本編




「国境を越える方法は簡単に言うと二つ。一つは第三国……この場合は、中国を通じて入国する方法が妥当だろう。もう一つは、不法入国。北緯38度線にある南北国境を突破する」
「安全策は、言わずもがな中国経由だけど、輝香さんの奪還をするとなると不適当だな? 不法入国のルートは?」
「複数ある。工作員などが活用しているといわれているのは、海を通じてのルートだが、まともな準備が出来ていない以上、この手段はむしろ危険だ」
「そうなると、国境の正面突破?」
「それしかない」

 正煥の返答に銀河も納得した。勿論、これは最後の確認に近いものであった。
 なぜなら、正煥と銀河、秀吉の三人は既に南北軍事境界線付近にある村に潜伏している。

「幾ら夜中だって言っても、単身で突っ込んだら、どう考えてもどっちかの見張り兵に銃殺されるのがオチだろ?」
「ちゃんと考えがある。俺自身も、瓜二つの人間が国家を治めていると知っているんだ。知らん存ぜぬと過ごせるわけがないだろう?」
「……確かに」

 銀河は彼の髪とゴーグルを見て言った。
 正煥はふと話し始めた。銀河と秀吉は耳を傾ける。

「ここまでの移動の最中に思い出した。金日民は双子の弟だ。そして、俺と母は生き残る為に仕方がないとはいえ、彼を見捨てて逃げた」
「……お前達兄弟の父親はやはり?」

 秀吉が聞くと、彼は首を振った。

「覚えていない。ただ、漠然とわかっている事は、俺も北の生まれで、母はあの男の愛人だったらしいという事。そして、その愛が切れた時、母は俺達を連れて脱北しようとした。お父上様、輝香はプルガサリの人形を大切にしていましたか?」
「あぁ、お前が誕生日にあげたという? 大切に毎日持っていたよ」
「そうですか。……思い出しました。あの人形を母から貰った日が、脱出の日で、弟を見捨てた日だった。多分、あの人形は母があの男から貰ったものだったんだと思う」
「………気になったんですが、プルガサリっていうのは?」

 銀河が口を挟むと、正煥は嫌な顔一つせずに丁寧に答える。

「厄除けの人形です。プルガサリは、鉄を食い、悪夢と邪気をはらうという奇怪な形相をした想像上の怪物、と辞書などには書かれています」
「『松都末年のプルガサリ』ってな」
「へ?」
「慣用句だ。意味は、手の付けられない乱暴者。確か、高麗王朝末期に現れた怪物って伝説があるはずだ。まぁ、海辺にいる気持ちの悪い手の形みたいな姿をした生き物、一般的にプルガサリと呼ぶとアレを指すんだけどな」

 意外な博識を見せた秀吉は宙にヒトデの形を描いて銀河に説明する。思い返せば、銀河はヒトデの呼称を知らなかった。

「物知りだったんですね、意外に」
「一言余計だ! まぁ、得体の知れないって言い方だと、最近じゃヒトデよりも「G」のが良く聞くがな」
「………今のは海の方のプルガサリですよね?」
「ハズレ、文字通りのプルガサリだ。……ややこしいか?」
「はい。韓国語をマスターしていたつもりでしたが、まだ言葉遊びにはついていけませんね?」
「まぁ、その内慣れるさ」

 秀吉は笑って言った。苦笑する銀河は、自分もプルガサリであり、グエムルなのかもなと思った。

「輝香は人形が守ってくれる。そう信じます」
「そうだな」

 正煥に秀吉が笑顔で言うと、銀河が聞く。

「それで、今の俺達を守ってくれるのは?」
「もうすぐ来るさ。……国境突破をしたいという人間は北だけじゃない。向こうに家族を残した人間も多くいる。そういう人間を運ぶ仕事をしている者がいるんだ」
「成程ね……」
「この数ヶ月、素性を隠して軍に身を潜め、諜報活動をしている者などから北の情報を集めていたんだ。………当然、いつか来る今日の為に、そういう人間の情報も手に入れている」
「輝香だけじゃないんだな……」
「え?」

