「G」の去った夜に







その弥彦村では夕方の凱旋モードはすっかり過ぎ去り、村は再び落ち着きを取り戻していた。
だが道行く人々の興奮はまだ収まっていない様で、親しい者と会う度に立ち止まっては村を救った英雄・桐城健の話をしている。



「全く、本当にここの人々も飽きないね。いや、純粋・・・と言うべきかな。」



今だに沸き立つ村人を見て、ついそう呟いた将治は村人の様子を見ながら何処かへと歩いて行き、やがて日本家屋の様な趣きのある宿屋に着いた。
ここが将治の宿泊している所で、宿泊費は祖父・孝昭が保管している将治の給料分から出ており、それはまだ18にもなっていない仮隊員の将治に給料を払うのはいただけない・・・と言う孝昭の厳格な考えからだった。



――今日で三日目・・・僕の給料はどうなっているんだろう・・・
ほんと、お祖父さんの変な厳しさにも困ったものだよ・・・



祖父へのささやかな文句を頭の中で溢しながら将治は靴を脱ぎ、下足箱に靴を入れて受付に向かい、受付で自分の部屋の鍵を受け取ると、そのまま部屋に向かった。





「ふぅ・・・」



部屋に戻った将治は鞄からノートパソコンと右端をホッチキスで留められた五枚程度の紙を取り出し、やや不本意な顔付きで紙を見つめる。
紙には戦闘機やメーサー兵器の操舵方法、戦闘時での緊急回避の指南について書かれていた。



「『勝手をさせる代わりの宿題』・・・と言った感じか。まぁ、もう8割は終わらせてるし、僕にはもっと大事な事があるから・・・ね。」



将治は紙を鞄にしまうとノートパソコンを操作し始め、それと同時に昨日の出来事を脳内に再生させる。






『すみません、ちょっと宜しいですか?』



マジロス襲撃当日の朝、将治はこの言葉ばかりを人々に投げ掛けていた。
その目的は昨日、偶然出会った無鉄砲な少年・健についての調査で、自分と余りにも正反対だった健に興味を示した将治はまず、この村の人々から話を聞こうと思ったのだ。
人々は少々不思議に思いつつも将治の質問に答えるが、その答えは殆ど同じものだった。



『桐城健?あの喧嘩好きの?あんな厄介者について知りたいなんて、君も珍しいなぁ・・・』
『あの子はもう、喧嘩しか頭に無いような子よ。何か不良が騒動を起こしたら何処からか駆けつけて来て、不良達をボコボコにして帰って行くの。ほんと怖いわぁ・・・』
『正直、勝手に首を突っ込んでるのはほんと迷惑。でもあいつがいるから最近不良が目立って活動してないのも確かなんだよな・・・』
『面白い名前よね~。だって「とうじょうけん」でしょ?もういっつも飛行機乗ってそうで・・・えっ、違う?』





「なるほど、桐城健は本当に昨日見た通りの人間なんだな。」



一通り調査を終えた将治は宿屋に戻り、結果とそれに対しての考察をノートパソコンに打ち込む。



「物事を考察せず、全てその場の感情で押し進めようとする、典型的な単純思考。力と体力は人並み外れており、大人にも軽々と勝てる力と、スポーツ選手にも引けを取らない脚力を持つ。行動動機は独自の正義感によるもので、それに対する周囲からの反応は賛否両論。むしろ、『否』の比率の方が多いと思われる。最も本人は周囲の反応に慣れているのか、特に意に返す様子は無い・・・これはやっぱり、僕と一番合わない人間かもしれないな。」



調査の結果から導き出された結論に、左手で頭を抱えて少し困った様な表情をする将治。
勿論本当に困っているわけでは無く、この余りにも自分と違う健にもし自分の意見の正しさを証明させられたなら・・・と考えているだけである。



――・・・そう。
僕とこんなにも違うからこそ、証明のしがいがある・・・!



将治は打ち込んだ文章をファイルに保存するとノートパソコンを鞄に仕舞い、部屋を出てそのまま宿屋を出る。
目的自体は単なる息抜きだが、そこで立ち寄った中心地で将治は再び「彼」と会う事となった。



――あれは・・・


「ほんと、健ってあたしと美歌ちゃんとじゃ態度が全然違うわよね。何か不平等な感じ~。」
「へっ、日頃の態度じゃねぇのかよ。」
「たけにぃもみどねぇも喧嘩ばっかりしちゃ駄目よ。それとも昨日テレビで言ってた『けんかするほどなかがいい』?」
「「違う!」」



そう、中心地には妹と幼なじみに連れられて渋々中心地に来た、桐城健がいた。



「・・・丁度いい。もう少し調査してみようかな・・・」



こうして将治は、健達の後を追う事にした。
そしてこの後、彼らの運命を変えるきっかけとなった、あの事件が起こるのだった・・・






「・・・はっ。」



気がつけば、将治は打ち込みよりも回想に気が行ってしまっていた。
将治はまたノートパソコンを操作し始めるが、すぐにその手を止める。



「・・・変わったな。たった一日で。」



将治は確かに感じ取っていた。この一日で、多くの事が変わった事を。
それは村の変化や怪獣の出現だけでは無い、内面的な変化だ。



――今日までの僕は、『証明』をしたかっただけなのかもしれない。
僕と桐城との唯一の共通点、それは周りから疎まれていた事・・・



『見ろよ、また麻生がこれ見よがしにやってやがるぜ。』
『俺達が必死になって立ってる場所に、あいつは教官の孫ってだけでいやがるんだ。』
『そうそう!ほんと、あいつは闘いってのを舐めてるよな。』
『所詮、「祖父の七光り」の癖に・・・』



「・・・だけど、僕はそれを自分の中だけで解決しようとしているに過ぎなかった。過程を考える余り、結果にしようとしていなかった。だからこそ、結果だけを考えてる桐城が逆に羨ましかったのかもしれない。自分に無いものを持っている、桐城が・・・」



将治は立ち上がり、部屋を出ると廊下の硝子越しに見える庭園を眺める。
丁寧に手入れされた盆栽や枝葉は、夜であっても立派な光景を見せており、つい将治は見入ってしまう。



「あっ、麻生君!」
「!」



そんな将治の元にやって来たのは昼に出会った観光客の少女・遥だった。
予想も付かなかった遭遇に、将治は戸惑いを隠せない様子だ。



「ひ、妃羽菜さん・・・でしたか?」
「うん。あの後名前聞いたっきりだったけど、同じ所に泊まってたのね。じゃあ麻生君は・・・」
「は、はい。ここの出身ではありません。それに桐城とも二日前に話しただけの仲ですし・・・」
「なるほどね。つまり、偶然の再会だったんだ。」
「いえ、ちょっと知りたい事があって、桐城が来そうな中心地に足を運んだら、予想通り桐城がいただけで・・・」
「麻生君って、とっても賢いのね・・・それで、答えは見つかった?」



柔らかい態度と、優しい声で遥は将治に問う。
将治もすっかり気分を良くしたのか、満面の表情でこう答えた。



「・・・はい。」
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