本編
「やっと戦いが終わったようだな。駅構内でミサイルを乱射するなんて聞いたことがない」
柳の遺体の前に正煥が座っていると、瓦礫となった地下鉄に開いた穴から女性が出てくると、愚痴をもらした。
正煥がその様子を眺めていると、その女性は穴の中に手を差し出し、もう一人の女性を引き上げた。
「輝香?」
「ん? ……王? いや、正煥殿か?」
「正煥?」
あまりに唐突な再会であった。ガラテアと輝香も正煥の突然の登場に驚く。
「なんで、正煥がここに?」
「輝香を助けに来たんだ」
「………やはり、あの兵器に乗っていたのか?」
「え?」
ガラテアはプルガサリが食べている鉄の塊となったガンヘッドを見て言った。それに眉を寄せたのは輝香であった。
「ステアさん、正煥がいた事を知っていたの? しかもあのロボットに乗っていたって事も!」
「輝香殿、私も事情があるんだ。あなたをここまで連れてきていたのも、元々は正煥殿を呼ぶ為だ」
「つまり、私はおとり?」
「それくらいは理解されていると思っていた」
「察しはついていたけど、理解はしちゃいないわ! じゃあ、私達はもう少しで正煥を殺すところだったの?」
「どういうことだ?」
正煥が輝香に聞いた。輝香は正煥に抱きつくと、涙を流しながら言った。
「プルガサリは私達を守る為に戦っていたの。それで、あのロボットとも……」
「……じゃあ、アレはもしや」
「うん。正煥が前、私にくれた人形よ」
「恐らく、遠い昔に人形の姿に封じられた「G」が、プルガサリ殿なのだろう」
驚く正煥にガラテアが冷静に横から告げる。正煥はそのまま腰が砕け、輝香に支えられる。
「大丈夫?」
「それじゃあ、俺の人形の所為で隊長は……」
「え?」
輝香が正煥の傍らに横たわっている遺体を見た。
「この人は?」
「俺の上官だ。……ここまで、助けてもらった」
「そうだったの……」
輝香は自然と涙を流した。それをガラテアは黙って眺める。
「……輝香、帰ろう。お父上様も来ているんだ、後藤という日本人も一緒だ」
「そう。皆、来てくれたんだ。……そうね、帰りましょう」
「それは許せない」
「え?」
ガラテアが二人の前に立ち、言った。輝香が聞き返す。
「今、南朝鮮へ帰せない。王を救出しに行き、クーデターを止めさせる。正煥殿、王の居場所を知っているのだろう?」
「………断る。このまま成功すれば、北韓と韓国は統一される」
「どういう意味だ?」
「言葉の通りだ。守中将は、軍を進め戦争状態にした後、日民を独裁者として捕らえて処刑し、南北統一を韓国へもちかけるつもりだ」
「……そんな事! 売国ではないか! 許せはしない!」
ガラテアは正煥に鋭利に伸ばした爪を突きたてる。慌てた輝香が庇う。
「輝香殿、離れろ! 私は正煥殿に用があるのだ!」
「正煥は私が守る! プルガサリ!」
「グォオオオ」
輝香に呼ばれ、プルガサリは立ち上がるとガラテアを踏みつけようとする。
「くっ! 鉄の塊が!」
ガラテアはプルガサリの足を避け、そのままその足に片手を触れる。
「っ! 効かない!」
「グォオオオ」
「……そうか。鉄を吸収して己の身体にするという事は、私の力と同じ様に、鉄に変化を与えている事か。……プルガサリ殿、成程不死身の怪物と伝説になるだけの事はある」
ガラテアはプルガサリから離れ、笑いながら言った。
「爆轟をするには、輝香殿達との距離が近すぎる。………正煥殿、その上官殿は何者なのだ?」
ガラテアは正煥と輝香の前に立つと、プルガサリを睨んだ。輝香が頷いてみせ、プルガサリは攻撃を止めた。
ガラテアはそれを確認すると、正煥の答えを待った。
「え? ……俺の隊の上官だ」
「隊……あの兵器のか?」
「そうだ」
「ならば、彼は南朝鮮の軍の新型兵器の隊長であるのか。そして、その兵器を持って、共和国のクーデターを企てた守の仲間。……しかも、直前に大多数の亡命計画を実行しているのだろう?」
