使って再び封印しました。しかし、ジャイガーは自らの意志を植え付ける『寄生』の針を使って、わたくしに悪意を残していきました。白虎が破壊の権化にならないよう、卑弥呼はわたくしの意志を勾玉に移し、身体を封じたのです。それからわたくしは、自分の身体がわたくしの意志に反応して目覚める事の無いように勾玉の中に潜み続け、月日は流れ・・・9年前の「G」発見に呼応するように、再び現れ出る時が来ました。」
「・・・おい、もしかして穂野香が倒れて、勾玉の中に消えて・・・あの時の事か!?」
「はい。巫子の適応症状に弱っていく穂野香を放ってはおけず、わたくしの力を使って穂野香の適応症状を打ち消しました。ですが、わたくしの力を無理やり穂野香の体に与えたその影響で、穂野香の感情・・・彼女の『心』がバラバラになってしまったのです。」
『それが、穂野香様の感情喪失の理由・・・!』
「どうにか『人格』を形成する状態だけは保ちましたが、未だに穂野香は自らを取り戻す為、心の迷宮をさまよっています。そしてようやく感情をほとんど取り戻しかけた所で、あのマインと言う人間・・・ジャイガーの意志を受けた者による、白虎を引きずり出す作戦によって、わたくしは再び意志を出してしまいました・・・」
『あの人も、そのジャイガーって言う「G」に操られていたのね。』
「はい。マイン様の体を使い、隼薙の存在をも利用する形でジャイガーは穂野香を精神的に追い詰め、穂野香の意志と体を弱らせる事で、わたくしの意志が表に出るように仕向けたのです・・・」
『ほんと、「げどう」って言葉しか似合わない奴だね!でもさ、そいつは日本壊滅が目的なのに、なんでほのかだけを狙い続けたんだろ?』
「そんなの、決まってんだろ。白虎・・・あんたへの復讐だ。」
「・・・おっしゃる通りです。全ては自分を封じたわたくしに報復をする為・・・つまり、全てわたくしがいけないのです。わたくしが犠牲になっていれば、穂野香も隼薙も・・・巻き添えを受けた皆様も・・・」
「・・・けど、あんたは穂野香と俺を助けてくれた。穂野香が巫子になったあの時も、さっき俺が憎しみに駆られた時も。それにあんたは邪馬台国を、日本をジャイガーとか言う野郎から守る為に自分が隠れる道を選んだだけだ。あの野郎が一方的にしつこくあんたにつきまとってるから、こうなってるんだしな。」
『そうそう。あなたは、何も悪くないの。しつこい男は嫌われるのにね。あたし達も協力するから、今度こそ捕まえて懲らしめちゃいましょ♪』
『ストーカー「ようし」で、警察に突き出しちゃえばいいのさ!』
「いや、警察にあんな野郎の相手すんの無理だろ。しかも既に手出してんだから容疑じゃねぇし、つうか『ようし』じゃなくて『ようぎ』だし。」
『う、うるさいなっ!ちょっと間違えちゃっただけなのに、キミってばほんとねちねちと!』
「・・・くすっ。こんな一大事ですのに、皆様は・・・」
『ちょっとじゃないわよ、ラズリー。でも、あたし達って今日会ったばかりだけど、もうこんな感じなのよ。きっと似た者同士が集まったのね。』
『えへへ、やっと笑ったね!凄いべっぴんさんなのに、もったいないよ!全部終わったら、今度のコンクールに出す絵のモデルにさせてね!』
『自らが起こした事態だと思うのなら、自ら解決せよ。結果的に穂野香様の体を借りたのなら、尚更だ。ただ、一人で出来ないのなら、私達が尽力しよう。』
「まっ、あんたが言う程俺達は気にしてねぇよ。だから穂野香の姿で、そんな暗い顔すんな。えっと、あん、あんこ・・・」
「『アンバー』です。もしくは『バラン』。皆様、寛大にわたくしを許して頂き、本当にありがとうございました。」




罪の意識に苛まれ、顔を落とし続けていたアンバーだったが、今ようやく顔を上げ、笑顔を見せる。
それに対してスピリーズ姉妹はスマイルで返し、アークは風車を緩やかに回して、隼薙も軽く頷く事で答えた。
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