本編





右手を下ろし、隼薙は呼吸を整えながら、復活をアピールするように風車を回すアークを歓喜の目で見つめ、続いて倒れたマインに目を向ける。




『どうした?とどめを刺さないのか?』
「もうてめぇの思い通りになるのはまっぴらだからな。話はあとで嫌ってくらい聞き出してやるから、そこで待ってろ。」




険しい表情は保ちながら、余裕のある口振りでそう言い捨て、隼薙は穂野香のいる方向へ振り返ると、手を振りながら彼女の元に向かった。




「穂野香~!大丈夫か~!それと、お前らも着いたんだな~!」
『ええ!穂野香ちゃんなら無事よ~!』
『もう!急に「ばつばつ」としながらあんな事しないでよ~!こっちはずっと体力使わされてくたくたなのにさ!』
「『殺伐』だっての!とりあえず、あいつ縛る為の縄になりそうな物を探してくれ!」
『隼薙君、縄ならここにあるわよ♪』
「おっ、おあつらえ向きじゃねぇか!流石ラピスだぜ!」




しなやかでかつ、丁寧に編まれた茶色い縄を隼薙に見せながらウインクするラピス。
運搬中の事故やトラブルを想定し、彼女は常に何本かポーチに縄を入れているのだ。




「・・・穂野香!」




そして、穂野香を見て抑えていた思いが溢れ出した隼薙は彼女の前に駆け寄り、肩を掴みながらもう一度穂野香を見つめる。
その瞳と、華奢な肩を力強くも優しく握る彼の手は、今一度愛しい妹の存在を確認しているかのようだった。




「穂野香、本当に大丈夫なんだな?あいつに変な事、されてないか?」
「無理やり催眠術はかけられたけど・・・大丈夫。」
「そうか・・・なら良かったぜ・・・」
『穂野香様、ご無事で何よりです。』
「アークもお帰りなさい・・・お兄ちゃんの為に頑張ってくれて、ありがとう。」
『いえ、そのお言葉が聞けただけで、私は満足しています。』
「穂野香、怖い思いさせてすまねぇ。俺がちゃんとしてなかったせいでお前がさらわれて、アークにも無理をさせちまった・・・けど、もう俺は絶対にお前から目を離さねぇ。何があっても、お前を守るからな。」
「うん・・・ありがとう、お兄ちゃん。」




自分を守る為に傷付いた肩を撫でながら、口元を緩ませてそっと感謝の言葉を呟く穂野香。
それを見ていても立ってもいられなくなった隼薙は、喜びのあまり彼女を抱きしめた。




「ちょっと、お兄ちゃん・・・苦しいし、恥ずかしいよ・・・」
「何言ってんだ!お前が俺の為に、笑ってくれたんだぞ!こんなに嬉しい事があるかっ!」
『穂野香様が迷惑している、場をわきまえない恥さらしな真似はやめろ。』
「んだよ!折角の感動の再会に水を差しやがって!つーか、お前はやっぱずっと黙ってろ!」
『私の名を呟きながら、トラックの中で号泣していながらか?』
「なっ、お、おい!なんでお前まで知ってやがんだ!」
『私はいかなる非常時に対応出来るよう、常に周囲の様子を察知している。そしてそれは機能不全中であっても例外では無い。』
「な、何だとぉ!だったらもっと早く手ぇ貸しやがれ!いいとこ取りみたいな真似しやがって、この・・・」
「もう、お兄ちゃんったらこんな所で喧嘩しないで・・・!」
「あ、あっちぃっ!!」




『話には聞いてたけど、凄い光景ね。』
『「かまいたち」は起こるし、機械が喋るし、火出しちゃうし・・・もう「かじょうしき」過ぎるよぉ・・・』
『でも、一緒に旅したら飽きなさそう♪』
『ええっ!?やっぱりだけど、お姉ちゃんまで「かじょうしき」組だよ!まともなのがわたししかいないって、どういう事なのさぁ!』
『大丈夫、あんたも十分あたし達と一緒よ?「非常識」を「かじょうしき」って言い間違えてるし。』
『んなっ・・・!!』




スピリーズ姉妹はそんな初之一行の小競り合いを一方は楽しく、一方は楽しみながらも少し気が気でいられない様子で見ていた。




――それにしても、さっきの穂野香ちゃん、ちょっと口調がおかしかったような・・・?




「それにしても、さっきの穂野香の叫びは凄かったな。あんなの久々に聞いたぜ。」
『私もあれ程までに感情を表に出した穂野香様は見た事が無い。もしや、これは穂野香様の精神異常が回復している証拠なのかもしれない。』
「まさか、あいつと会ったからか?まぁ、だからって俺はあいつを許す気はねぇし、親父とお袋の事も元に戻して貰わねぇとな。んじゃあ、尋問でも始めっか・・・」




隼薙はラピスから縄を受け取ろうと、おもむろに右手を伸ばそうとする。
しかしその瞬間、偶然隼薙の後ろに目をやった穂野香は見てしまった。




「・・・!?」




そう、倒れていた筈のマインが虚ろな顔付きで隼薙の背中に目掛け、両手を伸ばしているのを。
間違いなく兄を攻撃しようとしていると、穂野香は即座に察した。




「お、お兄ちゃんっ!!」




そして気付くや否や、穂野香は右手を突き出し、火炎の弾丸を発射した。
炎は隼薙の脇を通ってマインに真っ直ぐ向かい、胸元に直撃する。




『わあっ!!』
「ほ、穂野香!?」
『どうしたの、穂野香ちゃん?』
『・・・隼薙、後ろだ!マイン・シーランがお前に不意打ちを仕掛けようとしていた!』
「なにっ!?」




