本編







一方、高速道路を走る水色のワゴン車の中に、隼薙と穂野香がいた。
無論、このワゴン車がマインの車であり、2人は後部座席に座っている。




「そういや、あんたってやけに日本語が上手いけどよ、どれくらい日本にいるんだ?」
『8年くらい・・・でしょうか。日本の文化に興味を持ったのがきっかけでして、一年程バイトで働き詰めて資金を貯めて、すぐに。』
「ふーん・・・あっ、あと精神治療をしてるって聞いたけど、どうやってやるんだ?」
『私は催眠療法を使っています。人の深層意識に働きかけ、少しずつ治療を行う・・・と言った感じです。ですが、映画でよくあるような人を操るレベルではありません。私は、心の病を克服するお手伝いをさせて貰っている程度だと思っています。自力で克服してこそ、完治したと言えるのですから。』
「へぇー・・・」


――・・・ってか、「レベル」の発音が半端ねぇくらい凄かったな。
流石は外国人・・・


『それに、こんなにお美しい方が困っているのに野放しになんて出来ませんよ。可憐な顔立ちにしなやかなスタイル、そして彫刻のように綺麗で整ったおみ足・・・』
「なっ!?」
「・・・!」




マインの目が自分に向いているのに気付いた穂野香は、少し顔を赤らめながら足を両手で隠した。
しかしながら、本人以上に慌てていたのは隼薙であったが。




「なっ、なに人の妹を、そんな目で観察してやがんだ!ほ、穂野香は絶対渡さねぇからな!」
『ははっ!ちょっとしたジョークですよ。ただ、穂野香さんがお美しいのは事実ですけれど、ね。』
「あ、当たり前だ!穂野香は世界の誰より可愛いんだからな!」
「お兄ちゃん・・・もう。」
『失礼する。マイン殿、ちょっと質問してもいいか?』
「お、おい!お前もいきなり喋んな!マインさんがびっくりするだろ!」
『いえいえ、私は大丈夫です。それで、質問とはなんですか?』
『何故、私の声を聞いて驚かない。「G」が存在する世界とは言え、まだ私は異質な存在の筈だ。』
『そのお答えですが、珍しいと思いながらも貴方が「G」だと思ったから、ですよ。私は「G」について結構興味が深いもので。「G」は自然発生だけではなく、それによってもたらされた技術を使ったオーバーテクノロジーが存在しても、何の不思議も無いですよ。7年前の北朝鮮・韓国ではガンヘッド、2年前にはこの日本でエアロ・ボットが出動していましたし。』
『エアロ・ボット・・・』
『ただガンヘッドは今だ実用化に至らず、エアロ・ボットは暴走。爾落人か能力者以外の人間が「G」を扱うのは、もう少し先の話のようですが。』
『・・・当然だ。あんな兵器同然の物を、人間が扱ってはいけない。絶対にだ。』
「アーク・・・?」




マインの話を聞き、いつにもなく真剣な声つきでそう返すアーク。
使い手の隼薙、穂野香にすらもアークは出生の詳細を機密にしていたのだが、アークが「G」に対してただ事では無い思いを持っているのを、初之兄妹はアークの言葉から悟った。




「・・・んまぁ、漫画とかアニメでこういう発展の先に待ってんのは、人類壊滅って言うオチだしな。」
「・・・アトランティスとかも・・・」
『あっ、アトランティスと言えば、残りの四神は何処に眠っているのでしょうね?』
「四神って、確か・・・ガメラ、だよな?」
『それは主に子供達やネットでの呼称。正しくは「玄武」だ。』
「あと、2年前には朱雀・・・ギャオスも、現れたよね。」
『その通りです。残るは東方守護の青龍と、西方守護の白虎。ここまで現れた以上は、残る四神も見てみたいですよね。』
「確かにな~。四神ってくらいだから、きっとかっこいいぜ。」




