「G」の去った夜に







その頃、弥彦山のふもとの林の中、周りの木々に比べて一回り大きい大木の下に、2人の人影があった。
2人の足元には軽く掘り返した後の穴があり、その穴の中に土にまみれた古い木箱がある。



「・・・健、まさかこれを見せる為に?」
「ああ。」



人影の正体は数時間前まで桐城家にいたみどりと、桐城家からみどりを連れだした健だった。
あの後、家を出た健はそのままみどりを連れて弥彦山へ向かい、この大木の下を掘り始めた。
やがて土の中からは木箱が現れたが、これこそが健の目的だった。



「これって・・・タイムカプセルじゃない。昔、あたしと健が一緒に埋めた・・・」
「お前、すっかり忘れてんのかよ・・・二十歳になったら掘りに来るとか言っといてよ。」
「あんたがまだ二十歳になってないでしょ?それこそ、意味無いじゃないの。」
「・・・けど、今見せたかったんだ。母さんとの約束、『夜9時まで外をうろつかない』を破っちまったけど、きっと母さんも許してくれる。」



健はタイムカプセルを穴から取り、軽く土を払って蓋を空ける。
タイムカプセルの中にはクレヨンで書かれた絵や清んだ緑色をした石、ミニカーに髪止めなど、様々な小道具が入っていた。



「わぁ、懐かしい・・・!これ、あたしが昔使ってた髪止めじゃない!これも昔大切にしてた石・・・あっ、これも!」
「・・・」
「絵もけっこうあるわね・・・あれ、これって健のテスト用紙じゃない。点数は百点・・・あっ、これ初めて健が百点取った時のテストね。この時の健、すごい喜びながらテスト持って村中走り回ってて。あんたも覚えて・・・健?」



先程から健が何の反応も示さない事に気付いたみどりは質問がてら、健に話し掛けた。
健の方はと言うと、何時の間にかタイムカプセルの中から取っていた手紙を食い入る様に読んでおり、これが健が黙っていた理由らしい。



「健・・・?」
「・・・あっ、あぁ。すまねぇ。これ読むのに集中しててよ・・・」
「もう、ここに連れて来た張本人が楽しまなくてどうするのよ。それで、その手紙に何書いたの?」



手紙の内容を覗こうとしたみどりに対し、すかさず健は手紙を後ろに隠す。



「み、見んなよ。」
「なによ、その態度。そんなに見せられないものでも書いたの?」
「い、今から言うから別にいいだろ?だから見んなよ・・・」
「・・・しょうがない。じゃあもう見ないから、早く聞かせて頂戴。」
「お、おう。耳寄せてよく聞けよ。俺の・・・」
「俺の?」
「俺の・・・夢!」



すると健は両手の拳を強く握って気合を入れると、何故か振り返ってみどりと後ろ向きになる。
照れ隠しなのか、勇気を振り絞った結果なのかは分からないが、これから話す事は健にとって相当覚悟が必要な事の様だ。



「健、あんたどうかしたの?話するかと思ったら、後ろなんか向いちゃって。」
「い、いいから聞けって・・・俺、実は今日までなんで強い男になりたかったのか、自分でも忘れかけてたんだ。ひたすら強くなる事を考えて、ここを狙って来る不良とかを蹴散らして、それで満足してた。けど昨日、あの怪獣に一発KOされて・・・思い出した。ちっちゃい時に同じ思いをして、それから強くなろうって決めてた事。」
「えっ、お父さんみたいに強い人になりたいから・・・じゃないの?」
「それはきっかけの一つだ。父さんはあんまり俺の前で腕っぷしが強いとこを見せなかった。母さんから武勇伝を聞いて勝手に俺が強いと思ってるだけだし、父さんは今の俺が『最強の男』って思える目安みたいな感じだな。」
「そうなんだ・・・その『目安』と呼べる人がいなくなったから、あんた自身の目標もうやむやになったわけね。でもじゃあ、強くなろうって思ったきっかけって?」
「・・・お前だ。」
「・・・ええっ!?」



