「G」の去った夜に







一方、東京の辺境に経つ屋敷の二階で、40過ぎの男がパソコンを使って何かを書いていた。
普通の家屋に比べて一回り大きいこの屋敷の表札には「寺沢」と書いてあり、この屋敷が和美の目的地である寺沢健一郎の自宅だ。



「あなた、依頼されていた記事は書かないの?」



そしてパソコンを使って記事を書いている男こそが、1992年に起こった未来人による歴史改変に関わったノンフィクションライター、寺沢健一郎であった。
彼に話し掛けたのは妻の千晶。両手に湯気の立った茶の乗ったトレイを持っている所を見ると、差し入れに来た様だ。



「千晶か。おっ、サンキュー。・・・確かにかつて東洋の神秘と言われた婆羅陀魏山神の記事も最優先するべき事だけど、今はこっちの方が興味あってさ。」



千晶から茶を受け取り、軽く飲んだ健一郎は茶を机に置くと、パソコンの横に置かれた資料の山から一冊の本を取り、千晶に見せる。
健一郎が取った本はキリスト教及びユダヤ教の正典として有名な書物、「旧約聖書」だ。



「聖書?あなたって、信仰の趣味があったの?」
「違う違う。息抜きにこれに関する資料を読んでたら、凄い事を見つけたんだよ。昨日今日起きた、怪獣出没事件に関してな。」
「怪獣と聖書・・・」
「いや、ちょっと今回の事件の怪獣に面白い共通点があってさ。」



健一郎は聖書を開いてページを捲ると、今度はとあるページを千晶に見せる。
ページに書かれていたのは旧約聖書「ヨブ記」の物語で、ある怪物についての記述が書かれていた。



「『レヴィアタン』?」
「そう、英語名『リヴァイアサン』。獰猛な海の怪物で、こいつが今日現れた海の怪獣・・・何処かの志真が名付けたプレシオルと似てるんだ。口から火炎を吐き、鎧の様な鱗を持つ鯨みたいな怪物・・・似てなくは無いだろ?」
「確かに、言われてみれば似てる・・・」
「それからこの聖書自体には出て無いんだが、『ジズ』って言う空の怪物も存在してる。空を覆い隠す翼・・・同じく今日弥彦山に現れたフォライドと似てないか?」
「フォライドって、霧で身を隠す怪獣よね。これも似てるわ・・・」
「そして極めつけがこのヨブ記にリヴァイアサンと共に出て来る陸の怪物『ベヒモス』だ。こいつも鎧みたいな体で、カバや水牛がでかくなったみたいな姿をしているらしい。それで最近出てきた陸上動物みたいな怪獣って言えば・・・」
「・・・マジロスね。」
「あぁ。これだけだったら要出典物だがな、この三体の共通点はこれだけじゃない。この陸・海・空の怪物は世界終末の日に食料にされてしまう運命、つまりはやられるわけだ。更にこの三怪物と共通点の多い怪獣達も、似た運命を辿った。」
「ゴジラに、倒される・・・」
「そう、偶然で結論付けてもこれは凄い的中率だろ?だからって言って、これから聖書みたいにハルマゲドンでも訪れるって予言したいわけじゃ無いけどな。これ以上にこの三体の怪獣には気になる事があるし。」
「まぁ、少なくとも未来は100年以上存在する事は分かっているものね・・・それで、気になる事って?」



千晶の質問に対し、健一郎は聖書をパソコンの横に置くと、違う資料を見せた。
資料にはプレシオサウルス・マジラルロス・始祖鳥に関する事が書かれており、資料の題名には「変異獣の起源」とある。



「これは・・・」
「題名の通り、三体の怪獣の起源と思われる生物さ。マジロスは古代アルマジロの『マジラルロス』が、プレシオルは『プレシオサウルス』が変異した怪獣なのは政府の発表や志真の話から分かるんだが、俺が思うにフォライドはこの『始祖鳥』が変異したんじゃないかって思うんだ。体や羽、尾の作りが結構こいつと似てるんだよ。」
「あっ、確かに・・・」
「そしてもう一つの共通点、この怪獣達の元となった生物は、全部中生代のジュラ期に生息してた生物だ。また当たり前の話だが、今この三体の生物は化石でしか見つけられない。既に絶滅した生物から変異した怪獣が、ここ2日で一気に現れる・・・こっちの方が偶然にしても出来過ぎてる。」
「・・・作為的な物を感じる、って事?」
「・・・正解。」



健一郎は茶を一気に飲み干し、空の茶瓶を千晶に手渡した。
千晶が茶瓶を片付けに部屋を出ていったと同時に健一郎は記事の執筆に戻るが、その顔付きは険しかった。



――こんな不吉な事で、ジャーナリストの勘が当たってなけりゃいいんだがな・・・
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