その後、彼らの話はいつの間にか世間話へと移行して行った。










夕方、越知町に到着した隼薙と穂野香は、マインの診療所「SIN(シン)」の待合席に座っていた。
昼過ぎに到着した2人は診察の準備もあり、マインの知り合いの家に泊めて貰っていた。
勿論、その家でも隼薙は熱烈な歓迎を受けたのだが。




「しっかし、さっき食った昼飯は美味かったよな~。新婚夫婦なのに揃っていい人だったし・・・なぁ、穂野香。」
「そう・・・だね。」
「これで追われる身じゃなきゃ、観光気分で四国中の町を回れるんだけどなぁ。」
『愚か者。観光気分ではいつか追手に捕まるぞ。』
「うるせぇ!ってか、お前は人前で喋んな!」




と、そこに次の入室を促すアナウンスが聞こえて来た。




『初之隼薙様、初之穂野香様。診察室にどうぞ。』
「おっ、やっと俺達か。行くぞ。」
「うん・・・」




一旦口論を中止し、2人は診察室に入る。
室内には、白衣を着たマインが椅子に座って待っていた。




『どうも、この姿でお会いするのは初めてですね。』
「あんた、ほんとに医師なんだな・・・」
『ははっ、これで実感して頂きましたか。では、診断の前に多少聞きたい事があります。その為に、隼薙さんにも入って頂きましたし。』
「問診、ってやつか?」
『それもですが、私が一番聞きたいのは穂野香さんがいつ、何処でどうなってこの状態になったかです。原因と思われる事があれば、全ておっしゃって下さい。』
「そう、だな・・・」




やや苦い表情をしつつ、隼薙は頭の中にある過去の出来事を思い出そうとする。




『辛いのでしたら、無理に話して頂く必要はありません。また、明日にも・・・』
「いや、やっぱ話す。穂野香が元に戻るんなら、何だって・・・」
「お兄ちゃん・・・」
『穂野香様の昔話か。私も聞かせて貰うとしよう。』
『では、お聞かせ下さい。』




マインは机に置いてあった鉛筆を手に取り、B4の白紙に筆先を添える。
そして一呼吸置き、隼薙が口を開いた。




「・・・見りゃ分かると思うけど、穂野香は昔はああいう女の子じゃなかった。いつも俺の手を引っ張って、外に遊びに行くような、『元気印』って言葉が似合うやつだったんだ。」
『穂野香様は、活発なお方だったのか・・・!?』
「あぁ。けど、それが変わったのが9年くらい前。ちょうど『G』が見つかった時だった。突然あいつが立てなくなるくらいに衰弱して、見るのも辛いくらいな顔をして、医者に何度診せても分からなかった。その間にも穂野香は日に日に弱って行って・・・だからある日、俺は『神様』の所に行った。」
『神様?』




隼薙の話を紙に記しながら、マインは隼薙に問う。




「親父が昔岩屋寺って所の住職をやってて、近くに実家があったんで、よくその寺に行ってたんだ。そこの奥の祠には寺の神様が祀ってあって、寺の本堂にはその神様が使ってたって話のある宝具・・・今穂野香が付けてる勾玉が置いてあって、それを持って祠に行ったんだ。原因も分からず仕舞いのまま、苦しんでる穂野香の姿が耐えられなくなって、もう神様にすがるしか無くってよ・・・」
『それで、結果は?』
「その結果が、今の穂野香だ。何度も祈ってる内に勾玉が突然強く光ってよ、気付いたらあいつは元通りになってた・・・心以外は。別人って言うか、ほんとに心が抜けたみたいな感じになった。今はまだましになったけど、治ってしばらくは抜け殻みたいな人間になっちまってた・・・」
『「G」の出現と同時に起こる体調異常に、勾玉・・・やはり、穂野香様は巫子だったのか。』
『巫子って、「G」を体に宿せる体質を持つ人々の総称ですよね?この事件と穂野香さんに、何か関係が?』
『私のデータベースの中に、これと同じ事例が入っている。この事例は四神の巫子にのみ起こる特別な事例、巫子の体が爾落人に限りなく近い体へと変質して行く影響を受けた、一種の拒絶反応の事例と酷似している。』
「じゃあ・・・穂野香は巫子、しかも巫子の中の巫子だったって言うのか、アーク?」
『そうだ。しかし、精神まで喪失した例は未だに無い。それが気掛かりだが・・・』