 秀吉の言葉に正煥は眉を寄せた。秀吉は少し躊躇しつつも、正煥に話す。

「なるべくなら、言いたくはなかったのだが、いずれは言う必要があると思う。だから、今の機会に言おう。……お前からの連絡がなくなってから、輝香は金日民をお前だと疑った。だから、輝香は拉致されたのではく、多分自主的に北へ行ったんだと思う」
「そんな………」
「嘆くなら、何故手紙の一つも書いてやらなかった!」
「………」

 秀吉の叱咤に正煥は何も反論出来ず、ただその場にうな垂れた。




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 2012年春、申正煥は兵役の最後の1ヶ月に達していたとある夜。

「申兵長! 士官室へ来い!」

 宿舎で輝香への手紙を書いていた正煥は、上官に呼ばれ、素早く敬礼をして後に続く。
 彼はこの上官を嫌っていた。非常に単純な理由である。彼の性格を見抜いている上官は何もしていないで23ヶ月を過ごしているが、正煥は彼が夜な夜な数人の仲間と共に部下への私的制裁をしているのを知っていた。
 上官の後ろに続いて歩く正煥は、深夜の廊下に微かに聞こえる若者の呻き声を思い出していた。思わず拳が握り締められていることに気付き、苦笑する。

「……どうした?」
「はい、何でもありません」
「……入れ」

 20年の人生で学んだ上手な生き方を正煥は、ここでも選んでいる。
 正煥が士官室に入ると、上官は敬礼をして部屋を出た。自分が冷淡な目をしていた事に気がついた。

「申正煥…兵長だったね?」
「はい」

 正煥は気ヲツケの体勢をして、返答する。士官室の奥に座っていた男は立ち上がった。

「直レ。……先日、北韓の新しい最高指導者が決ったのを知っているか?」
「はい、存じております」
「その人物の事は?」
「はい、存じておりません」
「やはりな。……この人物が、その人物だ。名前を、金日民という。……知っているか?」

 男は懐から写真を取り出し、正煥に手渡した。正煥はそれを受け取ると見た。

「え? ……しかし、これは」
「君自身? 違うな。この写真は紛れもなく、金日民だ」

 正煥は写真に写る自分と瓜二つの人物に驚きを隠せていない。
 そんな正煥の反応に満足した男は、話を切り出した。

「その男が君の血縁関係者か、他人の空似か、はたまたドッペルゲンガーなのか、その様な理由はこの際どうでもいい。この事実が君に関わる問題は一つだ」
「私の顔ですか?」
「そうだ。兵役中であったのが良いのか悪いのか……。それは私にもわからん。しかし、君が北韓のトップと同じ顔をしているのは事実。このまま現在の部隊で一般の兵士と同じ様に兵役をさせる訳にはいかない。君も顔が似ているという理由だけで後ろ指を差されるのは嫌であろう?」
「お言葉ですが、それを耐えるのが根性じゃないのでしょうか?」
「中々上手い皮肉だな。……成程、先程の上官の噂は私も耳にしている。しかし、彼一人を処罰しても腐っている部分というのは治らないのだよ。組織の悪習を正す事と癌治療は似ている。それは君もわかっているだろう?」
「………」
「成程、どうやら試験の結果はただの偶然でもなかったようだな。……先月の試験を覚えているか?」
「最新型の戦闘訓練装置の模擬試験の事でありますか?」
「そうだ。アレは表向きの名目だ。実際はとある新型有人兵器の試験操縦士の選抜試験だったんだ。その試験に君は、陸軍全兵士の中で最適任者とされた。ただ、その直後に先の問題が浮上した。様々な調査や準備をするのに、1ヶ月を要したが今日こうして君にあっている」
「………」
「現在は兵役中である為、命令する事も出来るが、秘匿事項である新型兵器に関わる。君の意思に任せよう。受けてくれるのであれば、首都防衛司令部に異動となり、その時点で兵役は免除。代わりに特別待遇で軍人になれる」
「断れば?」
「それでも道はいくつか存在するが、君の存在が知られば、利用しようとする者は内外にいる。身の安全は保障できない。もしくは、政府監視下に置かれる。状況によっては外交での道具にする。整形によって顔を変えるというのもあるが、我々が認めない。君が表に出れば、恋人にも危険が迫る可能性が高いというわけだ」
「脅迫ですか?」
「交渉だ。今の説明が全て正しいとわかるだろう?」
「………いいでしょう。即ち、俺の存在が消滅すれば、この顔を持つ人物は金日民のみになる。そして、俺の顔は何かの際に軍が利用できるカードとして手札に持つ。こういう事ですか?」
「それだけではない。君の才能を軍で存分に発揮してもらう」
「……俺は何をすればいい?」

