本編







治療開始から一週間。
今日はマインの誘いで、早朝から病院より少し離れた林の中に来ていた。
勿論、これもマイン曰わくは治療の一環である。




『人間もまた、自然の一部です。その自然・・・ネイチャーを体に感じる事は、心を解放する事にも繋がるのです。』
「けどよ、俺達もこんな所なら何度も入ってるぜ?」
『いえいえ、ここは私が知る中でもマイナスイオンが特に多いポイントです。それに、今まで貴方達が林や森に入ったのはあくまで狩猟や追手から逃れるのが目的でしょう?』
「まぁ、そうだな。」
『ですが、今回は治療を目的にして来ています。それだけでも結果は違って来るのです。要は気持ちの持ちよう、精神治療の基礎であり、最も大切な事なのです。』
「そう、なのか?穂野香?」
「・・・でも、ここは他の場所より、気分がいい気がする・・・」
「そっか。お前がそう言うのなら、正しいんだな。」
『空気感が良いのは事実だ。人の手が全く加えられていないからか、私達が泊まっている付近と比べても空気の汚染度が低く、とても澄んでいる。』
「こんだけ野良道続きな場所ならそれも納得だな・・・すぅ~っ、はぁ~。」




暫くして、一行は林が見下ろせる崖に到着した。




「おぉ、すげぇな~!」
『そうでしょう。ちょっとしたアウトドアの趣味があるのですが、その中でここを見つけました。この光景を見て、更に自然を感じて下さい。』
「・・・大きいね・・・」
「そうだな。」
『さて、ここで軽く治療を行いたいのですが、よろしいでしょうか?』
「は、はい・・・」
「効果があるんなら、その内にやっとかないとな!頼むぜ!」
『では、いきます・・・』




岩に座った穂野香の顔に手をかざし、マインは治療を始める。
が、それと同時に目を閉じる穂野香の様子が変わり始めていたのを、アークは感じていた。




――これは・・・拒絶?
穂野香様?


『隼薙、穂野香様の様子が変だと思わないか?』
「変って・・・催眠術をかけてるからだろ?まだ一週間だし、慣れてねぇんだって。」
『いや、違う。心を治療する筈なのに、穂野香様の心が乱れている気がするのだ・・・』
「そりゃ、あいつがフェミニストだからだろ?穂野香はそっち方面はガードが固いし、気を許した隙に・・・とか、無意識に思ってんじゃねぇか?」


――いや、そんなものでは無い!
何故気付かない、隼薙!
今の穂野香様の心は・・・!








『・・・ゼロム。』




マインが呟いた、何かの単語。
それを聞いた瞬間、穂野香の両目が見開かれたかと思うと、まぶたを閉じて深い眠りに付いてしまった。




「お、おい、完全に寝ちまったぞ、穂野香。こんな所で大丈夫なのか?」
『大丈夫です。一週間掛けて刷り込んだ暗示の言葉が効いただけですから。問題ありません・・・私にとっては!』




穂野香の頭を撫でながら、マインは不敵に笑ったかと思うと、左手を隼薙に目掛けて突き出す。




「うおあっ!」
『隼薙!』




マインが突き出したその手からは、手袋を破って幾本もの針が発射された。
どうにか隼薙は避ける事が出来たものの、バランスを崩して崖から落ち、右手でどうにか崖に掴まっている状況だ。
そんな隼薙にマインはゆっくりと迫り、隼薙はこの攻撃にある存在を思い出す。
そう、自分から平和な日々と思い出を奪って行った、あの存在を。




「も、もしかして・・・てめぇ!!」
『お察しの通り、私は貴方達がこの四国を舞台に逃げている存在そのものですよ。いつまでも追う側になっていては埒があきませんから、この職業を利用して待つ側になったと言う事です。そして、見事に引っかかってくれた!』
「てめぇ・・・よくも俺を、穂野香を騙しやがったなぁ!!」
『気付いていなかったのは貴方だけですよ、初之隼薙。初之穂野香は私が治療と称して心の中に干渉していた時、「あの存在」も含めて本能的に感ずいていたと思いますし、その機械も考察によって気付きかけていたようですしね。だから今日、人のいないこの場所で決行する事にしました。』
「ぐっ・・・!こんの野郎!!」
『お前の目的は何だ!何故隼薙と穂野香様に近付き、穂野香様に危害を加えようとする!』
『穂野香・・・と言うより、この娘の中にいる存在に用があるのですよ。そう、私が何百年もの間探し続けた、憎い憎い存在・・・!』
『穂野香様の中の存在?何百年・・・?』
「それが何だか知らねぇが、てめぇだけは俺が許さねぇ!今すぐぶっ飛ばして・・・ぐあっ!」




「敵」・・・マインに反撃しようと、左手を崖に掛けて上がろうとした隼薙だったが、それはマインの足によって阻止され、逆に崖に掴まる右手を踏み付けられてしまう。
隼薙の右手を痛め付けながら、彼を見下すマインの言動は、もはや彼らが知るものではなかった。




『隼薙!大丈夫か!』
「これくらい・・・があっ!」
『この状況でも威勢がいいなぁ!本当におめでたい奴だ!』
「黙れ!てめぇだけは、俺がぶっ飛ばすって言ってんだろ!」
『まぁいい。この手の傷の恨みもあるからなぁ、貴様にはここで死んで貰おうかぁ!!』




本性を露わにし、もはやクレイジーと化した口調でそう言うと、マインは隼薙の手を蹴り上げ、隼薙を崖から落とす。




「うっ、うわあああっ!」




しかし、これこそが隼薙の狙いだった。
崖から落ちたと同時に、隼薙は自身の「G」で風を起こし、アークを使ってクッションのように風を体にまとわせ、衝撃を無効化した。




「・・・よし!よくやったぜ、アーク!」
『全く、落ちた瞬間に作戦を伝えるなど、突発的にも程があるぞ。』
「そうでもしないと、あの野郎は騙せねぇからな!このまま着地して、あの野郎を不意打ちしてや・・・!」




が、隼薙の目に飛び込んで来たのは、真っ直ぐに自分目掛けて迫る、無数の針だった。




「ふ、ふざけん・・・」




落下の衝撃を防ぐ事しか考えていなかった隼薙に針をかわす余裕は無く、無情にも針は隼薙の体を直撃する。
そして隼薙は力無く、崖の下へと落ちて行ってしまった。




――ほ・・・ほの、か・・・!




『無駄無駄・・・!そんな凡策が分からないとでも思ったかぁ!貴様の最後は変わらないんだよ!ははははは!!』




崖の下に落ちた隼薙に向かってそう嘲笑し、2年前に隼薙に付けられた、両手の切り傷を晒しながらマインは未だ眠り続ける穂野香の体を持ち上げ、林を去って行った。




『「眠り姫」。ようやく貴様に会える時が来る、来る・・・!そう、1500年振りにな・・・!!』
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