本編


翌日、特捜課。


「先日君達が倒した「G」は、諸星弾と言う謎の能力者が倒した事にしておいた。」
「分かりました。」


3日前の深夜、特捜課の3人はアトラーと言う「G」を駆逐していたのだった。ツルクに続く2度目の「G」との戦闘であった。


今回の様な「G」駆逐絡みの報告書は倉島の手によりつじつまが合うよう脚色して作成している。
これは報告書を提出する際に、東條凌、二階堂綾、宮代一樹の能力が警視庁上層部に知られるのは良くないと判断した彼の配慮によるものだ。


勿論、4ヶ月前にツルクを倒した時の報告書も諸星弾という能力者が突如介入し倒した事になっている。
言わば「諸星弾」とは、特捜課がでっちあげたダミー人物だ。


「じゃあ二階堂君、この報告書を福島管理官に提出してきてくれ。」
「はい。」


倉島は暇を持て余していたであろう綾に報告書を手渡すと、彼女は部屋を出た。
それを何食わぬ顔で見届けた一樹はパソコンに向かい合い、凌は傍らでディスプレイを覗き込んだ。


「それで、君達は二階堂君の居ない間に何をしようと企んでいるのかね?」


倉島は普段の温厚さからは想像もできないような威圧的な目つきで凌と一樹を見据えた。


「…調べるんです。先月のエジプトで事を。」
「調べる……ハッキングかな?」
「はい。警視庁に真実が下りてこない以上、自分達で調べるしか…」
「真実って、あれは石垣三十郎っていう旅人と謎のロボットが解決した。それとJ.G.R.C.の麻美社長とその娘が行方不明になったと公式発表されただろう。」
「…俺らはその旅人を何らかの爾落人か能力者だと睨んでいます。」
「ほぉ…」
「それに加えその石垣三十郎って旅人はあの北朝鮮での革命に関与していた三十郎と同一人物と見ています。」
「…面白い。」
「え?」
「へ?」


さっきの威圧感を微塵も感じさせない、いつもの温厚さを取り戻した倉島に二人はまた戸惑う。


「じゃあ、私は君達の行為を一切知らなかったという事で頼む。それと何か分かったら教えてくれ。」
「…はい。」
「じゃあくれぐれもバレないように、特に二階堂君には。彼女は違法行為に口煩さそうだから。私は席を外そう。」
「助かります。」


倉島は上機嫌で退室した。
上司の黙認という大義名分を得た凌と一樹は気を取り直しパソコンと向き合った。


「さて、エジプトの真実を知ってそうな組織と言えばJ.G.R.C.かGnosisくらいだな。他にありそうか?」
「俺はJ.G.R.C.しか知らない。Gnosisって何だ?」


聞き慣れない組織名に凌の頭の上には?マークが浮かぶ。


「簡単に言えば「G」関連の国家機密組織さ。詳しい活動内容は分からないが、国内での巨大生物同士の戦闘に何らかの形で関わっているんだ。で、そのメンバーの中にかなりの美人が居たんだよ。」
「美人?」
「そう、誰もがつい振り向いてしまう美貌さ。」


一樹は目的を忘れ、国家機密な筈のGnosisメンバーの顔写真をディスプレイに呼び出す。早速脱線した一樹を、凌は呆れながらも止めなかった。


「これだこの人だ。」


一樹は画面をスクロールさせながら目当ての人物を探し当てる。途中、同じ顔をした男性の写真が連続で確認できた事から凌にとってはそっちの方が気になった。


そんな事を露知らず一樹は目的の女性の顔写真を拡大させて表示させた。
その「美人」の女性とは、頭のラインに沿って整えられたショートヘアーで黒髪の女性だった。


「…確かに美人だな。光…蛍?」
「この女性(ひと)は気さくな人物だな。」
「会ってもないのに何故分かる?」
「オレは女に関しては『視て』『解る』。そう、視解の力が宿って―――」
「お前の冗談に付き合う暇はない。」
「へいへい…」
「それで、この人は誰なの?」
「だから、Gnosisのメンバーで副隊ちょ…」


声の主に振り向きながら答えた一樹の表情が固まる。それにつられて振り向いた凌の表情も固まる。
彼らの背後には綾がいた。


「2人して何? まさか女優の事務所でもハッキングして―――」
「違います違います! 自主的な調査ですよ、先月のエジプトでの一件です。」
「東條君は素直で宜しい。って、そこまで必死に否定しなくてもなぁ。」


隣で悪人の様に笑う一樹を黙らせる為に、凌は足の甲を踏んで黙らせる。


「2人のやろうとしていた事は大方見当がつくわ。これ、係長が黙認しているわね。」
「…はい。」
「…(痛ぇ…)」
「良い? 今度からは違法行為でも2人でコソコソ動かない事。」
「はい。」
「へいへい…」
「…そういう訳で、続けて。」
「え?」
「何でぇ…」
「まぁ…私も詳細が知りたかったから…」


予想外にも綾を味方につける事ができた凌と一樹は心置きなくハッキングをやり直す。
それから一樹は真面目にデータを探し当てる。


「おぉ! 2人共聞いて驚くなよ? エジプトで交戦した巨大「G」の内の一体は人げ―――」


3人が核心に触れかけたその時、前触れもなく伊吹が入室した。
3人は慌てて取り繕い、念のために画面をデスクトップに変えた。


「一人ですか?」


3人の中でリーダー格の綾が間を取り持つ。


「…あぁ。」
「用件を聞きましょう。」
「…不可解な事件を抱えている。」


あの伊吹が事件を特捜課に持ってくるのは初めてだった。
3人は戸惑いつつも内容を聞き、伊吹は事件の概要、疑惑を全て話した。


「…ここまでで君達の意見を聞きたい。」
「あなたの考えている事は分かりました。確かに春野が何らかの能力者であると仮定すれば、納得できます。」
「そうか。まさかとは思うが…人を操る能力とか考えられないか?」
「催眠の類ですか。」
「有り得なくはないですが、そうだとしたら逮捕するのは難しいかもしれません。」
「…だろうな。」


伊吹はその返答を予測していた。一方の綾は刑事としての基本的な質問をぶつける。


「それで、その春野って人物の経歴はどうなんです?」
「それが特に何もない。他には姉が2年前に遺書無し自殺したくらいだ。」
「遺書が無い? 捜査しなかったんですか?」
「したさ。だが他殺の痕跡もなくて上は事件性なしと判断したらしい。」
「そう、ですか…」
「と言う事は…春野が葛城を殺す動機がないと?」


綾が提示された情報の中の事実を突く。


「あぁ、ないさ。言い忘れていたが、これは俺のカンだ。確証や強い物証もない。」
「動機はともかく、物証がなくても殺人をやってのけるのが「G」の力ですよ。」
「…そうか。そうだったな。」
「伊吹さん、これからどうするんです?」
「…春野にカマをかけに行く。これで引っ掛かったら、俺のカンは確信に変わる。」
「待ってください。春野がそれに引っ掛かったとして、大人しく本庁まで同行するとは思えませんよ。」
「場合によっては実力で抵抗するかもしれません。私達も同行します。」


伊吹は去年の荒木の一件を回想する。あの時に特捜課の同行を許していなければ今頃……


「…頼む。」


これは、もし能力者であった春野が実力で抵抗した状況で逮捕した場合に、身柄は特捜課が預かる事を伊吹が認めた事と同じだ。


この返答に凌と綾は外出の支度を始める。そして今まで会話に入らなかった一樹の第一声がこれだった。


「それってオレも行くの?」
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