「G」の軌跡


 


「へぇ…。ゴジラは戦闘した後に原発を襲撃せずに帰ったのか……。」
「アナタ、食事中に新聞は読まないでください。」
「あ、すまんすまん。」

三神小五郎は新聞を畳むと、改めて両手を合わせ納豆を混ぜる。今日の朝食は和食だ。
テーブルの向かいに座る夫人の優は、やれやれと首を振り、茶碗を持つ。
まだ新婚夫婦といえる二人だが、この落ち着いたやり取りは熟年夫婦にも劣らない。

「あ、そうだ。お弁当だけど、まだご飯が炊けてないのよ。昼までに届ければいいかしら?」
「んー、一応新潟から山根さんがお客さんを連れてくるらしいけど…。まぁそれくらいは大丈夫だろ。お願い。……ところで、なんでまだ炊けてないの?」
「……予約をセットし忘れたのよ!」

優は顔を赤くして言う。一瞬脳裏に原因が浮かぶが、いずれにせよしっかりものの優にしては珍しいと思い、同時に可愛らしく思う三神であった。
そんな事を考えつつ、三神はテーブルの脇に飾られた写真立てを見る。

写真には結婚前の三神と優、そしてもう一人の男が写っていた。

「どうしたの?」
「いや、ちょっと八神の奴が何してるかなって思ってね。」
「そうね。……噂だと外国でマッドサイエンティストみたいな事をしているって聞いたけど。」
「ゴジラが復活したとなると、どうしてもあいつがまた日本に来てそうに思えてさ。」
「やっぱり会いたい?」
「まぁね。あの時学会を追われたのは僕だったかもしれないし……さ。」


箸を置き、荷物を持つと、三神は優に見送られて、自宅を後にした。




 


一方、健達一行は東京の国立生物科学研究所にいた。

「ちょっと早く到着し過ぎましたね。」

健吉はそう言いながら、警備員に挨拶し、研究所の扉を開けてもらう。
待っている間、健は溜め息を吐く。

「母さんは昼過ぎないと合流出来ないっていうし、残念だな。……そういえば、麻生はこっちに戻ってくるのか?」
「さぁ?東京駅で別れた時の口振りだと、微妙ね。Gフォースの仮隊員なんでしょ?やっぱり色々訓練とかあるんじゃない?」
「そうか。」
「たけにぃ、将治さんがいないと寂しいんだ?」
「別にそういう意味じゃねぇ!あんな奴いなくて清々するってんだ!」

「さぁ、とりあえず中へ。」

健達がやりとりをしていると健吉が扉を開けて呼ぶ。一行が歩いていく後を、シエルは少し距離をおいて歩いていく。



「……って事は、ゴジラは怪獣だけを倒して、原発は襲わなかったのか!やっぱゴジラは俺達の味方だ!」
「健君、確かにそう喜ぶ気持ちもわかる。……しかし、それを結論とするには少々早計なんだ。」
「どういう事ですか?」
「では、手塚さん。あなたは運動をした後、食事をとりますか?」
「当然とります。」
「ゴジラも同じです。勿論、祖父が唱えた説通りに、ゴジラの主食が魚類であればこの行動は全く問題ありません。ただ、近年の研究でゴジラの主食が放射性物質、またはその放った放射線そのものとわかっています。最も、その吸収するメカニズムはまだ研究中ですが。」
「つまり、あの場ではゴジラが伊浜原子力発電所を襲い、放射能を吸収するのが理にかなっているという事ね。」

シエルが突然口を開いたので、一瞬周りが驚く。

「その通り。勿論、それは全面的に停止させてあった原発が魅力的に思えなかったというゴジラの嗜好に関する可能性を除外したものだけど。」

「おはようございます。早いですね。一番近くに住んでるウチよりも早く出勤なんて………あ、すみません。」

白衣を適当に肩から羽織って入ってきた三神が慌てて謝る。

「彼は現在私と共に現在のゴジラの生態を研究している三神小五郎君だ。親しくミジンコ君とあだ名で呼んでやってくれ。」
「それはないですよぉ。」
「この少年が、例の村を救った桐城健君だ。そして、妹の美歌ちゃんと、付き添いの手塚みどりさんとシエル・シスさんだ。」
「大所帯で来ましたね。」
「Gフォースが全額負担してくれたんでね。」

そう言って、健吉は笑う。
そして、健吉は健達の方を向いて言った。

「さて、健君も東京観光をしたいだろう。さっさと調べて、昼には終わらせましょう。」




 


