本編
『いいか! 無駄弾を撃つな! あくまでも威嚇だ!』
「御意。507、索敵しろ。歩兵だ!」
『了解』
操縦席で正煥は柳の指示に答えると、ガンヘッドに指示を出す。中央のモニターの映像がサーモグラフィに切り替わる。数百メートル先に4つの熱源が蠢いている。
現在トレーラーもガンヘッドも全ての灯りを消して仮設収容所の横に潜んでいる。そこへ、四人の人影が警戒しながら近づいていく。
「………最低速でスタンディングモードに変形」
『了解』
『どういうつもりだ? スタンディングモードを晒す事は、お前にとっても避けた方が……』
「大丈夫です」
柳に正煥が答える間も、ガンヘッドはゆっくりと微かなギミック音を立てながら変形をする。
「対象までの距離は?」
『300m』
「100mになったら知らせろ」
『了解』
トレーラーの中から銀河と秀吉も様子を伺う。
相手がトレーラーの存在を調べる為に警戒をしながら近づいている事が微かに見える影でわかる。恐らく、相手もこちらの影はわかるが正体がわからず、迂闊に攻撃が仕掛けられない状況なのだろうと推測できる。
「正煥は何をするつもりなんだ?」
「……威嚇です。発砲などよりも速攻性のある視覚に対しての」
「え?」
銀河が秀吉に答えた時、運転席の無線にガンヘッドのオペレーション音声が入った。
『対象まで距離、100m』
それを聞いた正煥は叫ぶ。
「全照明、点灯!」
『了解』
刹那、ガンヘッドは全ての照明装置を点灯させた。
全高5mを超える高さから突如点灯した複数の照明は、兵士達への威嚇には十分であった。彼らはそれが何者なのかもわからず、目を見開き立ち尽くしていた。
更に、ガンヘッドは轟音を立て、ゆっくりと前進を始めた。
「柳さん。そのライフル、狙撃とかもできるんですか?」
「ああ。一応、昔は狙撃の訓練もしていたからな。……なんだ?」
唐突に銀河に聞かれ、柳は怪訝そうな顔をして答えた。
「狙撃をお願いできますか? 兵の近くにある木か何か、狙いやすいもので構わないので」
「そういう事か。わかった」
銀河の意図を理解した様子で柳は、ダッシュボードの裏に隠していたライフルを取り出し、窓の隙間から銃身を出し、それを構えた。
「耳、塞いでおけ」
柳の言葉を聞いて、銀河と秀吉が耳を手で塞ぐと、柳は引き金を引いた。
トレーラーから、銃声が上がった。
「!」
打ち抜かれた木に一番近い兵が、それに気がつき、思わず腰を抜かした。構えていた銃を地面に投げ捨てた。
その兵から恐怖は他の三人にも伝染した。
「このまま、逃げてくれ……」
銀河が懇願するかの様に呟いた。
しかし、その願いは虚しくも、小隊長らしき兵の一人の勇敢な行為によって打ち砕かれた。
一人の兵士が腰を抜かした兵の前に出たかと思うと、銃を構えて突撃を仕掛けてきた。
「申、発砲を許可する!」
柳が無線に叫んだ。
『了解!』
正煥の返答が聞こえると、ガンヘッドは頭部のチェーンガンの銃口を兵に向けると、それを発砲した。
ガンヘッドの装備は、昼のグエムル戦の後に整備をし終えたらしく、チェーンガンも新しいものを装備し、右肩はメーザー殺獣光線砲から六連装地対地ミサイルに換装されていた。
「………逃げたな」
「気分のいいものではないな、目の前で人が死ぬというのは」
「………」
静かに言った柳に秀吉が感想をもらす。そんな中、銀河は黙って林の中に血まみれになって転がる兵の屍を眺めていた。
他の三人の兵は、銃も投げ捨てて逃げていった。
「納得いかない。そういう顔だな?」
「そう、見えますか?」
後ろを向いて柳は銀河の顔を見て言った。
銀河は伏し目がちな表情を一層に伏し目にして聞き返した。
「日本人にはわからないさ。いや、多くの韓国人もわからないかもしれない……。だけど、これが現実なんだ」
「………」
「あれを見ろ。俺達が築いた屍の上に、彼らの幸せ、未来はある」
柳は紫色に染まり始めた窓の外を目で示した。その方角は、南。たった一時間前に銀河達がいた、近くて、今はとても遠い場所であった。
そこには、無事に亡命を成功させた人々が支援者の男の誘導でトラックに乗り込んでいる光景であった。
銀河もそれを見る。そして、感想を柳に言った。
「そんなの、偽善……だろ?」
そして、銀河は反対側の窓の外を見た。
日の出が近い空にそびえる鉄の巨人は、南の大地を儚げに眺めていた。
「死んだか。………南朝鮮のロボット兵器、想像していたよりも実用的だな」
