「G」の軌跡
翌朝、弥彦村に一人の男が入って来た。
三十代半ばと思える彼は、自衛隊員に話しかけ、場所を聞いた後、その方向に向って歩きだした。
「おはようございます。…私、手伝います。」
「あら、シエルちゃん、おはよう!いいわよ、ゆっくり休んでて。」
「泊めて貰ったお礼。」
「まぁ。じゃあ、お願いするわ。」
昨晩の内にパジャマと一緒に借りた和美の洋服を着たシエルは、大きさは問題ないが、スカートが慣れないのか、足元を気にしながら手伝う。
みどりはその姿につい微笑んでしまう。
「どうかしました?」
「ううん。ただ、シエルちゃんの格好が似合ってるなぁと思っただけよ。」
「………。」
みどりの言葉に顔を赤く染めてうつむくシエルのその仕草に、みどりはまた微笑んでしまう。
当然、その後起床した美歌と健がシエルのその姿に各々らしい反応をしたのは言うまでもない。
「…で、今日はどうするか?作文も書く気がしないしなぁ。」
「そうね。カレー豆も無くなっちゃって、つまらないし。」
「それはみどりが俺の分まで食べるからだろう!大体、つまらないってなんだ!食べもんの恨みは恐ろしいんだかんな!」
「だって、ねぇ?」
居間で座るみどりは隣りで座る美歌に言うと、美歌は黙って頷く。
「カレー豆?」
「日本で一番美味しい食べ物だ!」
「って、たけにぃ、それは言い過ぎだから。」
不思議そうな顔で聞くシエルに力説する健に美歌が突っ込む。
いる人は変わっても、この光景は変わらない。不意にそう考えてしまう健。何故そう思うのか自問するが、当然先日の怪獣襲撃を経験した事が為だと理解した。
時間が経つにつれ、自分の中に何か引っ掛かるものがあるのに、気がつきつつある。
そんな軽く気が重くなりかけていた健を起こすかの様に、家のチャイムがなった。
「もしかして、お母さんかな?」
美歌が飛び上がって、玄関に走る。
「な~んだ、麻生さんか。」
後を追う健達にそんな美歌の声が聞こえ、来客者が将治である事を理解した。
しかし、玄関に向かうと、将治と共に見知らぬ男性が立っている。将治は彼を紹介する。
「皆さん、こちらは国立生物科学研究所の山根健吉さんです。今朝この弥彦村に来たんですが、桐城に昨日話した、キミに会わせたいと言っていた方の一人だよ。」
桐城宅に来訪者が来たのと時を同じくして、寺沢宅にも来客が来ていた。
「何年振りでしょう?」
「多分、メカキングギドラとゴジラが戦った後に会った以来ですから、大体17年振り…ですね。結婚式に出席できなくてすみませんでした。」
「お気にせずに、もう十何年も前の話です。…して、三枝さんはどのような用で?」
来客者─未希は、寺沢に聞かれ、鞄から一枚の写真を出した。
「これは?」
「先日新潟に現れた怪獣を産んだ物ではないかと考えられている存在です。まだ極秘事項なので、初めて見るかと思います。」
「そんなものをジャーナリストの私に見せてよろしいので?」
寺沢は笑う。
しかし、未希は少し微笑んでみせると、話を切り出した。
「この金から感じるモノが、あのタイムマシンから感じたモノに似ているんです。」
「えっ?」
「流石に17年近くも前の記憶なので、間違なく同じものだとは言い切れませんが……。」
「もしや、三枝さんは………。」
「あの未来人が再び現代に来ているかもしれないと思いまして。」
「そして、キングギドラの時の様に怪獣を造り出していると?」
寺沢の言葉に未希は頷く。
「もしかして、寺沢さんの元に何か接しているんじゃないかと思いまして。」
「残念ですが、エミーは愚か、この数日で私を訪ねたのは、三枝さんと仕事仲間の奥さんだけだ。しかも、彼女は私が呼んだから。……それに、仮に未来人が現れているとして、それはエミーじゃない。そう思います。」
「何故でしょうか?」
「いや、ただの勘です。……そういえば、エミー達の23世紀の本当の姿を話していましたか?」
「えぇ…と、ゴジラによって世界が壊滅的な被害を受けたって話ですよね。」
「という話で、コントロールできるキングギドラを代りに送り込んだ……という解釈がされていますが、根本的な23世紀までの世界はゴジラの復活によるもの被害だけではありません。対ゴジラ兵器開発として、メーサー兵器やスーパーXなどの強力な軍事力を得た日本が他国に戦線布告をして、戦争状態に陥ったそうです。」
