受け継がれし「G」の名




みどりが言い終わろうとしたその時、突如ロープウェイが大きく揺れながら停止した。



「あっ・・・!」



揺れに耐えられずに転倒した美歌を支えるみどりだったが、みどり自身も揺れに耐えきれていなかった為、床に尻餅を付いてしまう。



「だ、大丈夫!?」
「うん・・・みどねぇの方こそ大丈夫?」
「ちょっと尻餅付いちゃっただけだから心配しないで。でも何で急にロープウェイが?」



と、次に起こったのは何か固い物が捻れる音と、ロープウェイの落下だった。



「「きゃああああああああっ!!」」



2人の悲鳴と共にロープウェイは山岳の森林地帯に落ち、ロープウェイが停止した時以上の衝撃が中の2人を襲う。



「ううっ・・・!!」
「・・・・・・収まった・・・みたいね・・・」



咄嗟に美歌を抱き締めていたみどりは美歌を離すと今にも泣きそうな美歌の頭を撫で、窓から外の様子を確認する。
外はいつの間にか白一色に包まれており、深い霧が発生しているようだった。



「霧・・・?」
「みどねぇ・・・どうしたの?」
「外を見てみて。凄い霧が発生してるの。」
「霧?よいしょっ・・・」



覚束無い足取りで立った美歌も、様変わりした外の風景に驚きを隠せなかった。



「うわぁ・・・ほんとだ・・・」
「でもあたし達が乗った時には霧なんて無かったわよね・・・?霧ってすぐこんなに深くなるものかしら・・・?」



・・・シィアアア・・・



霧を眺めながら疑問を抱いていた2人の耳に聞こえたもの、それは何かの鳴き声だった。



「!」
「みどねぇ、今何か聞こえなかった・・・?」
「ええ・・・何かが叫んでるみたいな・・・」



ロープウェイの非常口を開け、みどりは美歌を連れて外を覗き込む。
周囲は霧に包まれてよく見えなかったが、特に変わった様子も無い。



「・・・何だったんだろう、さっきの・・・?」



一安心したみどりは再びロープウェイの中に戻ろうとした・・・が、そこに凄まじい風の音がしたかと思うと、ロープウェイの天井を巨大な嘴が貫いた。



「あっ!」
「きゃあああああ!」



床まで到達した嘴は天井からすぐまた上へ戻り、大きく穴の空いた天井からは大きな一つの眼が2人を見ていた。
恐怖から美歌は蹲って全身を震えさせ、みどりは美歌を抱き寄せて美歌の恐怖を和らげる。



「うううっ・・・!」
「大丈夫よ美歌ちゃん、あたしが付いてるから・・・」


――それにしても、あれって嘴よね・・・?
でも、あんな大きな嘴なんて・・・・・・!



目の前のものの正体を探っていたみどりは、天井の穴から見えた「それ」の姿に思考を停止させ、ただ唖然とした。



――うそ、でしょ・・・



みどりが見たもの、それはあまりにも大きな鳥の頭部だった。
表皮はオレンジ色をしており、尖った眼と先程の黄色い嘴、それに頭頂からは長い黒と白の体毛の塊が付いている。



「か、怪獣・・・!」



シィアアアアアアアアアアアアウン・・・






同刻、弥彦村の中心地に何かを知らせる機械音が響いていた。
それは健に拳を突き付けられたまま身動きしない、将治の鞄に入ったノートパソコンからだった。



「・・・はっ!ちょっと失礼。」
「おい待て!俺の言葉は無視しやがんのか!」
「この音は・・・!」



急いで将治は鞄からノートパソコンを取り出し、片手で持ちながら何か操作を始める。



「何してんだ?」
「・・・やはり。」
「てめぇは人の言ってる事に答え・・・」
「怪獣が現れた。この近くの弥彦山に。」
「!?」



「怪獣」「弥彦山」のキーワードに健は将治の肩を掴もうとした手を止める。



「ど、どういう事だ!弥彦山に怪獣・・・?」
「僕のノートパソコンは半径10km以内に膨大な熱源反応が一ヶ所に集中して発生すると反応するようになっている。一ヶ所に熱源反応が起こると言う事は巨大な生物・・・そう、怪獣がいると言う事。そして今さっき、弥彦山に膨大な熱源反応が発生した。」
「なっ・・・!?」
「とりあえずここで話すのも何だし、町の前まで戻ろう。」





