「G」の軌跡





「和美さん、わざわざお呼びだてしてすみません。」
「いえ、私も無理を言ってしまいまして。」

和美は千晶夫人からお茶を受け取りながら謙遜する。
夫人は旧姓森村千晶。テーブルを挟んで向かいに座る中年の紳士、寺沢健一郎の妻であり、寺沢同様に彼女も1992年に未来人とキングギドラ戦に関わった人物でもある。
千晶夫人はお茶を置くと、台所へと下がった。

「実は、桐城……いや、旦那さんの居所がわかるかもしれない。実は、つい先日まで中国で昨年に起きた地震の取材に行っていたんですが。そこでこんな写真を見つけてましてね。」

寺沢は取材資料が入っているのであろう分厚いファイルの中から一枚の写真を取り出し、和美に渡した。

「桐城研護ですよね?」
「……はい。サングラスや髭で多少印象は違いますが…、この笑顔は間違なく研護さんです!」

和美は、数人の男女と共に笑顔で写真に写る研護に感情の高まりを抑えつつ、頷いた。

「か…彼は今?」
「私も色々調べてみたのですが、結局今の居所はわかりませんでした。ただ、彼は取材ではなく、災害ボランティアとして現地で活動していた様です。」
「彼はいつ中国をたったのでしょうか?」
「そこまではわかりません。ただ、足取りを追った所、被災地で軍の支援が回らなかった貧困地域を点々と移動し、色々な団体のサポートや子ども達と接して笑顔を多く例え一人でも与えていたらしいです。」
「……そうですか。」
「ただ、一つ気になる話をききまして。」
「え?」
「どうも、桐城は被災地をただ点々と回っていたのではなく、何かを調べていた様なんです。実は、熱病にかかった子どもの家に行った際に、彼は何か小さな機械を子どもに翳していたそうです。」
「機械?」
「聞いた限り、私が思い当たるのは…、ガイガーカウンターくらいです。」
「それは、確か放射能を測定する機械ですよね?」
「はい、勿論あの地震で放射能漏れなどはありません。ただ、彼は地震被災地で放射能汚染を疑った。これは事実です。」
「………。」
「やはり、彼の失踪の理由に関係が?」
「わかりません。…そ、その、ありがとうございます。また何かわかりましたらご連絡下さい。今日のところはもう遅いですし、失礼致します。」

そう言うと、和美は寺沢宅を後にした。


 




つくばG対策センター屋上
「まさか未希の所に調査の依頼がいっていたとは知らなかった。」
「仕事と私事はわけるのが司令官じゃなくて?」
「だからって、最近ろくに連絡もできなかった所で、仕事で会うのは……。」
「司令官…大変なんでしょ?」
「まぁな。怪獣も相次いで現れるし、ゴジラもまた現れた。当分は休めないだろうなぁ。」

新城は手摺にもたれて溜め息を吐く、休憩時間、この一時だけは司令官から新城功二に戻れる時間だ。
未希も横に立つ。

「夕日、綺麗ね。」
「あぁ。流石にバース島から見た夕日には劣るけどな。」

新城の言葉に未希は微笑し、静かに目を閉じる。

「功二さん、あの子は今もバース島であったリトルのままよ。姿や力、回りを取り巻く環境は変わっても、心は変わってない。純粋で、好奇心と正義感のあるリトルのまま。」
「………未希、まだゴジラを感じるのか?」
「他の怪獣とか居場所の予想もつかない存在は流石に無理よ。使い方は上手くなってるかもしれないけど、能力自体は昔程強くないし…。何度も接したリトルだからわかるのよ。」

未希の目はまっすぐ新城に訴えていた。その目が、新城も、そしてゴジラも信じている事を物語っていた。

「わかった。だけど、ゴジラの存在自体が危険なのは事実だ。それは、俺よりも未希のがよく理解してるだろ?……俺は俺のできると信じた方法であいつを守る。忘れてたのか?俺もバース島であいつと暮らしてたんだぜ。」
「……そうだったわね。信じてるわ、ゴジラも、あなたも。」

夕日に赤く照された二人は近づき、その長く伸びる二本の影はゆっくり一本になった。





 


「へぇー、健がねぇ~。」
「たけにぃがねぇ。」
「翼、後で覚えておけよ!」

病院の待合席で駆け付けたみどりと美歌に翼が当時の状況を伝える。

「それで、シエルちゃんはまだ診察中なの?」
「はい。恐らく記憶喪失ではないかと、注意深く診察をしているようですね。」

ちょうど受付から待合室に戻ってきた将治がみどりに答えた。

「しっかし、麻生君だっけ、まだちゃんと挨拶してなかったけど。今聞いてわよ、冷静に助けを呼びに行ったんだってね。女の子に緊張して立ち尽くしてた健とは偉い違いね。爪の垢でも煎じてあげたいわ。」
「んだと!みどり、そりゃどういう意味だ!大体、ただ立ち尽くしてなんかいなかったぞ!」

