本編


倒れた春野に一同は慌てて駆け寄る。警察に大口を叩いた割には気を失ったのだろうか。


「早く逮捕しましょう。」


いち早く春野に歩み寄った綾。だが彼女は自分のスーツから手錠を探り当てるのに手間取る。さらに慣れない手つきで倒れたままの春野に手錠をかけようとしていた。


「待ってください。」


この異様な光景に疑問を感じた凌は綾の手首を掴む。


「…え?」
「逮捕令状も無しで現行犯でもないのに手錠はかけられませんよ。」
「え?…えぇ、そうだったわね。」


何かがおかしい。綾の異変をいち早く察知した凌は彼女の手首を離すと、仕掛けた。


「容疑者に何かあれば俺達の責任問題です。早く医者を呼んでください。美咲さん。」
「えぇ、そうしましょう。」


綾がそう答えた瞬間、凌と一樹は確信した。こいつは綾ではない、と。
さらに綾の姿を借りた誰かは、スーツのポケットから携帯電話を探すのに手間取っていた。


「お前、春野だな。」
「…何を言っているの?」


綾はポケットを探りながら、半笑いで問い返す。


「この女性(ひと)の名前は美咲ではない。」
「……なんだ、意外とバレるの早かったなぁ。」
「念のために聞く。お前の能力は何だ?」
「…憑依。」


綾=春野は凌の耳元で自慢げに答える。綾の姿と声で凌を弄ぶかの様に。


「…綾さんから離れろ。」
「この人の名前、綾って言うのか。」
「……(チッ)」


凌は冷静さを欠き、迂闊にも綾の名を春野に口走ってしまった自分を呪う。
一方伊吹は綾=春野を逃すまいと、出入口に鍵をかけて立ちはだかった。


綾=春野はスーツの内側にマウントされている事を探り当てていた小銃を手に取ると、凌に向けて威嚇しながら間合いを取った。
誰もが綾=春野に警戒し身構える。


「君達はこの女刑事に射殺されて、女刑事も自害する。こんな筋書きはどうかな?」
「貴様ぁ!」


凌も小銃をスーツの内側のホルスターから小銃を引き抜いて綾=春野に向けるがその手は震えていた。
綾=春野は憑依している限り安全だと悟り邪悪な笑みを浮かべる。


「あなたに私を撃てるかしら?」
「!」


綾=春野は女性の口調で喋り凌を揺さ振る。さらにその効果は絶大だと見るからに分かった。


「……」
「さようなら。名前すら知らない刑事さん?」


そして綾=春野は引金を引く。これにより弾丸が薬室から押し出され、銃身内の溝により錐揉み回転しながら銃口から飛び出す………ことはなく、いつまで経っても弾丸は発射されなかった。


「え?」
「!」


凌は我を取り戻し綾=春野が戸惑う隙に一気に距離を詰めると小銃を払い落とし、抵抗があったが割り切って取り押さえた。
続いて伊吹は払い落とされた小銃を拾って凌の代わりに綾=春野に手錠をかける。


「さて春野、元の身体に戻ってもらうぞ。」
「え? ちょっと…何これ?」


綾=春野の口調が変わった。いや、春野から解放された綾が自我を取り戻したのだ。
しかし覚醒して早々、手錠をかけられた自分の状況に戸惑う。


「とぼけるな!」
「伊原さん! 今は綾さん本人です!」
「何? つか俺は伊原じゃない。お前こそ本当に西條か?」
「違います。じゃあ春野は…」


綾に伊吹と凌は、残された一樹に疑惑の視線を向ける。


「無駄だよ。」


凌らに小銃を向ける一樹。今度は事態を傍観していた一樹に春野は憑依したのだ。


「さっき撃てなかったのは驚いた。安全装置とかを外すのを忘れていたよ。次こそ死んでもらう。って、この身体は綾より動きづらいな。文系なのか?」


状況が中々好転しない刑事達に焦りが見え始める。伊吹は2人へ一樹=春野に聞こえない程度に囁いた。


「…お前ら、これから俺が仕掛ける。止めるなよ。」
「……何をする気です?」


3人の密談を余所に、一樹=春野は小銃の安全装置を解除した。


「何をしようと無駄。僕は憑依を繰り返して逃げ続ける。君達は僕を…逮捕する事はできないんだ!」
「そうか。貴様は今、憑依を繰り返すと言ったな。ならばお前の身体はもう必要ない、だろ?」