中心地の前まで戻った2人はノートパソコンに写し出された衛星写真を見ていた。
その写真は弥彦山の一帯が霧に包まれている光景を写したものであり、将治によればこの中に怪獣がいるらしい。



「現れたと思われる怪獣はフォライド。5年前にも現れた怪獣だ。奴は人間を常食とした怪獣で、自らの体内で生成した霧を周囲に噴射して身を隠し、山岳地帯に入った人間を捕食していた。」
「人を食うだと!?じゃあこれって・・・!」
「獲物となる人間を見付けたに違いない。ただ、熱源反応を見る限りこんなに大きくは無かった筈だけど・・・」
「何でもいい!早く弥彦山へ行かねぇと!」
「なっ、何を言っているんだ君は!わざわざ危険と教えた所へ行くと言うのか!」
「ここには今、俺の大切な奴がいるんだ!放ってなんておけねぇ!」
「だが・・・!」
「それとも、てめぇはまた『行ってた奴が悪い』って言うのか?そうやって、てめぇは何もしねぇのか?だったらてめぇはずっとそこでパソコン見ながら縮こまってろ!」
「・・・」
「俺は行くぜ。このまま黙って見てるつもりはさらさらねぇ・・・」






「・・・すみませーーん!」



弥彦山へ向かう為、クラウチングスタートの体勢を取ろうとした健を呼び止めたのは、昨日美歌を助けた観光客の少女だった。



「んっ、あんたって確か・・・」
「はぁ、はぁ・・・えっと、桐城さんのお兄さんでしたよね・・・?」
「そうですけど・・・俺に何か?」
「こ、これを・・・」



余程走っていたのか、息を絶えだえにしながら観光客が健に渡したのは黄色の丸く細いラインが中央と隅に付いた折り畳み式の水色の丸い鏡・・・そう、健がずっと探していた美歌の鏡だった。



「こ・・・これをなんで・・・!」
「あの後、友達を待ってた時に見付けたんですけど・・・渡す時間が無くて・・・それで今日病院へ行ったら、桐城さんが弥彦山へ行ったと聞いて・・・弥彦山へ行こうとした所で貴方に会って・・・」
「これ、ずっと探してたんです・・・!ほんとにありがとうございます!」



心から喜びを顔に出しながら頭を下げる健を見て、そっとほほえむ少女。
周りから見れば些細な事かもしれないが、そんな事でも少女はとても幸せそうだった。



「あんたには、感謝してもしきれません!えっと・・・何て名前でしたっけ・・・?」
「妃羽菜・・・遥です。」
「妃羽菜・・・さん。これで、妹との約束が果たせます!それじゃあ俺はここで!」



健は遥から受け取った鏡をズボンのポケットに仕舞うと、再びクラウチングスタートの体勢を取った。



「あの・・・弥彦山へ行かれるのですか?」
「異常現象が起こってる事は知ってます。けど、そこには俺の大切な奴がいるんです。俺はそれを放ってはおけない・・・だから、俺は今から助けに行きます!」



そう言うと健は一気に走り出し、遥の視界から消えて行った。
遥も決して健を止める事は無く、ただ健に向かって手を振った。



「・・・ほんとに行っちゃった。」
「止めないんですか?」



と、そこに今まで黙っていた将治が遥に話し掛けた。
いや、話し掛ける余裕が無かったと言うべきか。



「はい。それがあの子の思った事ですから。」
「彼が今、自ら危険な道へ進もうとしていても?」
「私には、それを強制する権利はありませんし。それに危険な道を避ける事だけが、正しい事では無いと思うんです。」
「・・・」


――危険を恐れない、か・・・



遥の言葉に、将治は健の行動を思い出していた。
健に興味を示した将治はあの後、健を調査・尾行して健の行動や言葉から彼がどんな人間であるかを探っていた。
だからこそ、今は自分のアイデンティティをも揺るがす健の行動、言葉が胸に突き刺さっていた。
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