「そうだ! だから、どうした?」
「上官殿は何の利益があるのだ?」
「え?」
「クーデターが成功したとしても、その先にあるのは統一だ。守の仲間は、共和国の人間だから、守と共に英雄となるだろう。しかし、上官殿は南朝鮮から新型兵器を密輸した犯罪者だ。統一されてしまえば、当然裁かれる」
「………確かに」
「上官殿は守に騙されていたのではないか?」
「……いや! 隊長は自分の信念を貫いて生きる方だった。それに、俺と同じか、それ以上の情報を知っていた。騙されているはずがない!」
「ではなぜ? ………まさか! ……しかし、それなら!」
「どうした?」
「正煥殿、どうやら騙されていたのは、あなたかもしれない」
「どういう事だ?」
「上官殿は信念を貫く方だと申したな? なら、彼の信念は隣国のクーデターなのだ? 普通に考えれば、南朝鮮に対してのものではないか?」
「確かに」
「もしかしたら、黒幕がいるのかもしれない」
「黒幕?」
「守以外に、もう一人、進軍の解決による統一で利益がある人物がいる。しかも、上官殿が信念を貫く筈の存在」
「………誰?」
「さっぱりわからない」
「そりゃ、あなた達はすぐにはわからないだろう。………王龍皇だ」
「韓国大統領? まさか!」
「………でも、確かにステアさんの言うのは正しいわ。彼も守と同じで、戦争状態を和平交渉と統一によって解決させれば、英雄よ。ノーベル平和賞だって可能かもしれない」
「………だが」
「直接聞きに行けばいいのではないか?」
ガラテアは定康のいる建物の方角を見て言った。
平壌から軍事境界線へ向って南下する街道を人民軍の隊列が一糸乱れず進んでいく。
先ほどの放送もあり、ここまでこの行進を邪魔する存在は現れていない。
「ん?」
集落の近くに差し掛かった時、道の真ん中で仁王立ちする3人の男女が現れた。
先頭を指揮する上官が前進を止めさせ、足踏みの指示を出すと、装甲車から下車した。
「邪魔だ。どけ!」
「いいえ、どきません」
「ん? ……貴女様は! なぜ中将閣下の邪魔を致しますか?」
彼はその女性が張真実であると気がつき、言葉使いを丁寧にして聞いた。
「彼とは関係を別ちました。私は守中将の行いに反対の意思をこのような形で表します」
「しかし、それは首領様も否定する事を意味しておられるのですぞ?」
「はい。「国」は領地と人民がいてはじめて成立します。代表がいて「国」が生まれるのではありません。「国」を創る人民が代表を選ぶのです」
「お止め下さい! これ以上は逮捕致します!」
「先祖を敬い、教えを乞う。それが儒教の真髄じゃないのか?」
「え?」
銀河がおもむろに言った言葉に上官の注意が銀河に向く。銀河は続ける。
「己が存在するのは過去があるから、目上の人間、先祖がつくった過去があるからだ。だから、上の者は尊重しよう。しかし、間違いを侵すのが人間だ。過去の人々の間違いを学び、己の糧にするのも大切なんじゃないか?」
「………何がいいたい?」
「隣国へ侵略戦争をした国家の末路はろくなものじゃない。日本史の教訓です」
「だから、どうした?」
「過去が教えています。この進軍は間違いであると!」
「………間違いであるかは関係ない! 我々は命令に従うまでだ!」
銀河が力を使って間違いと主張したにも関わらず、上官は言い切った。
「話はこれまでです。どいていただきます! ……なんだ?」
彼が真実に言っていると、彼の目の前に秀吉が立ち塞がった。
「………」
「じじい、何か言え」
「………」
「言え!」
秀吉は何も言わず、怒鳴る彼を只睨み続ける。そして、一歩踏み出した。思わず、彼は一歩下がった。
「はっ! ………どけ!」