 正煥が聞くと、男はニヤリと笑って答える。

「顔を隠した仮面の天才パイロット。そんなところだ。そうだな、髪を染めるのもいいな」
「………」

 その晩の内に正煥は荷物をまとめ、宿舎を出た。
 まだ夜は空気がしんと冷たく、コートを羽織った正煥はポケットに手を突っ込んだ。片方のポケットに荷物をまとめた際に突っ込んだ手紙があった。
 彼は輝香へしたためた手紙を、自身の過去、名前と共に破り捨てた。
 全ては愛する者を守る為に。
 

 

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 北緯38度線。この緯度線に沿って、朝鮮半島には冷戦による分断国家である朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国の国境、即ち軍事境界線が存在する。この境界線には、両国の軍による睨み合いと、亡命者の取り締まりが行われている。
 共和国からの亡命を脱北、亡命者を脱北者と通称されている。他国からの経済制裁、気候による一次産業の低迷、それらに伴う貧困や飢饉によって、20世紀末よりその数は増加し、2007年には累計1万人を超えたと推定されている。
 この亡命の方法は複数存在し、主流となるのは中国への亡命である。しかし、中国と共和国は脱北者を不法入国者として、強制送還させる協定がある為、多くは脱北を支援する組織などの協力を得ている。更に、中国で各国大使館などに集団で亡命するという劇場型亡命と呼ばれるものも存在する。
 少数派では、海路での脱北も存在する。そして、もっとも危険な手段といえるのが、軍事境界線を突破しての亡命である。国境の監視をする兵士は勿論、高圧電線によるバリケードに、地雷原が存在し、命を落とす危険が最も高い。

「越境で北韓に行く」

 深夜、銀河達が待つ小屋に正煥が手配した脱北支援組織の人物が訪ねてきた。そして、彼の開口一番の台詞がそれだった。

「ここまで来ている時点で、お前らもそのつもりなんだろ?」
「確かにそうだ。だが、正確にはここまで来なければ、君とのコンタクトをする手段がわからなかったからだ」

 正煥が言うと、支援者の男は国内で一番売れている白いソフトパッケージの煙草を取り出し、咥えて火をつけると眉間に皺を寄せて、紫煙を吐く。男は銀河達に箱を突き出して勧める。銀河以外の二人はそれを受け取り、火をつける。
 そして、火種が落ち着いたところで、男は話を進める。

「……そうだろうな。一言で脱北支援者団体といってもその形態は色々ある。大体は少人数の北韓に関係する民間人の団体だが、地下や闇といわれている世界の活動だ。詐欺グループなんかもある。そして、メディアでも存在を明かす事のない支援団体が存在する。それが、俺達だ」
「君の組織とは?」
「詳しい事は言えない。言える事は、韓国も北韓もどちらにも関わりがあり、一つの目的の為の一貫として脱北支援活動も行っている」
「その目的って、統……」

 銀河がボソリと言いかけると、男は煙草の火を彼の眼前に突きつけた。

「おっと、それ以上は言うな。次は煙草よりも冷たい火を向ける事になるぜ? ……ま、そういう訳ありな組織って事だ」

 男は眉を上げて卑しい笑みを浮かべて言うと、煙草を再び咥えた。正煥が話を進めようと質問をする。

「越境の危険は当然理解をしているんだろ?」
「当然だ。当然、深夜だろうと越境をしようとすれば、北韓の兵に射殺だ。……お前ら、運がいい。それだけは、間違いない」
「?」
「……やっぱり知らないんだな。運がいい奴らだ」
「どういう事だ?」
「今夜、大脱北計画が実行される」
「大脱北?」
「読んで字の通りだ。脱北希望者数は100人を優に超える」
「そんな人数、北韓で計画が漏れずにできるはずがない!」
「それができるんだな」