寄り掛かっていた壁から背中を離して健はみどりにくいかかる。
しかし、脳裏に今のみどりの発言を否定しきれない先程の情景が浮かんでいた。




 


将治がいなくなってから、健は例えるのならテレビを始めて見た原始人の心境であった。

「おぃ、おーぃ………。」

動かすなと言われた以上、殴る訳にもいかず、恐る恐る声を掛けるくらいしかできない。
白い肌に銀色の髪、整った顔。

「世界って、広いなぁ……。」

「うぅ……。」

少女が眉を潜ませ、声を漏らす。
健は反射的に少女から離れて身構える。
少女が目を眩しげに開き、健を見る。

「あなたは……?」
「お、俺は桐城健。お前の名前は?」
「私……、シエル・シス。ここは?」
「シエルか!ここは、弥彦村だけど……。一体シエルはどこから来たんだ?こんな戦闘があった場所で何してんだ?」
「わからない。……どこから来たかも、何をしてたかも。名前以外何も私の事が思い出せない。」
「それって……。」

「兄貴~!」

突如空から声が聞こえた。
見上げると翼が翼竜型ロボットに乗って空から降りてきた。




 


 それから、翼に続いて将治が呼んだ人々がシエルを救助し、付き添ってきた健、将治、翼も病院に向い、今にいたる訳だ。

「な、なんにしても、こうして治療できたんだから良かったじゃねぇか!」
「たけにぃ、それ言い訳だから。」

美歌が呆れながら呟いていると、診察室からシエルが出て来た。

「シエルちゃん。先生、如何でしょうか?」
「あぁ手塚さん、彼女は一般的に記憶喪失と言われる状態にあります。記憶喪失にも色々な種類が存在しますが、彼女の場合外傷らしきものはなさそうなので、精神的な要因か何か別の要因で過去の記憶を失っている様です。具体的には物や自分の名前、日常生活に関する事柄の記憶は失ってはおりません。」
「じゃあ、自分が何処から来たかシエルは覚えていないのか?」
「そうです。」

丁度美歌や健達を見た医師であった事もあり、医師はみどりに説明をした。健が聞くと医師は頷く。
シエルが健達の前に立ち礼を言う。

「…皆さん、ありがとうございます。」

「そうだ!シエルちゃん、今晩家に泊まらない?」
「って、みどり!俺んちであって、お前んちじゃねぇぞ!」
「たけにぃ、いいじゃん。私は賛成だよ!」
「無敵中学生の桐城健が、女の子を寒空の中に放り出すのぉ?…あ、シエルちゃんと一つ屋根の下で寝るのが恥ずかしいのか!」
「なっ…んな訳ねぇだろ!大体、今は冬じゃないぞ!」
「で、結局泊めてあげるの?あげないの?」

みどりに詰め寄られて、健は後退る。

「わ、わかったよ!泊めりゃいいんだろ!」

「よし、決まり!そうと決まれば、もう夜だし、皆帰るわよ!麻生君も翼君もちゃんと送ってあげるから。」
「僕は大丈夫です。一人で宿に戻れますので。」
「そういえば、麻生さん。」

思い出したと手を叩くと、翼は将治に話かける。
 
「なんだい?」
「おれっちの親父が昨日Gフォースに呼ばれて筑波に出かけてるんすけど、何かしりませんか?」
「……いいえ、キミの父が呼ばれた話については知らないな。心当たりがない訳ではないけれど、これは極秘事項なんで、時が来るまで話せない。」
「そうっすか。」
「ただ、Gフォースがキミの父を必要としたから呼んだ。そういう事です。」

「なんか良くわかんねぇけど、やっぱりゴジラが現れた事が関係あるのか?」
「キミはキミの考え方があるのだろう?なら、それを貫けばいい。僕はキミにそれを教えられたんだ。……それで、さっき言いそこなったけれど、ゴジラを研究している人達がいて、その人達が是非キミに合いたいそうだよ。」
「俺に?」
「先日の戦いで、キミはこの弥彦村を救った。……ゴジラを倒したくない人もちゃんといるんだ。その事についてはまた連絡するよ。…では、今晩はこの辺で失礼します。シエルさん、お大事に。」


そう言い残し、将治は健達の前を後にした。


 

――――――――――――――――――
――――――――――――――


 

某国某所
薄暗い廊下を一人の足音が響き渡る。

無機質な金属製の扉の前で足音は止まる。

『"暗証番号入力"ト"網膜すきゃん"ヲシテ下サイ。』

電子音声が扉の横にある機械から流れる。
しばらくした後、開錠を知らせる音と共に扉が開いた。

足音はその中に消えて行く。


やがて奥から機械的な音声が響いた。


『………αの侵入が成功。……計画は第二段階に移行する。』
4/14ページ
スキ