受け継がれし「G」の名







「はっ、はっ・・・!」



その頃、その弥彦山ではみどりと美歌が霧深い林の中を走っていた。
先程までロープウェイの中にいた筈の彼女達が必死に走る理由、それは後ろから巨大な怪鳥が迫って来ているからだった。
鳥としては大きすぎるその巨体は橙色であり、三層の翼はそれぞれ橙・赤・黄の色をしている。
無数の尾は付け根が白い黄緑色で、鋭い爪のある二本の足は茶色く、何より頭部は2人を襲った鳥と同じものであった。
この怪獣こそ、将治が出現を探り当てた大翼変異獣・フォライド。
目的は無論の事、美歌とみどりの捕食だ。



シィアアアアアアアアアアアアウン・・・



「うっ・・・!」
「美歌ちゃん!絶対に後ろを向いちゃ駄目よ!前だけ見て走り続けるの!」
「う、うん・・・!」



正確に麓へ向かっているのかも分からず、2人はただ走り続けた。
フォライドが起こした霧でまともに前は見えず、何度も石や段差で転びそうになる。
それでも、2人は走ってフォライドから逃げる事しか術は無かった。



「美歌ちゃん、足は大丈夫?まだ走れる?」
「う、うん・・・ちょっと痛くなってきたけど・・・でも、大丈夫・・・!」
「ずっと走らせてごめんね・・・だけど、もう少しだけ頑張って!」



フォライドの方はと言うと慌てる様子も無く2人を追い回しており、本当に捕食目的なのかと疑う程だった。
しかしながら獲物を狙う目は変わっておらず、何か違う目的がある様子だが、追われる側である2人にはそれを知る余裕は無い。



――・・・私、ばちが当たったのかな・・・
たけにぃにあんな事言ったから・・・私がわがまま言って、こんな所に来たから・・・!



やがて2人は低い高低差のある所に着き、それを飛び超えようとした。
が、それこそがフォライドの狙いだった。



「えっ・・・?」
「あ、ああっ・・・!」



そう、その先は坂になっていた。
濃霧で高低差しか見えなかった為に坂を段差であると思い込み、2人は走った勢いのまま坂に飛び込んでしまっていた。



「「きゃああああああああっ!!」



そんな状態で止まれる筈も無く、転げ落ちながら2人は坂を下って行く。
固い木の幹に何度も体をぶつけ、痛みに悲鳴を上げても体は止まってはくれず、ようやく坂が終わった時には2人は傷だらけであった。



「う・・・うっ・・・」



みどりは長袖の上着を羽織っていたので目立った傷は少なかったが、それでも上着の至る所は破れ、そこからは傷が見えている。
美歌の傷は特に酷く、服も体もボロボロだった。



「いっ・・・た・・・!はっ、美歌ちゃん!」



みどりは傷付いた体を庇いながら起き上がり、倒れる美歌に呼び掛ける。
だが、美歌は倒れたまま全く答える気配は無かった。
美歌は気を失っていた。



「美歌ちゃん!」



美歌の元に駆け寄ったみどりは美歌の体を揺すって目を覚まさせようとするが、美歌は相当深く頭を打ったのか、目覚める様子は無い。



「美歌ちゃん!起きて!早く逃げないと・・・」



シィアアアアアアアアアアアアウン・・・



しかし、無情にもそこにフォライドが木々を突き破って2人の背後に降り立った。
赤外線を照射出来るフォライドの目にははっきりと周囲の様子が見えており、この先に坂がある事を見越して2人を追いたてていたのだ。



「うっ・・・あっ、怪獣・・・!」


――・・・怯えちゃ駄目・・・!
今は、とにかく美歌ちゃんを・・・!



