本編
「本当に、賭けでしたね。」
綾は手錠をかけられた痕を気にしながら、凌と一樹に連行される春野を見送る。
遅れて綾と伊吹も歩き始めた。
「春野は仮にも調理士だ。凶器を知っていると仮定して喋らせれば、調理士故に刺身包丁と口走ると踏んでいた。」
綾は伊吹と自分の間に経験の差を感じる。
「しかしヤクザ顔負けの脅迫紛いな演技をして、上に知られれば何かしらの処分は免れませんよ。」
「覚悟はしているさ。免職にはならんだろ。」
「そんな事言ってると、出世できませんが?」
「所詮俺は叩き上げだ。会議室に篭るより現場の方が向いてる。警部から上のポストはとりあえず汐見に譲るさ。」
「伊吹さん、個人的に今回最大の謎ですがどうして春野の精神と身体がリンクし続けているのに気付いたんですか?」
「…気になっていた。何故葛城に憑依する前に仮眠室で接触したのか。仮眠室のベッドなら自分の身体を放置しても怪しまれないし、身体に危害を加えられる事はない。後は春野の身体に銃を向けた時のリアクションから確信した。まぁ総括すれば刑事のカンだ。……おかしいか?」
「いえ、そういうのは好きですよ。…伊吹さん、能力者の検挙ありがとうございました。」
「馬鹿言え。俺がここまでするのは今回だけさ。得体の知れない犯罪者と対峙するのはもう御免だ。それよりも何で能力者は追い詰められると抵抗するんだ? 荒木もそうだったが往生際が悪すぎる。」
「それは恐らく…刑事のカンでも分からない永遠の謎ですよ。」
「…そうか。」
2人は覆面パトカーに乗り、春野の隣には凌と伊吹が座った。
「個人的に聞きたい。何故井上を殺した?」
伊吹は左隣に座る春野に威圧感を与えないよう問い掛けた。
「…復讐だよ……井上は僕の姉を殺したんだ…」
「!」
「…姉は井上の愛人で…身篭った…今となってはその気だったのかは分からない…丁度その時に井上は…教授選考に立候補した…スキャンダルを恐れた井上は…"掃除屋"を雇って姉を口封じに殺したんだ…」
一同は春野の姉が自殺を遂げた情報を連想した。
「何故"掃除屋"が雇われた事を知った?」
「…助手の梶山は僕の父さんの友人だった……偶然3人で飲んだ時に酔った梶山が真実を話して……謝罪してきたんだ…井上と"掃除屋"の間に入って仲介したのは自分だと……その時に初めて姉と井上の関係を知った……」
「梶山が隠していたのはそれか…」
「…これは運命だと思った……姉の敵と同じ大学に勤め…「G」の力を得たのは…」
「何故わざわざ葛城に憑依して殺したんだ? 井上本人に憑依して自殺させた方が早かっただろう。」
「…自分の手で殺したかったんだ……葛城は…動機があったから利用したまで……」
「利用って…葛城は…」
「……旧い付き合いだからと言って気が合うとは限らない…ついでに陥れようと考えたんだ…」
「…自分の手を汚さず対象を殺害する。春野新、やった事は井上と同じだ。さらに無実の人間に濡れ衣を着せようとした。罰は重いぞ。」
「………」
覆面パトカーは信号で停車し、窓から太陽光が届き春野の顔を照らす。快晴の空から降り注ぐ太陽光は、春野には眩し過ぎた。