本編







「・・・っ、はっ!」




隼薙とアークが見つかってから1時間が経ち、トラックの後部座席で隼薙が目を覚ました。
崖から攻撃された後の記憶の無い隼薙は、自分がこうして生きている事に驚き、慌てて起き上がる。




「俺、生きてんのか?あの後・・・あっ!穂野香!・・・くっ、俺がいながら!アーク、お前は大丈夫か?おい・・・アーク?」




前後の記憶が繋がらない事に苦悩しつつ、アークに話しかけてみる隼薙。
だが、一時的に機能を停止しているアークは隼薙の問いに答えられなかった。




「アーク・・・まさか、お前・・・ちきしょう!結局、全部奪われちまった・・・約束したのに、守れなかった!こいつも、穂野香も・・・!」




無論、隼薙がアークの事情を知る由も無く、いつものように生意気な返事を返さない物言う風車を見た隼薙は、また一つ大切なものを失ったのだと解釈し、悲しみに耐えきれなくなった隼薙はうなだれて涙を流す。
マインの策に見事に騙され、穂野香とアークを同時に失い、遂に1人になってしまった。




「すまねぇ・・・俺、お兄ちゃん失格だ・・・アーク、親父、お袋・・・穂野香・・・!!」




そんな状況を作り出した己の無力さを嘆き、隼薙の嗚咽(おえつ)は数分に渡って続いた。




『・・・事情は分からないけどさ・・・あんなに泣かれたら、「もらいもの」しちゃいそうだよぉ・・・』




隼薙の涙が止まった頃、トラックのドアに腰掛けたラズリーが何故か両手で涙を拭っていた。
姉の手伝いが終わり、絵を書こうとトラックに戻った彼女は偶然にも隼薙の言葉を聞いてしまい、いけないと思いつつも、そのまま隼薙と一緒に「もらいもの」ではなく「もらいなき」していたのだった。




「あんな所にいたんだから、呪われた一族の関係者だとか、もしくは逃亡中の犯罪者だとか疑ってたけど・・・大変な思いしてたんだねぇ・・・」
「・・・ってか、ここ何処だよ・・・」
『えっ、わ、わあ~っ!』




と、ここで隼薙が鼻声でそう言いながら、トラックのドアを開けようとした。
ラズリーは今の今まで泣き所を聞いていたのがバレないように、急いでコンテナの辺りに移動する。




「外国の物とか何か書かれた紙とかが置いてあったけど、外人のトラックか?これ・・・」
『こ、こほん!それ、わたしのトラックだよっ!』




改めて自分がいたトラックに疑問を持つ隼薙の元へ、何事も無かったかのように近づいて行くラズリー。
しかし、外見に似合わぬラズリーの第一声に、隼薙はキョトンとした顔を向けた。




「・・・えっ?」
『だから、これわたしのトラック。お姉ちゃんと一緒に林で倒れたキミを見つけて、ここまで運んで来たんだよ?』
「・・・いやいや、お前迷子なんだろ?トラックの免許はまだ取れねぇぜ?」
『なっ・・・!し、失礼な!確かに免許持ってるのはお姉ちゃんだけど、これでもわたしは二十歳だよ!は・た・ち!!』
「は、二十歳!?こ、こんな子供みたいな癖に大人だなんて詐欺だろ!」
『きぃ~っ!せっかく助けてあげたのに、その態度は無いよ!さっきまでベソかいてたくせに!』
「な、なんでお前が知ってんだよ!あっ、まさかお前!よくも恥ずかしい瞬間を立ち聞き・・・」
『ラズリー?どうしたの~?』




顔を赤らめながら2人が口論する最中、依頼を終わらせたラピスがトラックに帰って来た。
ラズリーの様子については大体察しが付いているのか特に意に返さず、隼薙が起きている事に興味があるようだ。




「あれ、あんたは・・・」
『初めまして。フリー運送屋「RuRi」の社長のラピスです♪風使いの初之隼薙さんね。妹のラズリーからもう話は聞いたかしら?』
「お、おう。林で倒れた俺を助けてくれたって。」
『そっ。とりあえず、ラズリーが二十歳なのは本当だから安心して。』
「なら、納得。」
『ちょ、ちょっと!何でそれで納得するのさ!』
『そんな格好してるんだから、仕方ないでしょ。それはさておいて、どうしてあんな所で倒れていたのか、詳しく聞かせて貰えるかしら。』
「・・・もう隠してても意味ねぇし、助けて貰ったんならそれくらいの要求は飲むか。長くなるけどよ・・・」




隼薙は話した。
自分達の正体、経緯、出来事の全てを。
ラピスが普通なら有り得ないような話にも冷静な態度を崩さない一方で、ラズリーは感情移入したのか、何度も何度も目を潤ませていた。




