本編




 銀河達は平壌から南下した集落に達していた。

「ここは?」
「……私の故郷です。正しくは私の父の故郷です」
「張様ではないですか!」

 車を降りて、真実が銀河に説明していると、老人が驚いた様子で声をかけた。

「長老様、お久しぶりです」
「お父上がお亡くなりになられて以来ですから、10年振りでございますね。……先程の放送ですね?」
「はい。あれは首領様の考えではございません」
「わかります。わしはあの方を知っていますから」
「「え?」」
「本当ですか?」

 銀河と秀吉が声を揃えて驚いた。真実は長老に聞いた。彼は頷く。

「はい。彼が孤児と共に暮らしていた小屋はこの村の近くにありました。わしも何度か彼らに食料を届けた事がありますから」
「孤児?」
「ご存知でありませんでしたか。実は、金日民様は昨年の冬まで空き家、と言っても小屋なのですが、そこで暮らしておられたのです。そして、飢饉に苦しむ孤児を助けると、世話をしながら一緒に暮らしていたのです。……ただ」
「それ以降の話は私も知っています。長老の口から話す必要はありません」
「ありがとうございます」
「何があったんですか?」
「元々、守中将は後継者候補の一人であった人物を指示しておられました。私も同じです。その方が昨年の冬に言っていたのです。隠し子が小屋で子どもと暮らしていた。だから、人民軍にいる部下を使って暗殺すると」
「じゃあ、虐殺されたんですか?」
「そういう事だと思います。わざわざ、研究中の兵器を使うように指示を出したとも言っていたので」
「研究?」
「「G」です」
「………そういうことか。だから、日民は「G」の力を持っているのか」

 銀河は顎に手を添えて考えを整理する。
 一方、真実は長老に向いた。

「長老様、緊急事態である事はご理解いただいていると思います。大至急、皆を集めていただけますか?」
「それは構いませんが、何故?」
「皆に決めて頂きたいのです。この国を今後、どうするのかを」




 
 

 薄暗い牢屋の中で、日民は目を瞑っていた。

「後もう少しなんだ……」

 小さく日民は呟いた。彼の脳裏に目の前で無残に殺された子ども達の姿が浮かぶ。自分の身の上に只巻き込まれただけで死んでいった子ども達。
 そして、銀色の大型の銃から出た光線に撃たれ、日民は意識を失った。彼の死亡を確認する為に近づいてきた兵の存在で意識が戻った事、兵が触れた瞬間に彼の意識が憑依し、復讐心が注ぎ込まれた兵は彼の代わりに復讐を果たした事、死体が転がる小屋の中で兵が最後は自殺をした事、それを見て日民が復讐を決心した事、それらが今でも鮮明に覚えている。

「ふぅ………」

 日民は目頭をおさえて一息つく。
 回想は続く。復讐は順当に果たされていき、軍の幹部に憑いて兄達の下へ案内させることは造作もないことであった。そして、ある者は自殺、ある者は事故死、ある者は部下による暗殺で、命を奪った。全て力を使えば簡単なことであった。
 日民が力を手に入れて数ヶ月後の春、金日民最高指導者は誕生した。そして、国交正常化を進め、核の廃止、次は全軍制による事実上の大改革で経済を立て直し、最終的には優劣なき対話によって、朝鮮半島の国交自由化を実現させる。そして、独立国家として存続させ、連合という形で統一させようとしていた。

「まさか、一部の軍人共に邪魔されるとはな。来月の日朝会談で、核廃止の代わりに一次生産業の技術と物資支援、非交戦条約を結ぶ布石をつもりなのだがな。……あぁ、恐らくあちらは条件の中に、総連解体と拉致事件の解決を加えるだろう。……交渉次第で約束できる様に、この数ヶ月準備をしてきたんだ! ………こんなところで、終わりにする訳には……ん?」

 日民が憤りながら、ふと廊下を見るとそこには正煥が立っていた。髪を黒く染めている為、その容姿は日民そっくりである。

「やはり黒のが似合うな。そっくりだ」
「………」
「どうした? 俺が意外と真面目な指導者をしていて驚いたか?」
「……日民、君がどれほどこの国の未来を考えているのかは、俺にとってどうでもいい話だ。俺にとって大切なのは、輝香だ」
「女か……。未来よりも女を選ぶとは、我が兄ながら情けない」
「何がいけない!」