 男は親指と中指で摘んだ煙草を人差し指で弾くと言った。煙草の火種が飛んだ。そして、次の煙草を咥えると火をつける。

「……木を隠すんだったら、森に隠すのが一番だろ。森そのものを隠すんだったら、どうしたらいい?」
「………」
「全てを同じ森にしてしまえばいいんだよ」
「まさか!」
「作戦地点は、ここから数キロ先。その地点には仮設収容所という名目で100人近くが待機している。そして、監視も、周辺の警戒も、国境警備を行う兵達、全てが仲間だ。当然、その収容所にいるという人間こそ、彼らの家族だ。どうだ? これなら情報の漏洩は防げるだろ?」
「仮に、情報の機密が可能だとしても、高圧電流や地雷原がある」
「そこまでやっているんだ。高圧電流は細工済みだ。他にバレずに無効化している。そして、地雷原は……人民軍の国境警備兵が仲間なんだ。場所は既に把握済みだ。もう、質問はないだろう?」
「………」
「他の兵は?」
「ん?」

 疑問を投げかけたのは銀河であった。

「脱北する兵を一箇所に固めて、とりあえず脱北が可能かもしれない。しかし、人数が人数だ。幾ら隠しても、数キロ規模で隠すことはできないはずだろ? 他の兵が疑問を感じるはずじゃないのか? それに、収容所の人間がごっそりといなくなるとなれば、それ相応の危険があるはずだろう? それに対する保険は? まさか脱北する兵達とお前達だけって事はないだろう?」
「疑問形の多い日本人だな。……当然、それだけじゃない。そもそも、仮設収容所なんて、都合よく用意できると思うか?」
「あちらに協力者がいるのか? ……それも、収容所を仮設と称して用意ができる位の人物」
「ご名答。中々頭がいいみたいだな。では、続けて答えてみろ。なぜ、その人物は失敗したら自分の身が危険になる計画に協力しているのか?」
「………情報? いや、物質的なモノの筈だ。金か、技術か。はたまた兵器か。そんな所か?」
「大したもんだぜ。………おい、日本人に計画の全貌を見破られるかもしれないぜ? 大丈夫なのかい?」

 男は紫煙を吐き散らせながら、小屋の戸口を向いて言った。
 戸口が開き、男と同世代と思しき男が小屋に入ってきた。しかし、男よりも彼の方が圧倒的に、体格がいい。

「そうだな。まさか申よりも先に見破られるとは……」
「隊長!」
「まさか、今日お前がエージェント・イエローの名前を捨てるとは思ってもみなかった。……いや、明日ではお前はここに来たくても来れないのだがな」
「なぜですか?」
「当然、彼の仲間だからだ」
「正煥、この男は?」

 秀吉が思わず聞いた。正煥が答える前に当人が名乗った。

「柳守一。GUNHED開発部507試験部隊長、つまり彼の直属の上官に当たる。よろしく」

 柳守一と名乗った男は銀河と秀吉に気ヲツケの姿勢をとり、挨拶した。思わず緊張する秀吉とは逆に、銀河は木箱に腰をかけた姿勢のまま身体を前に倒して言う。

「彼の上官ということは、507っていうのが昼間グエムルを倒したロボットだろ?」
「………そうだ」
「柳隊長さん、ロボットをあちらへ渡すつもりですね?」
「え?」
「………」
「答えてください」
「本当は、イエローに問い詰められたい事だったな。……外に大型トレーラーが待機している。中に、ガンヘッド507が格納されている」
「!」
「ロボット兵器。それが、協力者に対しての報酬であり、この計画で起こった不測の事態に対する保険という事ですか?」

 銀河は二本目の煙草も尽きようとしていた男を見て聞いた。男は再び人差し指で煙草を弾き、火種を飛ばすと答えた。

「そういう事だ。ここまで聞いたんだ協力してもらうぜ。あぁ、越境の請負金はお前らの今の手持ちの7割でいいぞ。後は労働奉仕って訳だ」




 
 

