本編









翌日、マインの病院にて穂野香の治療が始まった。
今2人がいる病室は穂野香が腰掛けているベッドがあるのみの、壁と言う壁全てが白で覆われた部屋であり、マイン曰わくは催眠治療に集中して貰う為の、患者専用の治療部屋らしい。




『それでは、治療は開始します。ベッドに横になって、リラックスして下さい。』
「はい・・・」
『目を閉じて・・・力を抜いて・・・意識を無にして・・・』




マインは左手をそっと穂野香の顔にかざし、言われるままに少しずつ、睡眠状態になって行く穂野香の意識を誘導する。




『さて・・・貴女の心を、私に見せて下さい。』






病院のホームでは、隼薙とアークが穂野香の帰りを待っていた。
勿論、隼薙の本心はいても立ってもいれない状態であり、テレビを見ながらどうにかこの耐え難い時間をやり過ごしている。
テレビでは今、国会討論の生中継が放送されていた。




『それでは、土井防衛大臣はあくまで、本年度の国家予算における「G」調査費用の削減をする気は無いと?』
『当然!まだまだ日本、いやグローバルな視点から見ても、「G」について半分も理解しているとは思えない!我々はもっと、もっと!「G」について知る必要がある!!』
『あんたの勝手なお遊びに、国家予算を使わせるわけにはいかない!』
『それにGnosisだか何だか知らないが、「G」調査組織の活動を今だ全て公表しないとは、どういう事だ!』
『国民の税金を、ひとりよがりな事で浪費させるな!』
『『『そうだ!そうだ!』』』
『私は、「G」を知る事をギブアップするつもりは無い!!不完全な情報など、無いも同然な情報!だから公開しないだけ!情報に踊らされ、「G」に対するギャップが更に広がる事など、防衛省の代表として耐えられない!!それに私も、「G」を調査する為の予算が国民からゲインした物である事は重々承知している。だが!だからこそ、私はこの予算が、はっきりと「G」の為だけに使われる予算である事を何度でも宣言するッ!!』
『開き直るのですか!土井防衛大臣!』
『では後で、私が「G」の調査活動に使う予算の内訳を、1日単位で全て公表しましょう。今後何か一つでも不自然な点があれば、糾弾なり訴訟なりすれば良い!私はあなた達と違って、守れない約束や予算繰りはしないッ!!』
『なに!』
『何をっ!』
『黙れ!』
『「G」があるこの世界で、「G」のガイド無しでの理想世界など有り得ない!!その為に「G」を知るGnosisやJ.G.R.Cがあり、「G」を保護するGraspがあり、「G」を律する特捜課がこれから発足されるのだ!!まさにグレイトッ!!』






「・・・あの大臣って、いつもハイテンションだよなぁ。疲れねぇのか?」
『かなり大柄な体をしている以上、肉体・体力の鍛錬をしているのだろう。それ以上に、ただ者では無さそうだが・・・』
「えっ、そうなのか?」
『・・・あの男に、見覚えがあるような・・・』






「それでは、今日も行って来ます!」
「いってきます・・・」
『『いってらっしゃい!』』




治療開始から3日。
今日も朝からマインの知り合いの家を出て、病院へと2人は向かっていた。
今のところ、穂野香に変化は見られないが、マインは改善の兆しが出ていると言う。




