本編









『到着だ・・・待ちわびたぞ、この時をぉ!!』




数時間後、愛媛県・久万高原市。
かつて初之兄妹が住んでいたこの町に、マインが侵入した。
未だ眠りに付き続ける、穂野香と共に。




『白虎・・・!千年の逃亡もこれで終わりだ!!その眠りを覚ます事によって!!』




不適に笑うマインの前には、岩屋寺へと繋がる石段があった。








しばらくして、岩屋寺の駐車場にスピリーズ姉妹のトラックが停車した。
エンジンを止めるや否や、3人が運転席から飛び出して来る。




『わあっ!お、押さないでよ!はやて!』
「仕方ねぇだろ!お前がトロいから・・・」
『また「おまえ」って言った~!』
『2人とも、喧嘩してる場合じゃないわよ!これからが試練なんでしょ、隼薙君?』
「あぁ・・・!心臓破りの、266の石段だ!」




彼らが目指す岩屋寺は岩屋山と言う山の上にあり、そこに行くには266段もの石段を上がって行かなければならない。
付近の土産物屋で杖を貸し出している程であり、岩屋寺が四国八十八ヶ所の内の一つなのもあってか、軽い気持ちで向かう者は少ない。
もっとも、初之兄妹はそんな岩屋寺で週に一回のペースで遊んでいたのだが。




『えぇ~っ!!こんなの上がれないよぉ~!!』
「じゃあ、トラックで留守番でもしてろ。」
『で、でも・・・置いてきぼりは・・・』
『ここまで来たら、最後まで見届けたいのよね?なんだかんだ言って。』
『だって、あんな話聞いたら気にならないわけないよぉ・・・』
『それはあたしも同じ。じゃあ、久しぶりにこんなのやりますか♪』




と、なにか閃いたラピスは困惑し続けるラズリーに近付いたかと思うと、彼女を人形を扱うように持ち上げ、屈んで背中に載せた。
所謂「おんぶ」の体勢である。




『へっ!?お、お姉ちゃん!?』
『ラズリーも連れて行きたいけど、時間が無いのも事実だし、ならこうするしかないじゃない?』
『う・・・うん。ちょっとはずかしいけど・・・ありがと、お姉ちゃん。』
『依頼が完了するのを、最後まで確認するのもあたし達のポリシーなの。さっ、行きましょ!』
「あ、あぁ!」


――・・・なんか、チビん頃によくああやって穂野香をおぶって、寺まで連れて行ってたの思い出しちまった・・・
何する気か知らねぇが、よりにもよって俺と穂野香の大事な場所に来やがって・・・!
とにかくぶっ飛ばしてやるから、顔洗って待ってやがれ!マイン!


『あら?立ち入り禁止って看板があるけど・・・どうする?』
「決まってんだろ。そんなハッタリに引っ掛かるかよ!」




拳を握り締め、隼薙はマインが土産物屋の従業員を洗脳して置かせた看板を蹴り飛ばすと、スピリーズ姉妹と共に石段を上がり始めた。
数段飛び越えながら走って上がる、まるでペース配分を考えない上がり方だが、隼薙の目に迷いは無い。




「ふぅ・・・」
『やっぱり、持つべきものは「ごーりきー」だねぇ。』
「ゴーリキー?カイリキーにでもする気か?それとも俺が好きな芸能人の・・・ってか、おんぶされてるだけのお前は黙ってろって。」
『んな~っ!』
『まぁまぁ。ハードな事をこなすには少々の余裕と怪力も必要よ?ほら、「まだまだじゃ、岩屋の坂と人生は」ってあそこに書いてあるし。』
「そう言うもんか?小さい時からこれ見て思ってたけどよ、坂上がりだけの人生なんて面白くねぇと思うけどな?」
『ちっちっち、そう言う事を言いたいんじゃ無いんだよ、この言葉は。やっぱり、キミに芸術の「たんせー」は無いみたいだねぇ。』
「だから、うるせぇぞ!」
『もう、隼薙君。その元気はボスとの対決まで温存しといた方がいいわよ?ラズリーもそれを言うなら「感性」だし、この依頼が終わったら久々にあたしと一緒にガンドコ式トレーニングをやる予定なんだから♪』
『え、えぇ~~~っ!!そんなの聞いてないよ~っ!!』




10分程して、3人は266の石段を登り終え、岩屋寺の境内にたどり着いた。
奥には大師堂や本堂が見え、付近には鐘楼と手水場がある。
しかし、看板の影響で観光客は全くおらず、境内は奇妙な静けさに包まれていた。




『はい、ラズリー。ショートカットはここまでよ。』
『ありがと!』
「はぁ・・・しっかし、あんたってほんとに何者だよ?人担いで上がってんのに、息も切らさねぇなんて・・・」
『うふふ、それはオンナのヒ・ミ・ツ♪』




一瞬休むや否や、3人は大師堂方面に向かう。
西洋の要素が散見される大師堂は国の重要文化財に指定されており、その横には本堂が、更にその背後には垂直に立つ巨大な岩壁があり、まるで本堂が岩壁から突き出して建っているように見えた。




「あの野郎、何処行きやがった・・・」




胸から下げた双眼鏡を使い、マインを探す隼薙。
スピリーズ姉妹は大師堂や本堂を探してみるが、既にマインによって感情を奪われ、力無くその場に倒れる僧達しかいなかった。




『こ、この人達、まさか・・・』
『隼薙君の両親みたいに、感情を奪われたんでしょうね・・・今日この寺にいただけなのに、酷い仕打ちだわ。』




――くそ・・・!この辺りにはいねぇみたいだな・・・だとすれば!




すると隼薙は突如納経所に行き、鍵を持ち出して大師堂の奥にある梯子を昇り始めた。




『あれ、どうしたの?隼薙君?』
「いくら探しても、あの野郎が境内にいる気配はなかった。なら、逼割禅定か奥の院しかねぇ!」
『せりわりぜんじょう?』
「修行に使う行場だ!ここへ行く道は、石段なんて目じゃねぇくらい厳しい道だ!俺が行くから、2人は待っててくれ!」
『そんなに凄い道なの?』
「ああ。鎖や梯子だけで岩の壁を昇る所もあるからな。体力のある物好きな客しか行かねぇよ。」
『ア、アクロバティック過ぎるよぉ・・・』
『でも、ここまで来たら「一蓮托生」じゃない?あたし達も行くわよ、ラズリー。』
『えぇっ!?』
『ちゃんと最後まで、見届けるんじゃないの?』
『わ・・・分かったよ!こうなったらどんと来い、だよ!』
『と、言うわけであたし達も着いていかせて貰うわね。』
「別にいいけど、置いてかれんなよ!」




隼薙の後を追ってスピリーズ姉妹も梯子を昇り、しばらく歩いた先にある木戸の扉を隼薙は鍵を使って開ける。
これより先、彼らの本当の苦行が始まった。
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