彼らの会話を聞き、穂野香は無言で胸に両手を置いて、不安げな表情をする。
それは今の自分の状態に心辺りがあるからこその表情にも見えた。




「んっ?どうした、穂野香?」
「・・・うぅん、何でもない・・・」
『・・・』
「俺の話を聞いて、あの時の事を思い出したのか?そうだよな、あの時一番辛かったのは、お前だったよな・・・」
「・・・大丈夫、だから・・・」
『・・・まだ確かで無いにしろ、精神疾患の原因に「G」が関わっているのは分かりました。「G」にどれだけ抗えるかは分かりませんが、手段は尽くします。』
「ほ、本当か!?」
『はい。折角ここまで来て下さったのですから、出来る所まではやりますよ。それに私も、穂野香さんの可憐な笑顔を早く見たいですので。』
「ったく、その調子は相変わらずかよ・・・けど、ほんとにありがとうな。」
『いえいえ。とりあえず今日は時間も遅いですし、明日から治療を開始しましょう。なので今日はお帰り下さい。』
「あぁ。穂野香の事、明日から頼んだぜ。」
「・・・ありがとう、ございます・・・」




席を立ち、隼薙と穂野香はマインに一礼すると、部屋を出て行った。










その夜、マインの知り合いの家で楽しい時間を過ごした2人は、居間に敷かれた布団の中にいた。
勿論、2人は別々の布団で寝ている。




「・・・寝れねぇなぁ・・・」




月明かりに照らされながら、静かに寝息を立てて眠る穂野香と、その様子を見つめる隼薙。
愛おしそうに妹を見る兄の目は、とても柔らかいものであった。




『どうした、早く寝ないと2時間の寝不足になるぞ。』
「お、お前はだからいきなり喋んな!穂野香が起きるだろうが!ボリューム落とせ、ボリュームを!」




穂野香を起こさないよう、籠った声で隼薙はアークに怒鳴る。




『・・・それで、どうして眠れないのだ?』
「・・・やっと、穂野香が元に戻ってくれるって思ったら・・・眠れるわけねぇよ。」
『そういえば、穂野香様は昔は快活な人物と聞いたが・・・詳細をまだ聞いていなかったな。』
「お前も知りてぇか?今や俺だけが知る、本当の穂野香の姿。」
『・・・当然。』
「いつもならお断りだって言うけどよ、今回は特別に教えてやろうかな。耳の穴かっぽじって、良く聞けよ。」
『私に耳は無いぞ。』
「お前ってほんと、そうやって余計な事しか言わねぇよな!じゃあその前に、お前の昔話でもしてみやがれ!」
『断る。』
「ほんと、お前っていっつもそうだよな!ここまでつるんでるんだから、一つくらい思い出話してもいいだろうがよ!」
『ボリュームを下げろ。穂野香様や家の者が起きてしまう。』
「っ、たく・・・ならよ、お前を俺に渡したあの風来女の話くらいはいいんじゃねぇか?あの女がお前を作ったんだろ?」
『肯定する。しかし、詳細を話す事は出来ない。』
「お、お前はこの後に及んで・・・!」
『交換条件だ。穂野香様の昔の事を話して貰う。その代わりに、私もあの方の事を出来る範囲で話そう。』
「・・・分かったよ。その代わり、絶対だからな?」
『勿論。約束は破らん。』




互いに納得の行く約束を取り付け、隼薙はやや疲れ気味なため息を吐く。
一方でアークは風も無いのにくるりと一回、風車を回して小さく呟いた。




『・・・あの方は今、どうしているのだろう・・・』
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