嘴を向け、自分に迫って来るフォライドに体を震えさせながらもみどりは美歌を抱えて再びフォライドから逃れた。
フォライドの嘴は地面に刺さり、みどりはその隙に1ミリでも距離を取ろうと覚束無い足で走る。
だがフォライドはすぐに嘴を抜き、まるでみどりを嘲笑うかの如く嘴を突き立て続けた。



「うっ・・・くうっ・・・!」



二回、三回・・・と何とかフォライドの嘴をかわすみどりだが、もう体力は限界だった。
彼女の足が止まりそうになった所を逃さず、フォライドはみどりへ四度目の嘴を突き付けた。



「ううっ・・・!」



みどりは覚悟した。自分がもう目の前の化け物に食われる事を。
だからこそ、美歌だけは食われないようにと嘴と向き合って目を瞑った。
が、みどりが感じたのはこの体が引き裂かれる痛みの感覚では無く、凄まじい力に引っ張られる感覚だった。



「・・・えっ・・・?」



次に目を開けた時、みどりの視界は少し宙に浮きながら前へ向かっていた。
この視界は化け物の嘴に摘ままれて宙を舞っているものではなく、何者かの肩に乗って運ばれている、そんな感じだった。
そしてみどりは自分を運んでいるのは何者なのか、すぐに分かった。



「・・・たけ、る?」
「よっ、助けに来たぜ。」



そう、健だ。
健にとってここ弥彦山は通い慣れた庭の様なものであり、深い霧が出ていても問題無く2人の元に辿り付けた。
完全では無いものの、健が来たと言うだけで心から安堵したみどりはその表情を綻ばせ、目を閉じる。



「もう・・・あと少し早く助けに来なさいよね・・・」
「うるせ。ったく、お前もちょっとはダイエットしろよな。」
「なっ、何よ!あたしだってこの前1キロ減って・・・!」
「・・・やっと、いつものお前だな。」
「えっ・・・?」
「そんなしおらしい顔のお前なんてお前らしくもねぇ。俺が知ってる手塚みどりは、いつも自信満々な顔してるぜ。」
「・・・ほんと下手な励まし方なんだから。でも・・・ありがとう。」



右肩にみどりと美歌を抱えて走る格好の健はフォライドの嘴をもろともせず、スピードを落とさずに麓へと向かう。
健の韋駄天の如き瞬足に翻弄されるフォライドは苛立ちながら何度も嘴を突き出すが、そんなフォライドの後頭部を黒く太い尾が捉える。



シィィィィィン・・・



すっかり不意を付かれたフォライドは林に倒れ、その背後から現れたのは佐渡海峡から弥彦山に上陸したゴジラだった。



ゴガァァァァァァァオン・・・



「健、この声・・・」
「・・・ゴジラだ。」



突然現れたゴジラに動揺しながらも健は後ろを確認し、フォライドがもう追って来ない事を確かめると大木の傍で一旦停止してみどりと美歌を降ろす。



「ふう・・・やっぱぶっ通しで走って2人抱えるのはきっついな・・・」
「ぶっ通しって・・・あんた、やっぱり村からその足だけで来たの?」
「あったり前だ。いつ来るか分からねぇ公共機関なんて使えっか。それよりみどり、走れるか?」
「え、ええ。あたしはまだ大丈夫だけど・・・」
「なら美歌はこのまま俺が運んでくから、麓まで頼むぜ。麓には翼も呼んであるし、あいつがいれば心強い筈だ。」
「分かったわ。」



健はみどりから美歌を預かり、そのまま背中に担ぐとみどりの手を取って再び走り始めた。



――・・・たけ、にぃ?



その最中、意識を失っていた美歌がぼんやりと意識を取り戻していた。



――・・・ううん・・・そんなわけ・・・ないよね・・・
だって・・・たけにぃは・・・
・・・でも・・・とってもあったかい・・・
わたしがちっちゃいとき・・・いつもたけにぃはこうやって・・・わたしをはこんでくれた・・・
みどねぇ・・・じゃない・・・
おかあさんでも・・・おとうさんでも、ない・・・
このかんじ・・・やっぱりたけにぃの・・・
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