「さてと、帰ったら今日は何の手伝いをしよっかな!あっ、でも今日はちょっと俺の能力の披露で済ませて・・・」
『そんな事で能力を使うな。あくまでも追われる身である事を思い出せ。』
「分かってるっての!だからお前が来てから、1日も能力の訓練は欠かしてねぇだろ?」
「・・・」
「それにしても、ほんと『敵』の野郎も来ねぇよな。逆に来なさ過ぎて、何を企んでのか分かんねぇ。まぁ、今はとにかく穂野香の治療だな。」
『病院に来る者達の反応を見る限り、マイン殿の力は68%の信頼性がある。効果はある筈だ。』
「なぁ、穂野香。お前的にはどうなんだ?」
「・・・えっ?えっと、どうだろう・・・」
「この辺りは複雑だからな・・・とりあえず、マインさんに任せりゃ大丈夫そうだよな?」
「・・・その、お兄ちゃん・・・ほんとに・・・治療、続けないと駄目かな・・・」
『穂野香様?』
「どうしたんだ?そんな事を言うなんてよ。」
「そ・・・そう、『敵』の事も・・・あるし・・・」
「何言ってんだ?やっと元に戻れるかもしれねぇんだし、こんな機会はもう無いかもしれねぇんだぜ?今の穂野香が嫌いだなんて言いたいわけじゃねぇけど、自分の心が自由じゃないなんて、嫌だろ?」
「・・・うん・・・そう、だよね・・・」
「『敵』が怖いなら、心配すんな。いつも言ってるだろ?俺が絶対に守ってやる、って。だから、穂野香は安心して治療に専念してくれよ。」
「・・・分かった。ありがとう、お兄ちゃん・・・」


――・・・穂野香様の様子がおかしい。
一体、どうしたのだ?




何故か、先程から心此処に無い様子の穂野香。
隼薙は気付いていないが、アークは彼女の様子の異変に薄々感付いていた。




――・・・やっぱり、私の「心」、おかしくなって来てる・・・
マインさんの治療・・・受けてるのに・・・いや、おかしいと思ったのって・・・
ねぇ、「貴女」は・・・どう思う?




病院に到着し、隼薙は病室前の席に座って穂野香が出て来るのを今か今かと待つ。
まるで集中治療室に入った患者を待つ縁者のようなその光景は、隼薙の元々の知名度もあり、この病院に来る人にとってはすっかり恒例となっていた。




「お兄さん。そんなに心配しなくても、マイン先生なら安心ですよ。」
「い、いえ、気にしないで下さい。」
「まだ3日目ですけど、一週間経てば確実に効果が出ます。それまでの辛抱ですからね。」
「は、はい。」




緊張の余り、話し掛けて来た看護婦に固い言い方で返してしまう隼薙。
彼の様子にくすりと笑いながら、看護婦は受付へと戻って行き、作業をしながら今度は先輩看護婦と会話する。
サスペンスドラマの再放送が映っているテレビに特に興味が持てなかった隼薙は、ふと看護婦の話に耳を傾けてみた。




「そういえば、マイン先生って言えば4日前も休んでいましたよね。私が来たのって半年前ですけど、お休みが多いんですか?」
「確かにそうねぇ・・・ここ数年はよく休んでる気がするわ。それに、2年前からずっとあの手袋を外さないのも気になるわね。」
「えっ、そうなんですか?」
「特に怪我をしたって言うのは聞いて無いんだけど、夏でもはめてるくらいだから、何か理由があるんじゃないかしら。」
「そうですね・・・あっ、案外その手袋って催眠治療の効果を上げる作用があるとか?」
「そんな通販で売ってる怪しげな道具みたいなわけないじゃない。でも、あの手袋を付け始めた頃から休みが多くなって、治療の精度が上がったのは事実ね。」
「・・・修行、してるとか?」
「もう、あんたはマイン先生をどうしたいのよ。」




「・・・あの先生、案外サボリなんだな。それに手袋付けてパワーアップしたって言ってるし、多分「G」に手出してて、その副作用で催眠治療の腕を上げたんじゃねぇか?なぁ、アーク。」
『ふむ・・・「G」に対して博識である以上、「G」に関わっている可能性は否定出来ない。』
「やっぱそうだって。まっ、それなら穂野香の治療も安心かもしれねぇな・・・って、穂野香はいつ出て来んだよ!」
『まだ10分も経っていないぞ。』


――・・・しかし、2年前、「G」、手袋・・・
どうも気になるのは何故だ・・・?




アークの不安をよそに、隼薙は穂野香が1秒でも早く戻って来る事だけを気にしていた。
10/31ページ
スキ