『なるほど・・・それであんな所で倒れていたのね。』
『う、うっ・・・』
「お前、涙もろいのか?これでもう3回目くらいじゃねぇか?」
『う、うるさいっ!それにキミ、さっきから馴れ馴れしいよ!一歳年上なんだから、「れいけつ」を弁えて敬語を使いなよっ!』
『まぁまぁ、ラズリー。それを言うなら「礼節」だから。』
「とにかく、一緒に穂野香を探してくれ!今この間にも、あいつが何されてるか分からねぇんだ!」
『うーん・・・まだ四国にいると思うけど、それでもあてが全く無いのはね・・・それに、あたし達にも色々仕事があるし・・・』
『・・・あっ、岩屋寺って言ったらさっきそこに行きたがってた変な人がいたなぁ。』
「岩屋寺に?」
『そうそう。水色のワゴン車の中で眠ってる綺麗な女の子がいて、ここに来た時ぐらいにスケッチしてたんだよ。途中でその人が来たからスケッチは止めたけど、緑色の髪の外人で「早く岩屋寺へ・・・」って何度も何度もブツブツ言ってて・・・』
「おい、まさか・・・!お前、ちょっとそのスケッチ見せろ!」
『ひゃっ!わ、分かったよ!』




突然肩を掴んで来た隼薙に驚きつつ、ラズリーはスケッチブックをトラックから出して来ると、真ん中辺りを開けて隼薙に見せる。




「ま、間違いねぇ・・・」




そのページには、車の窓越しに深い眠りに付いた黒髪の少女が描かれており、睫毛(まつげ)がやや長いなどのアレンジはあるものの、少女は穂野香に酷似していた。




「これ、穂野香だ・・・!」
『う、うそ!?この娘が話に出てた、ほのかなの!?』
『多分、まさにこれから連れ去られて行く所だったのね。そんなに時間は経ってないし、穂野香ちゃんと犯人の行き先まで分かった。ラズリー、大手柄じゃない♪』
『い、いやぁ、わたしの才能にかかればこれくらい・・・』




「行方も分かったし、頼む!俺を岩屋寺まで連れて行ってくれ!時間がねぇんだ!」
『あたし達も協力したいのは山々よ。でも、あたし達にもこれから大事な仕事があるの。』
「・・・穂野香が連れ去られて、こいつが壊れちまったのは、全部俺のせいだ。俺が『風使い』だとか、あいつが襲って来ない事に油断して・・・だから、俺は結局穂野香を守れなかった。でも、俺はこんな所で諦めたくねぇんだ!惨めって言われてもいい、見苦しいって思われてもいい!俺は穂野香をもう一度取り戻す為なら、何だってしてやる!あいつとの約束を守る為なら、どんな罪だって受けてやる!だからよ・・・穂野香を、助けに行かせてくれ・・・!」




膝を付き、ラピスに向かって土下座をする隼薙。
たとえ親に対しても頭を下げる事の無かった隼薙だったが、彼の穂野香への思いが自然とそうさせたのだった。




『・・・ちょっとだけ、待って頂戴。』




するとラピスは携帯を取り出し、何者かに電話をかけ始めた。




『・・・あっ、もしもしおじ様?あたしです♪ごめんなさい、これから運ぶ予定だったお荷物、明日のお届けになるんですけど、よろしいですか?』
「!!」
『・・・そうなんです、幻の「G」であるツチノコをこんな場所で発見しまして!新潟か岡山か、その辺りに引き取って貰おうと思っているんですが・・・あっ、ありがとうございます♪明日は最優先でお届けしま~す!それでは!』


――お、お姉ちゃんったら超お得意様の依頼を先延ばしにしちゃったよぉ・・・
でも、お姉ちゃんの「おにぎりにんじょう」なら、当然の結果だねぇ。


「い、今の電話・・・」
『勿論、嘘よ。隼薙君と一緒に岩屋寺へ観光に行く為の、ね♪』
「えっ・・・って、事は・・・!」
『どれだけ本気なのかを見させて貰ったけど、もうあたし達にまで伝わって来る、あそこまで溢れる気持ちを見せられたら、断れるわけが無いわ。よって、今から最優先で隼薙君を岩屋寺まで運ぼうと思います。いいわね、ラズリー?』
『う、うん!わたしも、ちゃんとほのかをスケッチ出来てないんだもん、このまま未完成にするなんてみとめられないよ。』
『だ、そうよ?隼薙君。』
「す、すまねぇ・・・!本当にすまねぇ・・・!」




土に付けた手を振るわせ、感激の余り隼薙は涙声でラピスに感謝の言葉を呟く。
そんな彼の様子に姉妹は柔らかい笑みを浮かべ、ラピスは隼薙に近付くと、ハンカチを差し出した。




『ほら、男が泣いてちゃ駄目でしょ?』
「な・・・泣いてねぇ!これは、心の汗だ!」
『今どきそんな事言う人、アニメかドラマにしかいないって。ぷぷぷ。』
「う、うるせぇぞ、泣き虫の癖に!」
『なっ!キミってやつはまたそうやって!』
『うふふ。すっかり元に戻ったわね。そうと決まれば、早速行くわよ!』
「あぁ!」
『それにしてもお姉ちゃん、よくあんな無茶な変更を受け入れて貰ったねぇ?』
『あの人って「G」が大好き過ぎる人だから、それをネタにしたら大丈夫かなって。でも、ツチノコを持って行くとお金が貰えるのは本当みたいよ?』
『そうなんだ。ああ言うのって作り話か、それこそ見間違いって言うのが「ていせき」なのに、よくやるねぇ・・・』
『「定石(じょうせき)」ね、ラズリー。』


――・・・穂野香、今度こそ俺はお前を守ってみせる。
だから、待ってろ!




隼薙の再起への思いと、並々ならぬ決意を乗せ、「RuRi」は緊急特別依頼先である岩屋寺へと法定ギリギリスピードで向かって行った。
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