 正煥は柵を殴った。廊下に轟音が響く。

「……餓鬼だな、俺もお前も。結局、力で目的を果たそうとしている」
「俺は君とは違う」
「双子の兄弟相手にその主張は説得力に欠けるな」
「………」

 正煥は牢屋の床に座って不敵な笑みを浮かべる日民を睨んで唇を噛む。
 その時、柳が現れた。

「やはりここにいたのか。ガンヘッドで今すぐ出撃してくれ」
「どうした?」
「平壌の地下鉄構内に「G」が現れた」
「「G」?」
「そうだ。一部の兵の意見だと、鉄を食べて暴れているらしく、プルガサリだと」
「プルガサリ?」
「松都末年のプルガサリかもな」

 日民は苦笑して言った。
 柳と正煥はそれを黙殺して、牢を後にした。

「どうやら、終わりにはまだ時間があるみたいだな」

 牢に日民の笑い声が不気味に響いていた。







 人民軍兵が警戒をしながら、地下鉄構内を進んでいく。
 兵が配置につくと、階段の影からホームを覗き込むと、ホームには牙の生えた水牛のような頭を持ち、鎧を着込んだような身体をしたプルガサリがいた。既にその大きさは、6mを越えようとしていた。

「よし、撃てぇ!」

 隊長の号令と共に、影から姿を現した兵達はプルガサリに銃撃を雨の様に浴びせる。
 しかし、一切プルガサリに効果はなく、構内を進んでいく。

「全く効きません!」
「グォオォオオオ!」

 プルガサリの咆哮が地下鉄駅構内に轟く。

「怖気づくな!」

 隊長はそう叫び、対戦車砲を構え、放った。
 爆音が構内に響いた。砲弾はプルガサリに命中したかと思ったが、プルガサリは砲弾を飲み込み、それを吐き出した。

「うわぁあああ!」

 自らが撃った砲弾によって、隊長達は吹き飛んだ。
 そして、間一髪生き残った兵士は慌てて陸上へと走った。

「全く、歯が立ちません!」

 外へ出た兵士は入口の前に待機する柳に報告した。柳は無線機に声をかける。

「聞こえたか?」
『はい』
「恐らく、グエムルよりも強い。そして、今回はメーザー殺獣光線もない。覚悟はいいな?」
『当然!』
「よし、ガンヘッド507出撃!」
『申、出ます!』

 通信を切り、柳も地下鉄構内へと走っていく。
 柳がホームの一階層上に到達すると、丁度地下鉄線路の先から轟音が聞こえてきた。

「丁度のタイミングだな!」

 ホームで残存する歩兵とプルガサリが戦っている中、突然線路からタンクモードのガンヘッドが現れた。
 プルガサリが音に気がつき、振り向くと同時にガンヘッドは六連装地対地ミサイルを放った。爆発が起こり、プルガサリが柳のいる位置とは反対側にある階段に倒れた。

『ガンヘッド、スタンディングモード!』

 無線から正煥の声がすると、線路にいるガンヘッドはスタンディングモードに変形する。
 一方、プルガサリも立ち上がる。衝撃は受けていたらしいが、無傷である。

「敵はかなり頑丈だ。申、容赦するな!」
『御意! うぉおおおお!』

 ガンヘッドはホームに乗り上げると、頭部のチェーンガンと肩のキャノンを放つ。同時に接近し、プルガサリに両腕を突き立てる。
 そのままプルガサリは、ガンヘッドに押されたまま階段にぶつかる。

『まだだ! まだだぁ!』

 正煥は叫ぶと、ミサイルをプルガサリの後方に発射する。爆発の衝撃で階段が崩れる。

『隊長! このまま陸上に押し出します!』
「まさか……わかった!」

 柳は慌てて、無線で部隊に撤退の連絡を入れながら、階段を駆け上がる。
 一方、ガンヘッドは脚部のモーターをフル回転させ、タイヤが唸りをあげる。

「グォオオオ!」
『このままぁああああ!』

 ガンヘッドは肩のキャノンから連続で砲撃させ、階段の上を破壊する。日の光が構内に差し込む。
 更に、ガンヘッドはプルガサリの脚部に右腕をおしつけ、マシンガンを撃つ。撃たれた衝撃で足の踏ん張りが弱まったプルガサリは、そのままガンヘッドに押されるまま階段を登る。
 同時に階段の先に開いた穴が爆破された。

