本編
伊吹と木内の乗る覆面パトカーは城南大学の裏門を通過する。運転している木内は来客用の駐車場に駐車させた。
降車した2人はキーの遠隔操作で車にロックを掛けると井上の研究室へ向かう。
「今から会う梶山は、井上殺害の瞬間に居合わせています。」
「それなら本庁に同行させるだろ。何で野放しなんだ?」
「本人が拒否したんですよ。代わりに所轄の警官を置いています。」
途中、2人は通りすがりの学生に道を聞きながらも何とか研究室に到着した。
部屋の前に居た所轄の警官に木内が警察手帳を見せて中に入ると、中年男性が資料の整理をしているのが見えた。見た限り、井上の死を早くも受け止めている様だ。
「あなたが梶山雄太郎さんですね?」
「はい。」
伊吹は内ポケットから警察手帳を取り出して二つ折りのそれを開き、梶山に冬用制服を着た顔写真と、身分を証明する警視庁のバッジを見せた。木内も遅れてそれを見せる。
梶山は伊吹らが警察関係者と分かった途端、手を休めた。
「警視庁捜査一課の伊吹です。」
「同じく木内です。少しお時間を頂いても?」
「…はい、構いませんよ。」
梶山の了承を得た2人はこれからの会話を盗み聞きされないよう、研究室のドアを閉めた。
「井上の事ですね?」
「はい。」
「では単刀直入に。あなたは井上氏が葛城に恨まれるような事を知っていますか?」
伊吹は叩き上げの刑事として培ってきた感覚で、梶山の返答の真偽を見定める。
「いえ…人に恨まれるような事は……」
この時、一瞬だが梶山の目が泳いだ。当然伊吹はそれを見逃さない。
「そうですか。では井上氏が殺害された時の詳しい状況を覚えている範囲で良いので教えてください。」
「あれは…昼食を終えた直後でした。トレイを返そうと返却口に向かう途中、葛城が井上の進路上に立ちはだかって隠し持っていた刃物か何かで……もう良いですか?」
「えぇ、結構です。」
「最後に一つだけ、良いですか?」
「何です?」
「葛城は井上氏の真正面に立ちはだかりましたか?」
「…そうですけど。」
伊吹の見る限り、今の梶山の言葉に嘘偽りはなかった。
「ご協力感謝します。」
「いえ。」
部屋を出た2人は表の警官を立ち去らせると他の人物と接触する為に徒歩で次の場所に向かう。
「梶山、あの時動揺してましたね。」
「お前も分かったか、だが何を知っているかは後だ。一先ず聞き込みを終えよう、次は誰だ?」
伊吹は歩きながら次の人物についての情報を聞く。
「春野新、葛城が覚えている限りで最後に接触したと言う人物です。」