朝日が昇る頃、朝鮮民主主義人民共和国、平壌内の国防委員会委員長室で、一人の青年が呟いた。
彼以外、この部屋に人はいない。彼は金日民。国防委員会委員長であり、朝鮮人民軍最高司令官、第一党総書記。国家主席の孫であり、事実上の現最高指導者の地位にいる人物である。
日民が再び目を閉じると、目を見開いた。そして、声を上げた。
「入れ!」
扉が開き、ガラテアが部屋に入ってきた。
扉を閉めるとガラテアは床に屈むと日民を見上げて言う。
「王、李輝香殿を連れて参りました」
「ご苦労。どうやら向こうも首尾よく事を運んでいるらしい。どうもあの男が裏で動いているらしい。やはり憑けられなかった事が悔やまれる」
日民は自分の右手を見て呟いた。
「懸念される事があるのならば、私が動きますが?」
「いや。お前の力を必要とするのは、恐らくもう少し後だ。……南朝鮮はどうだった?」
「元々あまり記憶に残っている土地ではないから。川の流れが変わっていたかもしれない、そんなところです。後は………いえ、何でもありません」
「なんだ?」
「「G」と遭遇しました」
「その情報は向こうの報道でも仕入れた。グエムルと呼ばれていたが、気にするものではない。2年前から世界中で現れている「G」の一つだ」
「はい。それと、もう一体」
「何?」
「私と同じ存在です」
「どこにいた?」
「輝香殿の住む宿で。一瞬であったので、詳細はわかりませんが」
「……向こうは気がついていたか?」
「わかりません。しかし、私が気ついたので、向こうも気がついている可能性は十分にあります」
「わかった。もしそいつが共和国に入っているならば、正煥と一緒にいるはずだ。……もしかしたら、今晩にも出て貰うかもしれん」
「御意」
「……よし、姉になるかもしれない方に会うとするか。ガラテア、行くぞ」
「御意、我が王」
ガラテアは立ち上がると扉を開け、日民を恭しく部屋の外へと通した。
輝香は平壌に到着するや、大きな建物の一つに通され、応接室らしき部屋で待たされていた。
「来い。首領様がお待ちだ」
「はい」
部屋に来た人民軍兵士の案内で、輝香は一室に通された。
宮殿の間を彷彿とさせるその広い部屋は、窓はなく、壁に調度品が並べられ、高い天井には煌びやかな照明、床には絨毯が敷かれていた。
そして、一番奥の玉座に一人の青年が座り、傍らにガラテアが控えていた。
「正煥!」
「………」
輝香は玉座に座る青年に呼びかけるが、青年は黙って、彼女を見つめている。
輝香は絨毯の上を走り、玉座に近づく。
「正煥! 私よ、輝香よ!」
「………」
「わかるでしょ? 返事をして!」
「それ以上は近づくな!」
絨毯を越えて玉座に近づこうとした輝香の前にガラテアが立ちふさがり、彼女の行く手を阻む。
「でも……。正煥、貴方が私を呼んだんでしょ?」
「確かに、お前を呼んだは俺だ。だが、俺は正煥ではない。金日民だ」
「でも!」
輝香が日民に叫ぶ。その瞳に涙が光っていた。
日民は肩をすくませると、玉座から立ち上がり、輝香に近づく。
「……! 貴方は誰?」
目の前にいる人物が正煥ではないと気がついた輝香は目を見開き、日民に訊ねた。
「だから、言っているだろ? 金日民、この国の最高指導者。そして、申正煥の双子の弟だ」
「双子?」
輝香が蒼白した表情で日民に聞き返す。返事の代わりに彼は頷いてみせた。
「初めまして、輝香さん」
「……騙したの?」
目を細めて右手を差し出した日民を無視して、輝香はガラテアに聞いた。
「騙してはいない。私は一言もあなたに正煥殿が待っているとは言っていない」
「詐欺師……」
「当国では言論が自由とはいえない。彼女の不名誉となる事は言わないでくれ」
「貴方は黙って!」
輝香は瞳に溜まった涙を溢れさせ、日民に怒りをぶつけた。
「ちっ、面倒だ」
「何ですっ……てぇ」
日民は差し出していた右手で暴れようとする輝香の腕を握ると、輝香の怒りが静まった。
「……よし」
「憑けたのか?」
「必要最低限だ。余計な事をしない様に、自制心をな。………客人だ。丁重に部屋にお連れしてくれ」
「御意」
日民はガラテアに輝香を任せると、そのまま部屋を後にした。
「何しているんだ?」
日が昇り、トレーラーは平壌を目指して移動していた。
運転する柳は、助手席で札に何かの図を筆ペンで描いていた銀河に聞いた。他の二人は後部座席で仮眠をとっている。
「お守りみたいなものかな? ……っ! よし、いい出来だ」