『このまま地上に出せ!』
『御意!』

 地上で柳は無線に向って叫ぶと、すぐさまトレーラーに乗り込んだ。
 そして、ガンヘッドはプルガサリの巨体を押して、陸上に向って突き進む。プルガサリの巨体が破壊された穴から地上に押し出され、そのままガンヘッドに押されたまま、背後にある建物に押し付けた。

『隊長!』
「おう!」

 柳はアクセルを踏み込んでトレーラーを後退させる。そのままトレーラーの荷台はプルガサリに突っ込む。
 衝突ギリギリのところで柳はトレーラーから飛び降り、ガンヘッドもプルガサリから離れた。
 刹那、大爆発が起こった。

「やったか?」
『………まだです!』

 正煥の声と同時に、土煙の中から煮えた鉄の如く赤色に輝かせたプルガサリの腕が現れ、そのままガンヘッドの左腕を掴んだ。煙を立てがら、ガンヘッドの左腕は唸りをあげる。

『腕なんざくれてやらぁ!』

 正煥が叫ぶと肩の六連装地対地ミサイルを連射させた。更に、頭部のチェーンガンを乱射させる。

「全弾命中だ!」

 爆風が柳を始めとする兵達を襲うが、柳は踏ん張り、戦いを眺める。
 ミサイル爆撃と銃撃を受けたにも関わらず、プルガサリは傷一つなく、そのまま腕を引き、ガンヘッドの左腕を引きちぎった。そして、そのままそれを口に運ぶ。
 鉄屑となったガンヘッドの左腕が周囲に落ちる。
 更に空いている手でガンヘッドの頭部のチェーンガンを握り潰す。

『クソォ! まだだ! ……残弾切れ!』
「申、脱出しろ!」
『いや、まだいける!』

 握りつぶしたチェーンガンを口に運ぶプルガサリに、ガンヘッドはタイヤを逆回転させ、後退しながら右腕のマシンガンを放つ。
 しかし、僅差で右腕をプルガサリに掴まれた。

『しまった!』
「脱出しろ!」
『このまま、やられてたまるかぁ!』

 柳の説得を無視して、正煥はガンヘッドをプルガサリに突進させた。
 しかし、プルガサリはその衝撃を利用して、ガンヘッドの右腕も引きちぎる。配線類がだらりとガンヘッドの肩から垂れる。
 プルガサリは引きちぎった右腕を地面に投げ捨てた。そして、両腕を宙に上げると、勢い良くガンヘッドの両肩にある武装を破壊した。

『ぐぁあああああ!』

 衝撃は機体全体に及び、正煥の悲鳴が無線から響く。

「くそぉ!」

 柳は地団駄すると、プルガサリに壊されるガンヘッドに走る。

「脱出しろ!」
『ハッチが壊れているんだ!』
「絶対に死ぬな!」

 プルガサリが両腕で殴り、見る見るうちにガンヘッドが壊されていく中、柳はガンヘッドによじ登り、強制脱出口をこじ開けようとする。
 プルガサリはガンヘッドが沈黙すると、そのまま壊れた砲台などのパーツから食べ始めた。その隙に柳は強制脱出口を開く。

「開いた! 申!」
「……あ、隊長」
「早く出ろ!」

 柳は操縦席から正煥を引きずり出すと、そのままガンヘッドから離れる。
 正煥が振り返ると、ガンヘッドはプルガサリに破壊され、その破片は次々に口へと運ばれていく。

「食べている……」
「うぅ……」
「隊長? その怪我!」

 正煥が呻き声をあげる柳の背中を見ると、背中にはガンヘッドの破片の一部らしき大きな金属片が突き刺さっていた。

「……どうやら、ここまでらしい。ここまで巻き込んで……すまない」
「隊長!」
「………」
「隊長ぉおおおお!」

 正煥の呼びかけも虚しく、柳はそのまま息を引き取った。その背後でプルガサリがガンヘッドの破片を食べる音がいつまでも聞こえていた。
 




 