「っ・・・!!」




しかしその一方、隼薙を守った筈の穂野香の表情は苦悶にも似た、何処か追い詰められているように見えるものだった。
隼薙が襲われる危機への恐怖、再びマインが向かって来ようとしている事への怯え、更に憎き相手であるとは言え、生身の人間に本気で「G」を使ってしまった罪悪感が、彼女の心に押し寄せていた。




「い、いや・・・」
「ったく、あの野郎!!やっぱこいつで縛ってから、もう一発くらいぶっ飛ばしてやっからなぁ!助けてくれてありがとな、ほの・・・?」
「い・・・いやぁぁぁぁっ!!」




穂野香が苦痛の叫びを上げた、その時。
彼女の腰に付いた勾玉から、突如白い光の奔流が溢れ出した。
あまりに強く、激しい光の衝撃に一同は目を閉じて後ろに倒れ込む。




「ぐあっ・・・!」
『ま、まぶしいっ・・・!!』
『何なの、この光は・・・!』
『ほ、穂野香様!』




何が起こっているのかが分からずにいる隼薙達とは裏腹に、胸に火傷を負いながら立ち上がったマインは、光の先にある勾玉を恍惚としながら凝視する。
ずっと見つからなかった探し物をようやく見つけたような、歓喜に歪んだ顔で。




『ククク・・・!!ははははは!!来たぞ・・・遂に来たぞぉ!!さぁ、目覚めの時だ!!我の前に再び姿を現わせぇ!!「白虎」!!』




そのマインの叫びと共に、一帯に激しい地響きが襲う。
慌てて隼薙は穂野香を、ラピスはラズリーを抱え、2人が震動で振り落とされないようにするが、不安定な足場に加えて収まらない勾玉からの奔流に、自分自身も踏みとどまるのが精一杯だ。




『もう~っ!今度は地震~!?今度は雷と火事は勘弁だよ~っ!!』
『あと、オヤジさんもねっ!』
「くっ、穂野香!しっかりしろ!穂野香!」
『・・・っ!あ、あれは!?』




アークが目撃したもの、それは岩屋山の山肌に出来た、山の中と繋がっているであろう僅かな裂け目を突き破って飛び出た、巨大な竜巻であった。
竜巻は瞬く間に空へ舞い上がったかと思うと、岩屋山のふもとに向かって旋回して行き、それに呼応するように勾玉からの光が更に強くなる。




『うわあっ!!ま、まぶしすぎて目があけられないよ~っ!!』
『でも、確かに竜巻が見えたわ・・・あれって、何・・・?』
『あの風は、「G」によるもの!しかし、なんと途方も無い力だ・・・!』
「くうっ!ほ、穂野香・・・!」




そして竜巻は木々を巻き上げながらふもとに直撃し、破裂するかのように消滅した。
だが、竜巻が直撃した場所には一つの影が残されており、同時に勾玉の光が弱くなっていく。




『ううんっと・・・え、ええっ!?ちょっと、あれって!?』
『巨大怪獣・・・いえ、「G」!』
『あの「G」こそ、竜巻を起こした正体・・・否、竜巻そのもの!』




四つ足の体位で佇むその「G」は、誰しもが巨大な白い虎がそこにいるように思えさせた。
まるで氷原のように透き通った純白の肌と、人間の女性にも見紛う程に曲線的でしなやかな身体。
その体と同程度はありそうな長い尾に、その尾から背中・顔に沿って透明な棘が並び立ち、爪先はまるでネイルが施されているかのように波状の紅色の筋が付いている。
多少柔和な印象を与える顔付きでありながら、それとは正反対に見る者に畏敬の念すら感じさせる、凛とした琥珀の瞳。




「な、なんなんだ、あいつ・・・」
「おにい、ちゃん・・・アンバー・・・ごめん、なさい・・・」
「アンバー・・・?お、おい!穂野香!」




グウィウォォォォォウン・・・




「G」が天へ気高い咆哮を上げると共に勾玉の光は消え失せ、穂野香もまた弱々しく再びまぶたを閉じた。




『復活だ・・・!!眠り姫が目を覚まし、憎しい白虎が復活した!!あとは、我の封印を解くのみ!!その体、もうしばらく借りるぞ!!』




するとマインは常人離れした跳躍で山頂から飛び上がり、「G」の手に着地する。




「あっ、てめぇ!待ちやがれ!」
『ふはははは!!追えるものなら、追ってみるがいい!!さらばだ!!』




グウィウォォォォォウン・・・




「G」は両手を広げ、脇から雪原の風景にも似た、水色の皮膜を伸ばす。
そして台風に匹敵する程のおびただしい風を纏い、岩屋山を飛び立って行った。
隼薙達はアークの「G」で吹き荒れる猛風を制御し、飛ばされないようにするのに精一杯であり、まともに追跡出来る状態では無い。




『ぐっ・・・ここまで抑えるのが、限界か・・・!』
「んなろ・・・!」




暫し経ってようやく風は止み、隼薙達は一息付く間もなく空を見上げて「G」を探すが、既に「G」は空の彼方に消えていた。
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