伊吹は小銃を春野の身体に向ける。一瞬、一樹=春野は顔色が変わった。


「やめろ!………ククク…」


最初はうろたえた一樹=春野だが、何かを思い付き再び邪悪な笑みを浮かべた。


「…下手な脅しは止めた方が良い。銃の発砲には厳しい制限がある、でしょう?」
「確かに。だが銃はな、発砲しなくても使い道があるんだよ!」


伊吹は社会の秩序を守る警察官らしからぬ言動から、小銃の銃身を掴むとグリップで春野の身体の右腕を殴った。
刹那、一樹=春野が悲鳴をあげて右手の小銃を手放した。


それを見た凌は一樹=春野に走り寄り床に落ちている小銃を手の届かない場所まで蹴り飛ばし、手錠をかけられたままの綾が回収した。
その間にも伊吹は春野の身体を小銃で殴り続け、一樹=春野は苦痛でのたうちまわっていた。


「次はお前の身体を撃っていくぞ。一カ所ずつな。」
「だから…規則が……ぐはっ…」
「規則なんてクソくらえだ! 俺はホシさえ検挙できれば免職をくらっても後悔せんぞ!」


伊吹は気迫を伴いつつ小銃の安全装置を解除して引金に指をかけた。


「10秒間待ってやる。その間に元の身体に戻れ。死ぬかどうかは…お前次第だ。」
「……」
「1…2…3…4…」
「……伊吹さん!」
「5…6…7…8…」
「…伊吹さん、止めてください!」
「9…」
「撃たないでくれ! 元の身体に戻るから…助けてくれ……」
「早くしろ!」


一樹が自我を取り戻すのと春野の身体が目覚めたのは同時だった。
春野の精神が元の身体に戻ったのを確認した凌は、正真正銘の春野に能力封じのブレスレットをはめ、後ろ手に手錠をかけた。


「さて、一段落ついた所で手錠を外してもらえるかしら?」
「あ…はい。」


綾は手首にかけられた手錠を凌にアピールし、凌は気まずそうに手錠を外した。
この間、凌は綾と目を合わそうとしなかった。いや、合わせられなかった。


「春野新、午後0時59分、公務執行妨害で現行犯逮捕だ。」
「別件逮捕、か。」
「そんな所だ。お前をみっちり取り調べて井上殺害を吐かせてやるよ。」
「ククク……何を言っているんです伊吹さん。僕は何もしていない。僕が「G」の力で君達の公務を妨害した証拠はないんだ。」
「……」
「このまま殺人と公務執行妨害で刑事裁判になっても法廷で覆してやる。覚えていろ!」
「……」
「ククク……証拠がない。そうなんだろ?」


伊吹は黙ってポケットからボイスレコーダーを取り出す。刹那、春野の顔色が宣戦布告から敗北に変わる。
伊吹はトドメに音声を再生した。


『ククク……僕に目をつけていたって事は、能力者である事もお見通し、か。』
『…今の言葉、自供と解釈しても良いな?』
『……そうさ、僕の能力で井上殺害を葛城に実行させた。』


春野は完全なる敗北を悟り、力なく膝をついた。


「声紋照合して一致すれば確実だ。犯人しか知り得ない情報を口走った以上、言い逃れは出来んぞ。お前こそ覚悟しろ。」
「……」


春野は抜け殻の様に動かなくなる。


「…伊吹さん。」
「あぁ、連れてけ。文句は言わん。」
「ありがとうございます。」


春野は凌と一樹によって一足先に覆面パトカーに乗せられた。
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