本編









『ククク・・・!いいパノラマじゃないか・・・もうすぐそれをズタズタに出来ると思うと、ゾクゾクするなぁ・・・!!』
「う・・・あっ・・・!」




岩屋山の頂上近くに在る、逼割禅定(せりわりぜんじょう)。
弘法大師がこの地を訪れた際に修行の場として使ったとされる、霊験あらたかな場所であり、頂上に佇む白い石の祠には神仏習合の神・白山権現が祀られている。
その神聖な場に、標高800mの風景を見下ろしながら高笑いをするマインと、彼の力による干渉の影響で呻きを上げる、穂野香の姿があった。




『どうだ?自ら置いて来た体の前で苦痛を味わうのは?それもこれも、貴様の行動が原因だと言う事を存分に味わえ!!そうだ、貴様がこの娘の親も兄も殺したんだぁ!!』
「勝手に殺すんじゃねぇよ、ケダモノ野郎が。」




穂野香の胸元に手をかざし、「誰か」に向かって罵倒の言葉を飛ばすマインの元に現れたのは、数時間前に自分が始末したと思っていた存在だった。




『おぉ?貴様、生きていたのか・・・あそこで死んでいれば、妹が苦しむ様子を見ずに済んだものを!!』
「てめぇをぶっ飛ばすまでは、何度だって生き返ってやるよ!」
『そうか、それなら何度でも死んで貰おうか!!貴様が死ねば、「奴」が目覚めてくれるかもしれんしなぁ!!』
「何言ってるか分かんねぇけどな、いいから百発殴らせろや!!」




マインが指を鳴らすと同時に、隼薙は風を両手にまとわせ、マインに飛びかかった。
ここが山の頂上付近である都合上、まともな足場は無いのだが、それでもマインに接近する事を選んだ隼薙の思考はただ一つ・・・マインを殴る事だけだ。




『この場で下手に動くとは、愚かな!!』




マインは隼薙の拳を跳躍して避け、彼の背後へ器用に着地すると、両手から針を飛ばす。




『落ちろぉ!!』
「そうはいくか、よおっ!」




対して隼薙は風を自分の前に集め、針を左右へ受け流して行く。
制御役のアークがいないのでやや風の流れにムラがあるが、その風量は隼薙の意志の強さを示すかの如く、凄まじいものであった。




『中々強いな・・・だが、これはどうだぁ!?』




そう言うやマインは心底意地の悪い笑みを浮かべ、右手で隼薙を攻撃しながら左手を穂野香に向け、彼女目掛けて針を飛ばした。




「っ!穂野香っ!!」




風の壁を前へ押し出し、急いで穂野香を助けに行く隼薙。
すんでの所で穂野香を抱え、針から逃がす事に成功するも、その代償に左肩に数本、針を受けてしまった。




「ぐああっ!!」
「お・・・にぃちゃん・・・?」




苦痛に顔を歪める隼薙にマインの催眠が解け、目を覚ました穂野香が話しかける。
無論、これは隼薙が死ぬ様を穂野香に見せる為の、マインの意図的な行動である。




『ははははは!!面白いくらいに引っかかってくれて、感謝するぞ!貴様の妹への思いが、貴様を追い詰める・・・最高だなぁ!!』
「うるせぇぞ・・・悪趣味野郎が・・・!」
「っ!お兄ちゃん、それ・・・!」
「目を覚ましたんだな、穂野香・・・心配すんな、今度こそ俺がお前を守ってやるからな・・・」
「お兄、ちゃん・・・」
『別れの言葉は済んだか?ならばこの両手の傷の報いとして、白虎の生贄としてここで死ねぇ!!初之はやてぇぇぇぇ!!』




目的達成への喜びと隼薙への憎悪が入り混じる、最高潮の叫びを響かせてマインは隼薙を抹殺せんと、両手を向けた。




「だ、駄目・・・!」




絶対絶命の状況の中、隼薙の心に焦りや怯えは無く、彼は別の事を考えていた。




――・・・こういう時、あいつならなんて言う?
あいつなら、どうやって逆転しろって言う?




『・・・先手必勝。相手が動く前に相手の動きを封じる。戦闘における基礎だ・・・』




――・・・分かったぜ、アーク!




打開策を見つけた隼薙は、痛みに痙攣(けいれん)する左手を突き出し、何かを操るかのように勢い良く、左手を手前に動かす。




『何をしようと、無駄無駄・・・っ!?』




せせら笑い、マインは彼にとどめを刺そうとするが、その寸前で彼の攻撃は突如止まった。




『がはっ・・・!』




そう、彼の全身を複数の風の塊が襲い、ダメージの余り攻撃を中断したからだった。
この風の塊は全て隼薙の「G」によるものであり、追い詰められた隼薙が心の中で聴いた相棒の声を受けて繰り出した、今までアーク無しでは出来なかった多量の風の遠隔操作を成功させ、それを攻撃に応用した結果であった。