 広場に長老の呼んだ人々が集まった。

「張様、どういう事ですか?」
「人民軍が進軍しているって?」
「戦争をするんですか?」
「我々は何故集められたのですか?」

 人々は口々に疑問を前に立つ真実達に投げかけた。
 長老が手を上げる。一瞬にして静まり返った。

「現在、平壌では守定康中将によるクーデターが起こっています。そして、金日民首領様は彼によって捕らわれ、守中将は首領の名を使って進軍をしようとしているのです」
「それを我々に話して、張様は何をなさるおつもりですか?」
「………私と一緒に立ち上がってください!」
「軍に反対しろと仰せになっているのですか?」

 真実の言葉に人々が一瞬にしてざわめく。

「軍と戦おうと言っているのではありません! 進軍を止めようと言っているのです」
「戦うのと止めるので違うんですか?」
「暴力から平和は生まれません。生まれるのは、悲しみと新たな暴力だけです!」
「暴力反対ってのはいいが、それじゃあ張様はどうやって軍を止めようと考えているんですか?」
「非暴力で訴えます」
「非暴力?」
「それじゃあ、向こうに殺されるのがおちだろう?」

 人々は真実の意見に賛同せず、意見をどんどん投げる。最早、真実の話を聞く状況ではない。
 その時、真実の隣に銀河が出てきた。

「………」
「なんだ?」
「日本人じゃないか?」
「日本人が出てくるな!」
「帰れ!」
「何か言いやがれ!」

 人々の批難は銀河に一気に集中した。しかし、銀河は溜息をつくと、人々を見回した。
 そして、口を開いた。

「そうやって何もしないで死んでいくつもりか?」
「なんだと!」
「じゃあ、このまま戦争になってもいいんだな?」
「そういうわけでは……」
「では、望みはなんだ?」
「望み?」
「未来の望みだよ。何がある?」

 銀河は人々を見回して聞いた。そして、一人の子どもが言った。

「食べ物を……食べたい食べ物を食べたい」
「立派な望みじゃないか。大人は何もないのか? ただ生きて、何も考えずに死ぬのか?」
「………そりゃ、自由に生きたいさ!」
「おい……」
「そうだろ? 旅もしたいはずだ! やりたい仕事もあるはずだ! 食べたい食事もあるはずだ! じゃあ、国はどうなんだ? 暮らしは? 今、この国はまさに軍を隣国に攻め込もうとしている様な状態なんだぞ? それでお前らの望みは叶うのか?」
「叶えたきゃ叶えるさ! だけど……」
「………わかった。俺が出来る事をやってやる。後は、お前らで覚悟をしろ」

 そして、銀河は大きく息を吸い込むと、人々に言った。

「面子なんか気にするな! 自分の正しいと思う事をしろ! それに体面なんか気にするな!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 銀河は呆然とする真実の肩を叩いて後ろに下がった。

「………大切なのは、何をするかだな」
「でも、命は大切だもんな」
「死にたくないし」

 人々は進軍を止めるの嫌がる素直な理由を呟き始めた。
 真実は後ろを振り向き、銀河を見た。

「……後藤さん」
「覚悟は自分達でするものだ。それを強制するのは、テロリストと何も変わらないだろ?」
「………ありがとうございます」

 真実が礼を銀河に言った。
 その時、広場に青年が走ってきた。青年は広場に着くと、息を切らせながら大声で伝える。

「人民軍が、進軍してきたぞ!」
「……いよいよだな」

 銀河は人々をかき分け、青年の肩を叩くと、広場から歩いていく。

「どこへ行くんだ?」
「逃げるのか?」

 人々に聞かれ、銀河は振り返る。

「……止めに行くんだろ?」

 銀河は一言告げると、そのまま広場から大通りへ向って歩いて行った。

「李さん?」
「わしも行く。張さん、あんたは?」
「勿論、行きます」

 広場で呆然とする人々を残し、秀吉と真実も銀河の後を追って歩いて行った。
 彼らの視線の先には人民軍の大行進があった。
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