「じゃあ、当初のゴジラ消滅とキングギドラを送り込んだ目的は……。」
「よりその後の世界の支配を優位にさせようと目論む、ウィルソン達未来人の策略だったんです。」
二人の間にしばらく沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、昼食の買い物から帰ってきた千晶であった。
「三枝さん、ごめんなさい。買い物に行ってまして……あら、あなた、お茶も出さないで…すみません。今出しますね。」
「あ、お構いなく……。」
「…あくまでも、私が今お話を聞いて過ぎった考えなので、確証は全くないが……、その戦争が始まろうとしているのでは?」
「でも、それは23世紀の話ですよね?」
「歴史の前倒しが起きた、そうは考えられませんか?」
「メカキングギドラを引き上げて未来の科学技術を手に入れた。」
未希が言うと、寺沢は静かに頷く。
「勿論、そんな仮説も立てられるだけの話です。………しかし。」
「しかし?」
「いえ。昨日来た方の旦那というのが、以前私と同じくノンフィクションライターとして様々な事柄を調べていたんですが、4年前に何かを取材しに姿を消して以来、行方不明なんです。」
「まぁ。」
「それが、詳しくは私に危険が及ぶと言って話してはくれなかったんだが、どうやらゴジラ対策兵器を開発し続ける日本やGフォースに対する他国の影響について調べていたみたいなんです。そして、いつか人が怪獣になる……と。偶然、彼の顔が浮かんで、話題にしましたが、もしや前倒しが起こり、その日が間近に迫っているとは考えられませんか?」
「そうですね。…でも、少なくともGフォースには国連加盟国からの出向や技術提供は全て共有してますし、その管理はGフォースや国連の筈です。」
「まぁ、仮説です。それに、Gフォースに出向してる三枝さんが言うのだから、事実でしょう。……となると、自衛隊やGフォースに関連する各所だなぁ。」
そう言うと、寺沢は額を掻く。未希が話かける。
「そうですね。それに、日本から他国への攻撃をするとしても、その犯人が日本とは限りませんし。………そうだ、その行方不明中のジャーナリストのお名前を教えて頂けますか?」
「あぁ、桐城健護です。」
「桐城……。」
その名前を最近聞いた。しばらく記憶を辿り、昨日麻生孝昭から聞いたゴジラの進行を止めた少年の名だ。その名は…。
「もしかして、桐城健君という子を知ってますか?」
「健君は桐城の息子だよ。しかし、何故あの子の事を?」
「いえ、もしかしたら偶然ではなく、運命などの必然的な事なのかもしれませんね。私がここに来た事も、全てが……。すみません、変な事を言ってしまって。そろそろ失礼します。」
丁度お茶を持ってきた千晶に未希は丁寧にお礼を言うと、寺沢宅を後にした。
「それで、一体健に何の用があるの?」
お茶を出すと、みどりは将治に聞いた。
「それは私の方から説明いたします。」
口を開いたのは健吉であった。
「現在のゴジラは、先代のゴジラとは違い、人に育てられた経験があるという特徴があるのは、御存知だと思います。」
頷く健。その脳裏に一馬と梓の顔が浮かぶ。
「リトルやジュニアと言われていた時代も、Gフォースを中心とした人々が彼と何度となく交流をしてきました。ジュニアに関しては、当時出現し私自身も関わっていたデストロイアとの戦闘をさせる為に、超能力を使って誘導した経由があるので、交流したとは言い切れませんが。」
「そして、超能力者以外では、リトル時代に新城指令官達が接した以来。そして、一切の道具を使わずにゴジラへ意思をあそこまではっきりと疎通させたのは、ベビーの頃に親代わりになっていた五条梓─翼君のお母さん以外では初めてだと思います。」
「本来なら、研究者としての立場である私よりも、ゴジラと直接コミュニケーションをとり続けていた三枝未希さんが来た方がよかったのかもしれませんが。」
「…三枝さん、お元気ですか?」
「え?」
「あ、すみません。小さい時に私もゴジラやモスラに会ってまして、そのときに三枝さんにはお世話になったもので。」
「そうだったんですか。……桐城、キミはすごいね。周りの人にこんなにもゴジラと縁がある人が集まっているなんて。」
「本心なんだろうけど、何か嫌味に聞こえるぞ。」