「器用な作業なら、力が入り過ぎねぇこっちの手の方がいいって、な!」




次に隼薙は右手で肩に刺さった針を抜き、右手に風を集めてマインに向けて飛ばし、血と針を巻き込んだ赤い突風を浴びせる。




『うおおっ・・・』




先程の攻撃で体勢を崩したマインに突風を避ける手段は無く、苦悶に顔を歪ませながら風を受け続ける。




『うぅぅっ・・・!』
「とにかく一発、くらっとけえやぁぁぁっ!!」




そして風が止まり、反撃に転じようとするマインの顔面を、隼薙は旋風をまとった右手の拳で目一杯殴り付けた。




『ぐおうがはあっ!!』




顔の形が変形しそうな程の一撃を受け、マインの体は宙を浮いてそのまま祠の前の岩肌に叩きつけられる。
もはやマインに出来るのは、血反吐を吐く事しか無い。






『まぁ!隼薙君ったら、いい右ストレートじゃない♪』
『お、お姉ちゃん、上はどうなってるのさ・・・』
『うーん、多分もう行って大丈夫じゃない?相手が動かなくなったし。』
『じゃ、じゃあ早く行ってよぉ・・・つかまってるの・・・もうきつぅい・・・』
『分かった分かった。あたし達も行くわよ。』




戦いが終わった事を確認したスピリーズ姉妹は頂上に上がり、座り込んだままの穂野香に近付いた。




『初めまして、初之穂野香ちゃん。』
「!?」
『そんなに驚かないで。あたし達はお兄さんの頼みを受けて、ここまでお兄さんを連れて来た運び屋よ。』
『そうだよ!わたしが連れ去られそうだったキミを見つけたから、はやてはここまで来れたんだからね~。あっ、そういえばはやては・・・』




自分の手柄を自慢げに穂野香に語りつつ、ラズリーが隼薙に目を向けると、彼は倒れるマインにゆっくりと歩み寄っている所だった。




『お~い!はやて~っ!大丈夫~?』
『やったわね、隼薙く・・・』
「・・・」




が、隼薙はラズリーの言葉も、穂野香の存在すら頭に無いのかのようにマインに歩み寄って行き、目の前で立ち止まって因縁の相手を見下す。
その表情は、「修羅」と呼ぶに相応しい程に険しいものであった。




『はやて、何だか怖いよぉ・・・』
『怒り心頭、って感じね・・・やり過ぎなきゃいいけど・・・』
「お兄、ちゃん・・・」




『・・・まだ我が憎いようだな、初之隼薙。』
「当たり前だろ・・・!てめぇは俺から、穂野香から色んなものを奪った・・・一発殴っただけで済むと思うんじゃねぇぞ。」
『なら、どうする?』
「千発ぶん殴りてぇとこだが、その前に聞きたい事がある。てめぇが俺達を襲った理由を教えろ。」
『言えんな。知った所で、貴様にどうにか出来る事でも無いのだからな。』
「百発殴られるだけで済みてぇなら、さっさと答えろ・・・!」
『我の口から言う気は無い。それとも、手も足も出ない程に痛め付けてみるか?』
「・・・そうかい。そんなにお望みならやってやるよ・・・!てめぇの体を、バラバラにしてやるっ!!」




すると隼薙は右手を上げ、掌を広げて風を集め始める。
その凄まじい風圧は独りでにアークの風車を回し、影響は穂野香達にも及んだ。




『わ、わぁ!帽子が飛んでっちゃう~!』
『大丈夫、ラズリー?それに穂野香ちゃんも。』
「は、はい・・・』




やがて風の中に幾つもの鋭い刃が生まれ、隼薙の右手には鎌鼬が出来上がっていた。
2年前はマインから穂野香を守らんと、とっさに出したものだったが、今は自分の確かな意志で鎌鼬を生成している。




『ちょ、ちょっとあれって、「かまいたち」!?』
『いけない、完全に頭が吹っ切れちゃってるわ!やめなさい!隼薙君!』
『そんなの当てたら、ほんとにバラバラになっちゃうよ~!!』
「・・・だ、駄目・・・!」




隼薙を静止しようと、必死に呼び掛けるスピリーズ姉妹。
だが、隼薙の耳に彼女達の声が届く事は無く、右手を掲げて鎌鼬をマインに見せ付ける。
彼の眼光は迷う事無く、マインに狙いを定めていた。




――そうだ・・・!その剥き出しになった負の感情を、存分に向けるがいい!
それもまた、白虎の眠りを覚ますのだ!!
その為ならば、こんな肉体などくれてやる!!




「お兄ちゃん・・・駄目っ・・・!」




「覚悟しやがれ、このやろ・・・!」
『・・・隼薙!憎しみに心を奪われるな!』
「!!」




「駄目っ・・・!いけません!隼薙!」




今まさに、隼薙が鎌鼬をマインに飛ばそうとしたその刹那、穂野香の叫びが風を切った。
我に返り、隼薙の理性が少しずつ取り戻されるのに合わせ、鎌鼬が消失して行く。
しかし、その右手は穂野香が叫ぶほんの少し前に止まっており、それをさせたのが隼薙の身近にいる「声」であった。




「穂野香・・・?それに、この声・・・」
『・・・鎌鼬は私の許可無く使うなと、あれ程言っていただろう。』




そう、機能不全が解消されて再び「もの言う風車」となった、アークの声である。




「お前・・・生きてんなら、紛らわしい事すんじゃねぇよ・・・!」
『崖から落ちたお前を助ける為、機能不全を覚悟して無理やり力を使った以上、仕方が無い。むしろまずは感謝して欲しい程だが・・・穂野香様は守ったようだな。』
「決まってんだろ・・・俺は、お兄ちゃんなんだからよ。」
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