「それは本当なのか!」

先日の秘密会議で使用した小会議室に新城の声が響いた。
今日は新城と佐藤の二人だけだ。

「嘘をついてどうすんだよ。紛れもない事実だよ。SUMP部隊は何者かによって惨殺された。……写真、見る?」

佐藤が写真を見て、顔をしかめながら言う。

「いや、遠慮しておく。……つまり、それは何者かが、怪獣出現に関与し、尚且つ特殊部隊を全滅させたという事だな?」
「確証はない。けど、その可能性が一番高いだろうな。功二、これは俺の勘だけど、俺達、かなりヤバい事に首を突っ込んでるんじゃないか?」
「かもしれないな。……いや、恐らく相当ヤバい事だ。何せ、昨日の作戦で想定していた事が俺と未希自身、半信半疑で考えていたものだ。」
「そろそろ話してもいいんじゃねぇか?俺にも、その想定を話してくれよ。……俺はお前の補佐だろ?」
「………わかった。ただし、これは麻生司令時代からの秘匿事項にも関わってる。いいな?」

頷く佐藤。新城は椅子に深く座ると話し始めた。

「Gフォース幹部であるキヨなら知ってるだろうけど、現在の歴史は未来人のタイムマシンによって改変されている。」
「まぁ、実際にこの世界に俺達には特に実感はないけどな。」
「あぁ。それにより、パラドックスが起こり、ゴジラ復活の時期と場所が変わり、ゴジラはベーリング海で生まれた。そして、ビキニ環礁で生まれた怪獣はキングギドラ。メカキングギドラや巨大タイムマシンの事から未来人やゴジラやキングギドラの誕生に未来人の技術が関わった事は、タイムマシンにメディア関係者が同乗した事でも一般にも明らかにされている。……だが、その際失われた歴史……つまりパラドックスで消えた事には語られていないし、この世界には残っていない。」
「当然っちゃあ当然だけどな。」
「俺達は未希達の記憶から後に作成された資料を使ってその分の歴史も大体は知っている。……今回の想定の根拠になったのも、それだ。」
「伊浜原子力発電所だな?」
「あぁ。伊浜原発はゴジラによって破壊されたはずだが、この世界ではまだ破壊されていないし、事故もない。あまりパラドックスだの難しい事はわからないが、新宿がゴジラ達の戦闘で破壊を受け、その後の戦いでも破壊された場所は何らかの形で被害を受けている。……つまり、そういうものなんだろ?」
「功二、俺に聞かれてもわからねぇよ。確かに、ゴジラとの戦闘で死んだ人は結局死んでいるし、スーパーXや権藤吾郎一佐の様に元の歴史での事柄を事実として今に伝えられた事もある。」
「いずれもこっちの歴史じゃ矛盾の多い話だったから、納得のいく方を選んだ様にも感じたけどな。」
「まぁ、ややこしい話はこの辺にしよう。問題は、これからの事だ。……恐らく事実として、世界的な戦争が何らかの形で起こる。」
「第三次世界対戦って事か?」
「いや、そうとは限らない。……キヨ、頼んだ調査はどうだった?」
「あぁ、あったぜ。ビンゴだ。今朝の飛行機で何人も入国してる。……例の国際捜査官、こいつらを追ってたんじゃねぇか?」
「まだわからない。それで?」
「あぁ、細かい事はその資料にまとめられてるみたいだから、後で読んでくれ。」
「読んでないのかよ!」
「いいじゃん。それより、言っただろ?事実だって。数年前に非合法活動の実態が公にされて消滅した旧バイオメジャーのメンバーだ。どうやら、どこかの軍事国家と共謀して地下組織として生き残ってたみたいだ。入国はアメリカからだけど、素人の俺でも怪しいぜ。」
「まぁ、その辺は専門家がいずれどうにかするだろう。」
「だな。んで、どうやら怪しい人物が一人見つかった。その資料の一番上の奴なんだけど、八神宗次っていう元国立生物科学研究所の研究者だ。」
「へぇー、確か山根博士のお孫さんとかがいる所じゃないか?」
「そう。ちゃんとその人物だけは読んだぞ。八神は以前共同研究者と共にデストロイアの研究をしていたんだ。その後、デストロイアの復活へ研究の内容が近付いてきた事を危惧した相棒や周りと意見が対立し、全ての資料やサンプルと共にバイオメジャーにヘッドハンティング。その後、バイオメジャーが消滅。八神は異端とされて、学会から追放された。」
「………完成させたのかもな。」
「何を?」
「デストロイアだ。まぁ、その場合は今回の事と直接繋らないから置いておくが。……オリハルコンを確認した博士、何だっけ?」
「エマーソン博士な。……間違なく関係してるだろうが、確認は出来ないぜ。」
「え?」
「今朝、死体が発見されたらしい。どうやら、口封じだな。麻生さんが持ってる資料以外は全て破壊された。しかも、死因はSUMP隊員同様、常識外の惨殺死体。」
「………ん?常識外?」
「あ、悪い。言葉足らずだった!惨殺死体だけど、鋭い大型の刃物で体の急所を見事に貫いたり、切られたりしてる。殺人兵器に切られた感じだったみたいだぜ。」
「………アンドロイド、その可能性は?」
「おっそろしい話で、その可能性が否定できないらしいぜ。」
「エマーソン博士の研究内容は?」
「今は言った様に、全て破壊されてるからわからないけど、Gフォース時代はタイムマシンの開発と、それに関連しての次世代航空技術の開発とそのサポートシステムの開発らしい。」
「まんまビンゴじゃないか!」
「……おい、もしかして功二達の想定っての、未来人の仕業って事かよ?」
「あぁ。キヨ、冴えてるじゃないか!ガルーダⅡで才能が開花したか?……そうだ。未来人が再び何か歴史に介入しようとして、オリハルコンだのアンドロイドだのを使ってるって考えてる。その根拠が、まるで怪獣によって伊浜原発を破壊させようと、注意を反対の清水にさせるように仕組んだかの様な構図、そして特殊部隊の壊滅だ。事実はその可能性に信憑性を与えるものばかりだ。」
「………マジかよ。じゃあ、最近三枝さんが色々な所に顔を出してるのは。」
「未来人の目的を探す為だ。……恐らくは世界戦争に何か仕組もうとしているという事だろう。ただ、まだ開かれてないカードがある。」
「何だ?」
「2005年の原発事故だ。ゴジラの可能性は極めて低いのは、既に何度も検討されて明らかだ。まだわからないが、何かまだ謎がある。」
「まぁ、そう根詰めんな、旧バイオメジャーだって、未来人との関係がわかってないんだし。」
「まぁな。……動きがあったら、その時はかなりヤバい状態になっての事だと考えられる。それに、一応相手には未来を知っている。全てが先手を打たれての事とも考えられる。」
「まぁな。……だけど、そうも言ってられないだろ?」
「あぁ。それに、もう一つ懸念される事があるしな。」
「ん?まだあるのかよ。」
「ビオランテだ。……最もビオランテに関してはスペースゴジラとして前の世界からこっちに現れてるのは、数年前に明らかにされていた。だが、ビオランテが現れた訳ではないからな……。」
「そんな怪獣、一体どこに生えてくるんだよ。多分現れても100年先だよ。」
「………待てよ。何故陸上怪獣じゃなく、ゾエアが伊浜に現れたんだ?既に、実戦として怪獣を使用している時点で、実験とは考えられない……。」