「そう感じたなら失礼。」
「さて、私自身もゴジラとは、祖父以来からの古い縁でね…。」
「桐城も、作文でゴジラを書いているのなら山根博士は知っているね?山根さんはその孫にあたる人でもあるんだ。」
「す、すげぇ!」
「まぁ、祖父だから。」
そう言って、苦笑する健吉の顔を見ながら、将治は顔を曇らせる。祖父の七光と云われ続けている将治自身をその姿に重ねてしまっていた。
そんな将治にシエルが話しかける。
「ショウジ、どうしたの?」
「い、いえ。何でもないです。さぁ、本題に入りましょう。」
「そうですね。単刀直入にお願いします。健君、私と一緒に来て欲しい。」
「「「「えっ!」」」」
これには、シエルを含んだ全員が驚いた。
「ちょっと待て、さっきの流れでどうしてそういう結論になるんだ?」
「ゴジラの意思疎通に関する可能性を検証する為です。」
「検証?」
「一つは、現在のゴジラは人の意思を読み取れる、または理解する力とその意思があるという場合です。これは、ある程度可能性はありますが、Gフォースを始めとする世界中の軍隊を納得させるには現段階では弱い。それには、ゴジラが少年の意思を理解したという事について、他の可能性を否定する必要がある。」
「他の可能性?」
「健君自身が、三枝さん同様に能力を持っている可能性です。その為にも、本来は彼女が来るべきだったかもしれませんが、これ以外にも可能性がある。ゴジラの本能による行動が現実的に最も高い可能性ですから、現場を調べて、その上でその可能性以上に、ゴジラが人の意思を理解して行動を進路を変えた可能性が高いと証明しなければ、ゴジラが出現したら必ず殲滅命令が下ります。」
「桐城、ゴジラが一方的な破壊をする存在じゃないというのなら、誰も文句を言わせないようにすればいいじゃないか。キミが言ったじゃないか、拳と拳でぶつかり合えば、分かり合えると。文字通りに、殴りあうだけで解決すると思っているわけじゃないだろう?」
「………。」
「もしかして、たけにぃ。本当に殴るだけで分かり合えるという意味だった?」
「ちげぇ、そうじゃない!だけど、なんか納得いかねぇだけだ。」
「健、世界はあんただけじゃない。美歌ちゃんもいれば、私もいる。シエルだって。そういうのを十人十色っていうじゃない。みんなを納得させるには、あんたの決めた事を貫き通そうと思うんだったら、文句言わせないようにしちゃえばいいんだよ!ま、偶には分からず屋がいるから、そういうのには殴れば分かり合えるだろうけどね!」
みどりは笑って言ってみせた。
思わず、健が噴出す。
「なんだそりゃ。結局、喧嘩になるじゃねぇか!………でも、俺もみどりに賛成だ。それなら、納得する。おい、麻生。俺はどこへでも行くぜ!」
「よし、そうとなれば、まずは現場検証をしよう。今日中にデータを取って、健君さえ大丈夫ならば、明日には東京へ行こう。」
そう言って、健吉は立ち上がる。
そして、健達の様子に気がつく。
「どうかしました?」
「あ、母さんもまだ東京にいるんじゃないか?」
「そうだよ!お母さんに会えるじゃん!」
「よかったわね、美歌ちゃん!」
「タケルとミカのお母さん…。」
「あのー、もしかして皆で行くつもり?」
「もしかしなくても、これは行く気満々ですね。………Gフォースから経費がでないか、聞いてみますね。」
「お願いします。」
低予算の中、ゴジラ研究を直向きに続ける一介の研究者、山根健吉は、将治の手を掴んでお願いしたのだった。
一方、静岡県静岡市清水。
日本新三景・日本三大松原のひとつとされている名勝地、三保の松原ある三保半島の反対側の岸辺に一人の男がいた。この小さな半島と清水港に挟まれて、港には直径数キロ程の小さな湾があり、多くの小型船、大型船が行き交う。
その男は、行きかう船舶の姿と対岸の清水港をしばらく眺めていると、突然懐から金属片を取り出した。
「こちらβ、これよりオリハルコンを投下する。」
そう一人呟くと、金属片を防波堤から海中に落とした。
しばらくして、清水に警報が轟いた。
『清水港に怪獣が出現しました。付近の住民は、すみやかに避難してください。』
清水港には、巨大な甲殻類の幼生のような怪獣が現れていた。
「まるで、ゾエア幼生じゃないか……。」
避難する白衣を着た学生らしき青年は、怪獣を見てそう呟いた。