「G」の去った夜に
「・・・」
その頃、桐城家二階の部屋の一室で、鉛筆を持った右手を振り上げながらまるで睨み付けるかの如く、机と向かい合う健の姿があった。
健は何十分もの間こうして机と向かい合っており、机に置かれているのは題名と名前だけが書かれた作文用紙だ。
「・・・!」
微かに唸り、脂汗を欠きながら頭を全回転させて文章を絞り出そうとする健。
しかし、やはり彼にとって文章を考えるのは二階から目薬を差してみる程に難題な事だった。
「・・・あーっ!やっぱ出来るかぁー!!」
健は手に持った鉛筆を机に投げ、勢い良くベッドに寝転ぶ。
どうやら、完全に投了した様だ。
「はぁ・・・こりゃ、フォレストファンタジーは先の先だなぁ・・・」
達成が遠のいた目標に、健はつい溜め息を付く。
やり遂げようと言う思いはあるものの、それが成就するのはまだまだ時間が必要らしい。
「・・・とりあえず、下にでも行くか・・・」
憂鬱になりそうな気分を変える為、健は階段を降りて一階の居間へ行く。
大好物のカレー豆は無いが、とりあえず動いてみようと思ったのだ。
だが、既に居間には先客がいた。
「あっ、母さん?・・・うん、あたしは大丈夫。ちょっと山で怪獣に襲われちゃったけど、ゴジラと健が何とかしてくれたし。・・・うん、あの家の健よ。」
居間にいたのは母・雅子に連絡を取りながら勉学に励む、みどりだった。
机には数冊のノートと参考書があり、カラフルに下線が引かれたノートや参考書に書かれているのは、どれも人間や物が環境に対して与える影響についての事や過去の環境問題に関する事象だ。
「多分、あいつが助けてくれなかったら、美歌ちゃんもあたしも怪獣に食べられてたかも。・・・うん、だからちょっとお母さんの声が聞きたくなって。それだけ。・・・うん、もうしばらくしたら帰るから。じゃあね。・・・・・・あら、健。乙女の会話を盗み聞きかしら?」
「ち、ちげぇよ!気分晴らしに下に来ただけだ!それよりお前、こんな時間まで勉強してんのか?」
「まぁ、ちょっとね。一応大学の授業じゃないけど。」
「これ、大学の勉強じゃねぇのか?」
健は無造作に参考書を一つ取って読んでみるが、僅かに目を通しただけで健は苦虫を噛んだ様な表情を浮かべる。
「・・・うわ、全然わけわかんねぇ・・・」
「そのわけわかんねぇ事をあたしはいつも勉強してんのよ?あんたも少しは勉強しなさいよ~。」
「うるせ!俺は今作文で手一杯なんだよ。しっかし大学の授業じゃねぇんだったら、なんでわざわざこんな面倒臭ぇ事勉強してんだ?」
「それ、聞いちゃうの?うーん・・・まぁ、今日だけ特別に教えちゃおうかな。」
「勉強する事が、そんなに勿体振るような事なのか?」
「いいから聞きなさい。・・・あたしはね、大学を出たら国家環境計画局に入ろうと思ってるの。」
「こ、こっかかん?」
「人間の行なった様々な行為が、自然環境にどれだけの影響を与えているのか、自然災害が人間にどんな被害を与えるのか・・・みたいな事を観察、シュミレーションする国家事業よ。あたしのお母さんは15年前のモスラ事件の後からここで働いてて、あたしもここに行くつもり。」
「親の後を継ぐ・・・って感じか?」
「一応そうなるのかしらね。まぁ、それだけが理由じゃないんだけど。」
「他になんか、理由があんのか?」
健のその問いに、みどりは一瞬懐かし気な表情を浮かべる。
だがすぐに表情を固くし、話を続けた。
「・・・お父さんを捕まえる為。」
「えっ・・・?」