「伊浜原発に新たな怪獣を仕組む為だと思います。破壊される事は前提ではない!ゴジラを駿河湾に呼んで、原発の機能を停止させて侵入を容易くさせる為です!二匹目のゾエアは特殊部隊との戦闘で目的がバレるのを恐れた敵のフェイク!そこまでして仕組んだ怪獣だ。相当の化け物に間違ない!至急部隊を回さなければ!………ハッ!」

そこまで言って将治は気がついた。自身が扉を開き、二人に力説している事に。

「……とりあえず、いつから立ち聞きしてた?」
「それは本当なのか!……からです。」

新城に聞かれて、将治は小さくなりながら言った。

「つまり、ほとんど始めからだな。……まぁ知ってしまった以上は仕方ない。確かに麻生さんの孫で仮隊員だったね。マジロスの件や訓練の成績は耳にしているよ。………聞いてしまった以上、仕方がない。キミにも俺達と同じ橋を渡ってもらうよ。」




 


「……そう。……わかったわ。……えぇ、これから彼女に会うところよ。……じゃあ詳しくは戻ってから。」

未希はそういうと新城からの電話を切った。
そして、都内にある某喫茶店へ入ると、一人の女性が座るテーブルの前に向かった。

「桐城和美さん、ですね?」
「はい。……三枝未希さんですか?」
「はじめまして。突然御連絡をしてすみません。」

和美に未希は簡単な挨拶を済ませると、和美の前に座わると、コーヒーを注文し、本題に入った。

「用件は二つあります。旦那さんである、桐城研護さんの事。それと、息子さんの桐城健君の事です。本当は、ゆっくりと様子を見てから御連絡をしようと思っていたのですが、そういう訳にいかない事情ができまして、失礼を承知で寺沢さんから御連絡をしてもらいました。」
「……ゴジラ、ですね?」
「えぇ。」
「それに、相手の怪獣の事、もありますね?」
「はい。」
「今、子ども達を見てもらっている娘からゴジラの事は聞いています。健が今、その事を調べる為に東京にいる事も。」
「はい。ですが、それはまもなくなんらかの結論がでると思います。近いうちに私自身も会うつもりです。」
「と言う事は…。主人の事ですね?」
「はい。鋭いですね?」
「貴女ほどではありませんわ。私の場合、ただの主婦の勘です。」

