本編
『お姉ちゃん、そこの依頼書取って。』
『はいは~い♪』
その頃、林付近の道路を一台のトラックが走っていた。
青一色のコンテナ部分に、ゴシック体で大きく書かれた「RuRi」の文字が目に付くこのトラックに乗っているのは、2人の女性であった。
『次の依頼物は・・・あっ!いつも「うたがわしい」物ばっかり依頼して来る人じゃん!防衛省が使う道具かと思ったらナイフとか棒とか入ってたり、鑑賞植物かと思ったら「草体」とか言う変な草の欠片が入ってたり・・・一応ブレスレットらしいけど、本当に普通の物なのかどうか、疑問だね。』
まるで絵本の中に出て来る魔法使いのような、いびつな形をした帽子と薄紫色のワンピースを着た、依頼書の内容に疑問を投げかける長髪のこの女性の名は、ラズリー・T(ティエル)・スピリーズ。
中学生程度に見える容貌だが、彼女はれっきとした二十歳の女性である。
『それを言うなら「如何わしい」、でしょ?それにお得意様なんだから、そんな事言わないの。何でも、近々内密に発足される「G」専門の部署が使う道具らしいわ。使えば、あら不思議!「G」の力を抑制出来るって話よ。』
助手席に座るラズリーに対してユーモアを含めた返事を返しながらトラックを運転する、上は黒いタンクトップにバイオレットカラーのジャケットを羽織った、下は短めのデニムと言う露出度の高い格好をする短髪のこの女性は、ラピス・F(フォルス)・スピリーズ。
ラズリーの姉で、彼女達スピリーズ姉妹は6年前・2013年3月にフィンランドから出稼ぎの為に日本へ来た北欧人である。
そして、姉妹の仕事は依頼さえ受ければどんな物でも運ぶフリーの運送屋で、その名は2人の本名の由来になった美しい髪の色と同じ、青の宝石の名を冠す「RuRi(瑠璃)」。
一般人から政府の要人まで、多様な人々から大小様々な依頼を持ち込まれ、日は浅いながら確かな信頼と実績を持っている。
『まっ、そうだよねぇ。今の依頼も医療品を病院に持って行くだけだし、お姉ちゃんの神業運転なら楽勝。そんじょそこらの普通な依頼より、人には言えない「しげきっくす」な依頼の方が、インスピレーションが湧くかも・・・』
『ラズリー、それお菓子の名前よ?しかも悪い顔して・・・お客様は神様なんだから、それを忘れちゃ駄目よ?』
『はいのはい。それじゃあわたし、病院に着くまで絵書いてるから・・・あっ、お姉ちゃん!ちょっと車止めて~!』
『っ!』
スケッチブックに書く絵の参考にしようと、ふと窓の外に広がる林に目をやったラズリーは、そこで「何か」を見つけた。
慌てて彼女は林を指差しながら姉にトラックを止めるように言い、ラピスもブレーキの振動で後ろの荷台に傷が付かないよう、ゆっくりとだが確実にペダルを踏み、道路の途中でトラックは停止した。
『ラズリー、そんなに慌ててどうしたの?』
『は、林を見たら・・・あそこに人が倒れてたんだよ~!』
『人が?・・・あら、本当だわ。ラズリーってば相変わらず動体視力がいいわね・・・』
ラピスもまた妹が見た人影を発見すると、林の中に入って人影の元へと向かった。
画家志望のラズリーは、昔から動く風景からあらゆる物を見分ける動体視力を持っており、本人曰わく「天が与えた才能の牙」。
実際にこの動体視力を活用し、彼女は第一印象に似合わぬ躍動感溢れる絵画を多数描いており、各所のコンクールで高成績を残す「新世紀期待の新人」と言われているとか、いないとか。
ただ、彼女は今バイト扱いとして「RuRi」の仕事の手伝いをしており、中々コンクールに出品する機会が無いのが現状である。
『で、でも、よく考えたら死体かもしれないんだよねぇ・・・』
『なら、それこそあたし達があるべき所に運ばないとね。依頼されれば何でも運ぶ、依頼が無くても運べるものは運ぶ。それがポリシーでしょ?』
『で、でもさぁ・・・』
やや顔色を青くしつつ、姉の体を掴んで後ろに隠れながら恐る恐る着いて行くラズリーと、人影の状態や文字通り足を引っ張る妹にも全く動じる事なく、涼しい表情で目的地に向かうラピス。
そうして歩く内に、人影が倒れていた場所に辿り着いた。
『お・・・男!』
『酷い擦り傷ね。上の方から転げ落ちたのかしら・・・』
2人が見つけた人影、それは先程マインによって崖から落とされた隼薙であった。
意識こそ無いがまだ息はあり、数十mはある崖から落ちたにも関わらず、特に重傷も見られない。
彼が大事に至らなかった理由は偶然では無く、確固とした理由があった。
『隼薙、すまない!お前の風を、勝手ながら使わせて貰う!』
そう、隼薙が体にまとっていた風をアークが前方に集める事により、マインからの攻撃によるダメージを最小限に食い止めたのだ。
更にアークは周辺の空気の揺らぎ・・・隼薙の体を襲う風圧をも隼薙が起こした「風」として強引に集め、それを隼薙の体に再びまとわせて落下の衝撃を軽減した。
アークの咄嗟の判断と、最大限の努力によって、隼薙の命は救われたのだった。
『・・・急激に「G」を使い過ぎた・・・オーバーフローを回避する為に、一旦機能を停止しなければ・・・隼薙、穂野香様を、頼んだぞ・・・』
だが、その代償にアークは一時的な機能不全に陥り、物言う風車で無くなってしまった。
余程頑丈に出来ているのか、アークのボディ自体に傷は一つも付いていないものの、彼もまた意識不明に近い状態となっていた。
『・・・大丈夫、死んで無いわ。死体じゃなくて良かったじゃない。』
『でもさ、なんか風車付けてるし・・・』
『それは関係ないわよ。さっ、無事って分かったんなら、早く運ばないとね♪』
そう言うやラピスは隼薙の体を掴んだかと思うと、軽々と持ち上げて肩に置き、悠然とトラックへ引き返して行く。
幼少の頃からラピスは人並み外れた怪力を持っており、学生の頃からダンベルをボールのように扱っていた。
今やボディビルダー顔負けの筋力であり、華奢な体であるにも関わらず、何故こんな体質なのかは「G」によるものでは無い事以外、分かっていない。
無論、本人はこの怪力を生かす為に運送屋を始め、ダンボール4個を軽々と持って行く自分を見る奇異の眼差しに対しても笑顔で返す、この女傑ぶりこそが彼女の一番逞しい所かもしれない。
――こう、「ひゃっかんてき」に見ると、お姉ちゃんって色んな意味で常識外れだなぁ・・・