本編
「じゃあ改めて、話してやるよ。穂野香の昔話をな。」
越知市。
何処か切なげに天井を見上げ、ようやく隼薙はアークに話し始めた。
「G」に奪われてしまった、あの日々を・・・
――今日病院で話したけどよ、俺と穂野香は元住職の親父と、何でもねぇ専業主婦なお袋との子供として産まれた。
親父は俺を自分みたいな坊主にしたかったみてぇで、数えきれねぇくらいお前は仏の道に云々って言われた。
けど、俺はそんな気は更々ねぇから、反抗ばかりしてた。
お袋も性格からか、俺にも親父にも何にも口出ししなかったな。
『こら、隼薙!また勝手に寺の仏像に触ったな!そんな事ばかりしていたら、仏様は助けてくれないぞ!』
『うるさい!そうやって仏様仏様って、おれは禿げになる気なんて無いからな!』
『ま、待ちなさい隼薙!・・・全く、どうしてあいつはこう聞き分けが無いんだ。』
『そう、ですね・・・』
――だから余計、穂野香が産まれた時にあいつの事が愛おしく思ったんだろうな。
赤ん坊の頃からずっと側にいたし、遊びにも連れてった。
まぁいつしか、あいつから連れて行かれるようになったんだけどよ。
『おにいちゃん!きょうもかぜさんとおはなししてみて!』
『おう!やってやるぜ!』
――いつの頃からか、俺は「風」を操れる事に気付いた。
小学生のチビの頃だから今に比べたら全然しょぼかったけどよ、それでも穂野香は毎日喜んでくれた。
俺もそれが嬉しくて、時間を作っては外に出て遊んで、あいつに風をあげ続けた。
そしたら、あいつが小学生の中学年になった時に・・・
『きゃっ!』
『ど、どうした穂野香! 転んで痛いのか!?』
『ち、違うの・・・火が・・・』
『火?』
『指鳴らしたら・・・指から火花が出たの・・・』
『・・・な、何だってぇ~!!』
――これはネットで見たから定かじゃねぇけど、「G」の力を受け続けた一般人が、自分も「G」の力が使えるようになったって話があったんだよ。
多分穂野香は巫子だから、それが本当なら余計にその影響が出たんだろうな。
もちろん俺は喜んだ。
風の能力なんて親に何度言っても信じてくれなかったけど、これは「G」じゃねぇとあり得ねぇし、何より俺と穂野香が同じ能力者になった、って事が嬉しかった。
『穂野香、また童話読んでんのか?お前って絶対アウトドア派なのに、インドアでもあるんだな。』
『いいでしょ、べつに!女の子はファンタジーがだいすきなんだから!』
『分かったって。からかって悪かったな。』
『じゃあ・・・このお話よんで。』
『俺が?』
『・・・だって、おにいちゃんが読んでくれるお話がすきなんだもん。』
『ったく、仕方ねぇなっと・・・それで、読んで欲しいのはどの話だ?卑弥呼様の話か?天照大神の話か?』
『「シタール弾きのカルナ」!』
『やっぱこれか・・・穂野香はカルナが大好きなんだな。』
『うん・・・カルナ、かっこいいもん。だいじにおもわれてる、ウシャスがうらやましいな。』
『俺はお前に思われてるカルナが羨ましいなぁ。ガジャ・ナーガみたいな奴なら良かったのによ。』
『だめよ!ガジャ・ナーガはわるいことするドラゴンじゃない!おにいちゃんならわかってるでしょ!』
『冗談だって。それじゃあ読むぞ。』
『もう・・・おにいちゃんったら。』
『「むかしむかし、スーリヤという国に、カルナという男がいました。彼は・・・」』
――そうやって、俺達はずっと楽しい日々を過ごして来た。
でも、終わりは突然やって来た。
2010年の最初に、南極で「G」が見つかって、それからすぐ穂野香は倒れた。
俺達が何をしても苦しそうにしてて、元気の証だったあいつの体はどんどん痩せ細って、まともに会話も出来ないくらいになった。
だから俺は勾玉と一緒に穂野香を連れて、岩屋寺の奥の奥にある祠に行った。
そこには白山権現・・・だったっけな?とりあえず有難い神様を祀ってて、俺は神様にすがり続けた。
『はぁ・・・は、ぁっ・・・』
『待ってろ・・・穂野香・・・お前は絶対、絶対助けてやる!
お願いだ!神様!穂野香の事を助けてくれ!
穂野香はいい子なんだ!
穂野香はこんな事になっていい子じゃ無いんだ!
穂野香は・・・穂野香には、ずっと側にいて欲しいなんだ!
この宝具も差し出す!俺が悪い奴って言うなら、いい奴になる!
俺のこの力が・・・いや、命が欲しいなら・・・くれてやる!
穂野香が助かるのなら、何でもするから!
だから、穂野香を元気にしてくれ!
穂野香を、穂野香を元に戻して下さい・・・!!』
――そうやって叫んでる内に、穂野香に持たしてた勾玉に変化が起こった。
勾玉が白く光ったかと思うと、穂野香が宝具の中に消えちまったんだ。
何が起こったのか分からなくて呆然としてたら、暫くして穂野香が同じようにして返って来た。
『・・・』
『ほ・・・穂野香!!体は大丈夫なのか!具合はどうだ!?』
『・・・だい・・・じょう・・・ぶ・・・』
『ほの・・・か?』
――その時に、穂野香は体が大丈夫になった代わりに、心を失った。
穂野香は帰って来たけど、穂野香の姿をした別人みたいな、俺にとっちゃそんな感覚だった。
だから俺は、勝手に穂野香を含めて全部拒絶して、自分の部屋で穂野香との思い出に引きこもってた。
そしたら・・・
『・・・』
『な・・・何だよ・・・お前はどうせ穂野香じゃねぇんだろ・・・なら、どっか行けよ・・・親父とお袋の方が、俺なんかより全然頼りになるからよ・・・』
『・・・』
『だから・・・入ってくんなよ・・・俺と穂野香の、世界に・・・』
『・・・』
『・・・早く出て行けよ・・・早く出て行けって・・・出てけって言ってんだろ!』
『!!』
『・・・すまねぇ・・・けど、やっぱり俺には、穂野香がいねぇと・・・』
『・・・ん。』
『!?』
『お・・・にい・・・ちゃん。』
『・・・えっ?』
『おにい・・・ちゃん。お・・・はなし・・・よん・・・で?』
『今・・・なんて・・・?』
『お・・・にいちゃ・・・ん・・・だい・・・すき・・・だから・・・』
『・・・!』
『ご・・・めん・・・ね・・・わたし・・・』
『・・・ほ、穂野香ぁっ!!』
『お、にい・・・ちゃ、くるし・・・』
『分かったから・・・俺、もう分かったから!ごめんな、ごめんな穂野香!もう、お前を寂しくさせねぇ!俺がお前を絶対守るから!俺がずっと、死ぬまで一緒にいるから・・・!』
『・・・あ・・・りが、と・・・おにい、ちゃん・・・』