予想だにしなかった健のこの回答に、みどりはつい大声を上げてその驚きを表現する。
まさか自分が今の健を形成している原点であったなんて、思いもしなかったからだ。



「お前は絶対覚えてねぇと思うけど、俺は今でもはっきり覚えてる。お前と初めて会った時・・・俺はお前に負けた。」
「えっ、えっ?どういう事・・・?」
「ほんと、覚えてねぇんだな・・・お前が俺からカレー豆取ろうとして、抵抗した俺の事突き飛ばしたろ。それが俺にとっての、初めての敗北なんだよ。」
「えっ・・・そ、そんな事してたんだ・・・」
「あの後俺はボロ泣きして、お前の母さんがお前からカレー豆取り返しても泣きやまなかった。多分単純な力差で負けたのが初めてだったからだと思う・・・ってか、今でもそういうとこは変わってねぇ癖に心覚えねぇのかよ。」
「うっ、うるさいわね!あんたまさか昔の文句言う為にあたしをここに連れて来たの!?だったら・・・」
「ちげぇよ・・・お、俺はお前に感謝してんだ!」
「えっ・・・?」
「だってよ、お前がいなかったら、今の俺はねぇわけだし・・・お前に力で負けたのが悔しくて、だから強くなりたいって思った!お前に負けたから、俺は最強の男になるって『夢』が出来たんだ!母さんが話す父さんみたいな男になるとか、父さんがいなくなって、母さんや美歌を守れる男になるとか、それはきっかけで、俺を強くしてくれたのは、お前なんだ!」
「健・・・」
「それにさっき、お前も自分の夢を話してくれたろ。だから俺も自分の夢を話そうと思って、それで何かねぇか思い出してたら、このタイムカプセルの事思い出してよ・・・来年になったら、きっとこうやって話し合う事も全然出来ねぇと思うし・・・」



――・・・健、あんた・・・



照れくさそうに自分の思いを語り続ける健を見て、みどりは気付いた。
昔話をするだけのつもりが辛い事まで思い出してしまい、気を落としていた自分を健は励まそうとしているのだと。
ようやく健の行動の目的が分かったみどりは、本当に心からの笑みを浮かべた。



――・・・もう。
ほんとあんたって、誰かに似て何でも雑なんだから・・・


「それでもう一回俺の夢を確かめたくなって、俺の思いが詰まったこの手紙を読みにここへ・・・み、みどり?」
「ううん。何だかちょっと、嬉しくなっただけだから。」
「そ、そうか?ならよかったぜ・・・俺、落ち込んでるお前見て・・・」
「ストップ。もうあんたが何をしたいか分かったから、大丈夫。でも傷心の乙女を励ますんだったら、もう少し丁寧にエスコートしなさい。」
「う、うるせ!俺だってな、もう自分でも何だかわけ分かんねぇんだから、仕方ねぇだろ。」
「それも分かってるわ。やっぱり、がさつなあんたに丁寧な励ましなんて求める方が駄目よね~。・・・でも、ありがと。」



嬉しさからか、ほんの少し泣き出しそうな顔をしながらみどりは健の肩を掴んで自分の方に向け、健の手からそっとタイムカプセルを取る。



「お、おい、何だよいきなり・・・!?」



突然の事に驚く健をよそにみどりはタイムカプセルを穴に戻し、健が持って来ていたスコップで回りに盛られた土をタイムカプセルに掛ける。



「えっ、また戻すのか?」
「当たり前よ。今度は、あんたが二十歳になった時に見に行く分があるでしょ。」
「でもよ、5年しか間がねぇのにまた見に行っても大丈夫なのか?」
「あんたの事だからどうせ手紙読むのに必死で、他に入れてたものなんて見てないでしょ。・・・それに、5年間って結構時間が経ってるって感じるものよ。」
「ふーん・・・そんなもんなんだなぁ・・・」



――・・・そう。
5年前、あたしの背中を追いかけてた生意気な男の子が、いつの間にかあたしを抜かしてたみたいに、ね・・・





それからタイムカプセルを元に戻した2人は急いで弥彦山を去り、日付変更線が過ぎる前に家に戻る事が出来た。
みどりはすぐに和美と美歌の部屋に戻って就寝したが、その隣にある健の部屋はまだ電気が付いていた。



「・・・」



壁にもたれながら健が見ているのは、タイムカプセルに入れずに持って帰っていた、あの手紙だ。
手紙を見ている健の表情は弥彦山で手紙を見ていた時と同じく、恥ずかしそうな顔をしている。



「・・・ったく、昔の俺は一体何考えてんだよ・・・」



健の手紙に書かれていたもの、それはクレヨンで書かれた未来の自分へ宛てた強くなる思い、そして少年の頃から胸の底に隠していた、ある思いであった。



『みらいのぼく。
ぼくはおとうさんにほめられるくらいつよくなって、みどりねぇちゃんをみかえしている。
それで、みどりねぇちゃんをぼくの、およめさんにしている!』
8/11ページ
スキ