「……それで、何があった?」

 夜が更け、柳の運転するトレーラーで作戦地点へ向う途中、柳は後部座席に座る正煥に話しかけた。

「………輝香が、北に行きました」
「そうだろうとは思ったが、やはりか。俺を恨むか?」
「隊長を恨む理由はありません。恨むのは俺自身です。……名を捨てて、髪を染めて、顔を隠しても、輝香にだけは、せめて俺の無事を知らせておけばよかった」
「だから連れ戻しに行くのか?」
「はい。その為に、今度はイエローの名を捨てる。北へ行って、輝香を取り戻して、俺は申正煥に戻る」
「そうだな。……安心しろ。ガンヘッド奪取は俺の謀判によるものとなる様にしている。お前の失踪は偶然か、俺の被害者という事にする。今夜、エージェント・イエローは死んだ。それでいいだろう?」
「ありがとうございます」
「礼を言うのは、後にとっておけ。……時間通りだ」

 軍事境界線の手前でトレーラーは一度停車し、先の支援者の男が降りた。

「俺はここまでだ。こっちで逃げてきた連中の受け入れをしなきゃいけねぇ。お前ら、上手くやれよ」
「あぁ」
「ありがとうございます」
「……あぁ、日本人」
「ん?」

 男に呼ばれ、銀河が窓から顔を出す。男は銀河を見上げて言う。

「北韓の協力者の事、気になっていたな? さっきの話だけじゃ、根拠には足らないんじゃねぇか?」
「あぁ。幾ら敵国の最新兵器を入手できても、百人規模の亡命に加担する方がその人物の名誉の損失は大きいんじゃないか? だったら、何か別の理由があるんじゃないのか? そう思って」
「大したもんだ。……そこの兄ちゃんのそっくりさんの事を良く思っていない人物も北には色々いるんだ。内部抵抗勢力って事だな。これで十分な答えにならねぇか?」
「……そうだな。その人物に俺達を合わせてくれ」
「………柳さん、お前さんの判断に任せるよ」
「いいのか?」
「俺はまだ北に入れないんだ。北のことはこれから行くお前さんに一任するよ」
「わかった」
「ありがとうございます」
「あぁ。……柳、イエローはガンヘッド奪取の際に殺害。遺体諸共、北へ逃げたとするが、いいんだな?」
「頼む」
「わかった。じゃあ、もう会う事もないだろうが、元気でな」

 男は手を振って、出発するトレーラーを見送った。銀河はその姿を車内から窓越しに見送った。
 まもなくトレーラーは軍事境界線に達した。
 同時に、北から百余人の人間がフェンスを破り、トレーラーの横を過ぎ、南に流れ込んできた。殆どの者がボロボロになった服を着た姿で我先にと、トレーラーが作った地雷原を抜ける道をかけていく。
 誰もが黙っているが、その足音、草木を踏み潰す音がざわめきとなって周囲に響く。
 トレーラーは人々を轢かぬ様、徐行でフェンスを越えようとする。

「ん? ……ちっ! やはり見られたか!」

 フェンスと高圧電流線にさしかかろうとした時、運転席で柳が舌打ちをし、アクセルを踏み込んだ。トレーラーは勢い良く高圧電流線を破り、朝鮮民主主義人民共和国へ越境した。
 そして、トレーラーを加速させ、前方にあった、簡素な造りの建物の横に停車した。

「どうした?」
「お前が言っていた通りの展開だ。計画に関係のない人民軍兵に見つかった。脱北者よりも侵入者、つまり俺達に注意を向けさせる。……どうやらお前達には労働奉仕を十分にしてもらう必要があるらしい」

 柳に聞いた銀河に彼は自動小銃をシート下から取り出すと言った。

「そいつは素敵だ。面白くなってきた」

 銀河は口の片端を吊り上げて、感想を言った。柳にはその表情が不敵な笑いに見えた。

「……そういう事だ。全く楽しくなってきた。申、いいか?」
『準備完了』
「よし。十分に敵を惹き付けろ!」
『御意。申正煥、行きます!』

 通信機から正煥の返事が返った次の瞬間、トレーラーのコンテナは開け放たれ、中からタンクモードのガンヘッド507が発進した。
 夜はまだ更けていく。
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