自分の行動に気がついた彼は怒鳴りながら秀吉のこめかみを殴り飛ばした。倒れた秀吉を彼は見下して笑う。
「………」
「なんだ?」
秀吉はすぐさま立ち上がり、また彼の目の前に立ち、睨みつける。無言の威圧をひたすら彼に向ける。
「えぇい! 鬱陶しい!」
「親父さん!」
今度は裏拳で秀吉を殴った。思わず倒れた秀吉に駆け寄る銀河に、秀吉は手を銀河の前に出し、ゆっくりと首を振った。手出しをするなという意味だ。
秀吉は血の混じった唾を吐き捨てると、再び彼の前に立った。
「………」
「なんだ! なんなんだ? 死にたいのか?」
「………」
「あぁあ!」
今度は平手で頬を叩いた。しかし、赤く腫れた頬を気にする事もなく、秀吉はニヤリと不敵な笑いを浮かべ、また睨む。
「うらぁ!」
「!」
次は蹴りを入れた。一瞬苦痛に秀吉の顔が歪む。しかし、体勢を変えようとはしない。
「くそぉ! なんだぁ!」
「…! …! …!」
遂に彼は肩にかけていた銃を持ち、それを鈍器にして秀吉の顔、肩、腰と次々に殴り始めた。
「そろそろ死ぬぞ?」
体中痣だらけになった秀吉に彼は言った。殴るのも体力を使う為、肩で息をしている。
しかし、ふらついて足を引きずりながら、秀吉は立ち上がり、彼を睨んだ。そして、答える。
「……わしが死んで進軍が止まるなら構いはしない。わしは、娘に争いのない未来を残してやれるなら、構いはしない。………何が正しいなんざ、わしも知りはしない。……だが、わしは未来を、今を傍観して、悲観するつもりはない」
「あぁあああ! 五月蝿い! 五月蝿い! 五月蝿ぁい!」
彼は遂に怒り、銃を掴み、秀吉を殴った。金属入りのブーツで蹴った。踏みつけた。毛嫌いする蟲を殺すかのように殴り、蹴り、喚いた。
それを兵の誰も止める事はできず、苦痛の表情で眺めていた。
「はぁ……はぁ……」
「………」
秀吉は指一つ動かず、その前で彼は勝ち誇った笑みを息を荒げながら浮かべていた。
「よし、行く……ぞ?」
「………」
彼が兵達に言おうとした時、彼は気配に気がつき振り向いた。銀河が立っていた。黙って、全ての憎しみを眼に宿して睨んでいた。
「………」
「なんだ? なんだその目は! お前も死にたいのか!」
「………」
「くそぉ! 死ぃ……」
「アレを!」
今度は銀河に小銃を抜こうとした時、兵の一人が声を上げた。彼は銀河に銃を向けたまま、兵が指差す方向を見た。
「ん? ……なっ!」
彼の表情は瞬く間に変わっていった。
目を見開いて口を開き、驚く彼に銀河は静かに語りかける。
「なぁ、日本の文学作品で蟹工船ってのがあるんだけど、知っているか? プロレタリア文学の傑作って言われているんだけどさ、重労働を強いる工船側と労働者達の戦いなんだ。決起をしたが、一度は失敗する。しかし、見せしめで労働者を殺してしまうことで、彼らに本当の結束力が生まれ、再び決起するという話だ。………信念とその生き様を見せられた人々は、それを引き継ぐ。その火は遥かに大きい炎となってな?」
「………ぜ、全軍! 進行を始めろ!」
「しかし……、この人数は村人の数だけではありませんよ? 数百……千はいます!」
兵は彼に言った。いや、彼もわかっていた。
街道を真っ直ぐ道一杯に広がって歩いてくる人々は、周辺の集落全てが集まっているとしか考えられぬ程の大行進となっていた。
彼らの歩みが土埃を巻き上げ、全体が全く見えない。しかし、その歩みが地鳴りとなって彼らに伝わっている。
「………よし!」
「ん?」
銀河は呼吸を整える。彼が怪訝する中、銀河は大声で叫んだ。
「お前達も、自分の信じる道を選べる! 体面を捨てろ! 面子を考えるな! 胸に手を当てて考えろぉおおおお!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
その声を聞きながら、秀吉の瞳の光は静かに消えた。