「まだあんたと美歌ちゃんには、あたしのお父さんの事話してなかったわよね?あたしのお父さん、トレジャーハンターなの。」
「ト、トレジャーハンター!?」
「しかも超一級の。世界中の遺跡にあるお宝を盗んでは荒らして、考古学者からは今も煙たがられてる。あたしが生まれてからもそれは止めなくて、呆れたお母さんはお父さんと離婚して、物心付かないあたしにはお父さんは世界中の泥棒を捕まえる国際捜査官だから帰って来れない、って言ってた。だからあたしの小さい頃の夢は、大きくなってお父さんのお手伝いをする・・・とか言ってたわ。」
「なんか、すげぇ話だな・・・でも父さんを捕まえる為って事は、まだ父さんは生きてるんだろ?だったらなんでその、国際捜査官ってやつにならねぇんだ?そっちの方が絶対・・・」
「・・・お父さん、行方不明なのよ。」
「!」
予想だにしなかったその回答に、健は驚きを隠せなかった。
「10年くらい前かな・・・お父さんの消息が、突然分からなくなったの。これからはあたし達といつまでも一緒にいる、モスラへの恩返しの為に地球が少しでも平和になるように頑張ろう、って真剣な眼差しで言ってくれた人が、お母さんにまで黙っていなくなるなんて、いくら元トレジャーハンターでもおかしいわ。だから世界中を飛び回れる国家環境計画局で働いて、色々調査する内にまたお父さんを見付けられるんじゃないか、って思って。」
「おい・・・それって、ほんと・・・なのか?」
「本当よ・・・お父さんはいなくなったの。21世紀が来てから、ずっと。」
――みどり・・・
みどりの顔は冗談を話す時の様に笑っていたが、その表情の裏には悲しみの感情がある事を、健はすぐに察知した。
こういった事に健は鈍感であるが、この時は何故かみどりの本心が分かっていた。
「す・・・すまねぇ。なんか悪ぃ事、聞いちまったな・・・」
「いいえ、あんたが気にする事じゃないわ。あたしが勝手に言い出した事なんだから・・・ごめんなさい。」
「お、おう・・・」
「あんたもたまには早く寝なさいよ。さっ、勉強の続き続き・・・」
平然そうにノートと参考書を取り、みどりは再び勉強を始める。
無論、それは自分から話を終わらせる為の口実であり、現にペンは全く進んでいない。
――・・・俺、こういう「状況を読む」とかあんまり分かんねぇけど、やっぱし何とかするべきだよな・・・
こんな気まずいまんま黙って寝るなんて、絶対に出来ねぇ・・・
目を瞑り、黙ってその場に立ちながら健は今自分に出来る事を考える。
みどりに対してこんな事を考えるのは、以前までの彼には無かった事だ。
――でもよ、今の俺には何が出来んだ?
こんな時、何をしてやればいいんだ?
あいつを励ましてやれるなんか・・・・・・夢?
「・・・んっ、健?まだ何か用事?」
――・・・夢って言えば、俺はなんで喧嘩を極めようって思ったんだ?
母さんと美歌を守る為?父さんみたいな男になる為?
いや、それより前に確かなんかあったんだ・・・
俺が強くなりたいって思った理由、昔からずっと見続けた夢・・・・・・はっ、あれだ!
あれじゃねぇか!俺の、俺達の夢・・・!
思うが否や、健は既にみどりの腕を掴んでいた。
その手は彼女を確かめる様に強く、だが優しく。
「えっ、たっ、健!?」
みどりの方はと言うと、あまりに突然過ぎるこの出来事に全く理解できずにいたが、それに気付く余裕も説明する余裕も無い健はそのままみどりの腕を引っ張り、玄関へと向かう。
「ちょ、ちょっと健!何して・・・」
「・・・行くぞ。」
「えっ?」
「行くぞ・・・俺達の夢を埋めた、あの場所へ!」