和美が笑って言うと、丁度コーヒーが未希の前に出された。
未希は一口コーヒーを飲む。香ばしい香りが口いっぱいに広がる。

「旦那さんが失踪の原因は?」
「実は私もはっきり知らないんです。ただ、主人は主人が正しいと信じたから、失踪した。それは間違いありません。」
「では、失踪当時に調べていた事は?」
「多分寺沢さんからお聞きになった通りだと思いますよ。ゴジラ対策として発展するGフォースや自衛隊の兵器技術の発展についての危惧を調べてました。」
「それは、失踪する以前に調べていた事ですよね?…貴女は、御主人が失踪する直前に調べていた事を知っている。」
「……それは超能力ですか?」
「いいえ、女の勘です。でも、貴女は寺沢さんの話を聞いた後に、すぐに帰りました。それは、寺沢さんの話の内容が既に知っていた事が主であったから。そう考えたからです。」

未希は軽く笑うと、コーヒーを飲む。

「あら、推理小説みたい!……いいわ。失踪する直前、日本の各地にある原子力発電所で謎の事故があったのは覚えていますね?」
「えぇ。それによって、日本は諸外国から責任を糾弾されました。」
「そう。でも、それは日本の責任じゃない。広い意味では危機管理の問題で責任はあるかもしれないけれど……。」
「怪獣と考えているのですね?」
「えぇ。少なくとも、主人はそう考えていました。ただ、怪獣の襲撃ではなくて、怪獣の誕生です。」
「誕生?」
「主人は、あの事故が新たな怪獣が生まれた為、もしくは怪獣を生む為に何者かがしたものだと考えていたんです。」
「………その何かヒントを見つけたか、見つけるために御主人は失踪したのですね?」
「えぇ。当時は、待ち続けようと思っていましたが、やはり彼を見つけて共に歩みたいと月日が経つにつれて思う気持ちが強くなって、こうして情報があればどこへでも出向いています。」
「……それが、どんな怪獣かは?」
「全く分かりません。行方を眩ませる時に、既に何かを掴んでいて、私達を危険から守る為に言わなかったのか、まだそういうものは掴んでいなかったのか。」

『『………さん!』』
「え?」

突然耳元で声がした。未希は振り向くが、どこにも人はいない。
和美が不思議そうな顔で未希を見る。
そして、未希は耳のイヤリングから声が聞こえている事に気がついた。

「コスモスなの?」
『『はい。お久しぶりです、三枝さん。』』
「どうしたの?突然。」

実に14年振りの声であった。
彼女達の声は未希しか聞こえない。当然、和美は理解できないが、携帯電話だと勝手に解釈し、ゆっくりコーヒーを飲む。

『『実は、私達の……コスモスの文明の遺産が現世に蘇っているのです。』』
「それって……。」
『『その昔、祖先がモスラを生み出したものとも伝えられている神器です。』』

すぐにそれがオリハルコンであると、未希は悟った。

「多分、その神器が今怪獣達を生み出しているわ。」
『『やっぱりそうでしたか。私達やモスラの力でも、今の場所からでは地球で起こっている事を完全に知る事はできません。……でも、ゴジラや皆さんに大きな危機が迫っています。いえ、もしかしたら既に迫っているのかも……。気をつけてください。』』
「えぇ。でも、何が?」
『『今私達が言えるのは、全ての事象は歴史が生み、事象が歴史を生む事。神器も、それを利用しようとしている存在も、それを防ごうとする存在も、全ては同じ時間の中にいる存在です。惑わされないで、正しいものを見つけて下さい。』』
「正しいもの…。」

そうして、コスモスの声は消えた。モスラは一体どこにいるのかわからないが、モスラも頑張っているのだ。
未希は一人頷くと、コーヒーをゆっくり飲んでいた和美を見た。

「あら、電話は終わった?」
「えーと…、はい。失礼しました。」

笑顔でいう和美に、未希は説明するよりも肯定する事を選んだ。
そして、話は少しずつ世間話になっていったが、未希の脳裏に恐らくは遥か遠くにいるコスモスが、わざわざ未希にテレパシーで連絡をしてきた事、そしてゴジラと自分達の危機が迫っている事、神器というオリハルコンの存在がいつまでも渦巻いていた。
8/14ページ
スキ