描きあがった図に手を触れた銀河は、小さく唸りをあげた。
「どうした? 指でも切ったか?」
「いえ、大丈夫です」
そして、その札を丁寧に布に包むと、次の札に同じ図を描き始めた。
「不思議な奴だな。……確か、グエムルに襲われたんだよな?」
「はい」
「よく平気だったな?」
「……運がいいんじゃないですか?」
「しかし、戦ったんだろ? あの「G」と」
「正義感が目覚めたとか?」
「質問しているのは俺だ。聞き返すな」
「すみません。疑問形で返すのが癖なので」
「変な癖だな。………しかし、よくすぐに帰されたな? 観光客がバイトしるかもしれないとか、不法労働者だとか騒いでいたみたいだったぞ?」
「あー……勘違いだったんじゃないですか?」
「………何を隠しているんだ?」
「何も隠していませんよ?」
「その札はなんだ?」
「だからお守りと……」
「だったら一枚でいいだろ? さっきから、覚えているだけでも5枚は描いている」
「………」
「今度は黙秘か。……そもそも、お前がここにいる事自体、俺はまだ納得できていない。お前、ただの居候だろ? しかも、後ろの親父との会話を聞いた限りでもお前と輝香って娘、あんまり仲が良さそうでもない」
「詮索するのはあまり良い趣味とはいえませんよ?」
「そういう事を言えとは言っていない。なぜ、お前は危険を冒す真似をしてまで、関わろうとしているんだ?」
「……何故だと思っているんですか?」
銀河は描きあがった札を先程同様、確認をして、布に包む。そして、次の札を取り出す。
「こんな噂を耳にした事がある。南韓の首領は「G」の力を持つ」
「えっ?」
「おや? 当てが外れたな。俺はてっきり、お前が「G」についての何かを調べていて、噂を調べる為に行動を共にしているんだと思った。それなら、グエムルにさらわれたのも納得できる。自分から近づけば当然だからな。………いや、ここまで無事が続くってことは、お前自身も「G」かもしれないな」
「………」
「なんだ、怒ったのか? 冗談だ」
そう言って、柳は笑った。
「その噂、詳しく聞かせてくれますか?」
「なんだ、興味あるか? いいぞ、暇潰しに話してやる。そもそも、今の金日民首領は先代の正妻の子どもではない。実子ではあるんだが、亡命した裏切り者の息子といわれ、その存在自体が今まで消えていたんだ。しかし、先代が死んだ後に、後継者争いが起きた。革命は血で行われるという主席の言葉が、世襲という条件を生んだ。軍幹部達は互いに支持する兄弟達を後継者にしようとした。それはもう中世の後継者争いさながらだったらしい。しかし、ある日突然、平壌に一人の青年が現れた。そして、瞬く間に、軍幹部達は彼の支持を主張し始めた。それが、金日民だ。しかし、そう簡単に事は運ぶわけがない。他の兄達が黙っているはずもないからな。だが、彼らは自殺や自分の腹心の部下による裏切りなどで、次々に死に絶え、彼以外に盤上に駒がいなくなった。こうして、金日民は最高指導者になったのでした。めでたし、めでたし」
「………そう都合よくいくものなのか?」
「ありえないな」
銀河の疑問に、柳は即答した。そして、話を続ける。
「お前以外にも、それこそこの話を聞いた世界中の人間が疑問を感じた。そして、誰かが流行りと組み合わせて一つの結論を下した。金日民は「G」の力を持っている。その力を使って国を支配したんだ。……馬鹿げてるだろ?」
「………」
「やっぱり、お前は「G」を知っているな?」
「何故?」
「反応があまりにも自然すぎる。こんな胡散臭い話を黙って聞いていた。そもそも可能性を否定しようとしていない」
「………ガラテア・ステアという女性を知っていますか?」
「存在は知っているが、そこまで詳しくはわかっていない。大まかな容姿と、殺人術に長けるという噂、そして日民のお気に入りらしく、いつも傍に置いているという情報くらいだな」
「……彼女が「G」であるという可能性は?」
「そういう噂は聞いたことがないが、素手で人を殺した事があるという噂は聞いたことがある。しかし、そう「G」がバーゲンセールみたいにあっちもこっちもいるもんか?」
「……そう、だよな」
銀河は苦笑した。
「そうだ。会わせてやるよ、今回の大脱北計画の協力者」
「本当ですか!」
「あぁ。ガンヘッドだけでなく、パイロットまで付いているんだ。会わせない訳にもいかない」
柳は視線を銀河に向けずに言った。
銀河は札を布に包むと、次の札を取り出した。