受け継がれし「G」の名







キャンプを出た健は早速中心地へ向かい、瓦礫の上を走りながら先程探し損ねたコンビニの前を目指す。
健の心は一秒でも早く美歌に鏡を届ける事で一杯だったが、ふと目の前に見えた物にその足を止めた。



「あっ・・・」



健が見ていたのは、無惨に中央から二つに分かれた建物だった。
こういった光景自体は周りを見渡せばいくらでも広がっているが、健にとってはこの建物の跡が重要であった。



「これ・・・ゴジラが壊したやつだよな・・・」



健が見ていた建物、それは昨日ゴジラが帰り際に壊して行った土産屋であった。



――あの時、確かに俺にはゴジラがデカブツを倒しに来たって思った。
それは間違ってねぇし、正しいのかもしれねぇ。
けど、ゴジラは結局町を壊した。壊す理由なんざねぇ筈なのに。
・・・ゴジラって、何なんだ?
水爆が生んだ化け物か?生まれるべくして生まれた生き物なのか?
あのゴジラも、人間を憎んでんのか?人間に育てられても、やっぱ憎しみは消えねぇのか・・・?



「君、悩んでいるね。」
「!?」



突然背後から話掛けられ、健は慌てながら直ぐ様振り向く。
そこにいたのは健にとって忌まわしき思い出のある少年、将治だった。



「てめぇか。また俺を笑いにきやがったか?」
「いや?君が悩んでいるみたいだから、僕が答えまで導いてあげようと思ってね。」
「いらねぇお世話だ!とっととどっかに・・・」
「君はゴジラの存在について悩んでいる。」
「・・・!」



図星を突かれ、健は動揺のあまり瞳孔を大きく開く。
それを知ってか知らずか将治は不適な笑みを浮かべながら話を続ける。



「君は昨日、ゴジラを目の前にして二つの感情を抱いた。一つは突如として現れた破壊者を退けてくれた『希望』の感情。もう一つは救世主が破壊者になった事による『絶望』の感情。二つの感情の板挟みになっている君は果たしてどちらが正しいのかが分からず、それが君の『迷い』となっている。」
「・・・てめぇの言う通りだ。ふざけたくらいに人の考え読みやがって・・・」
「こういうのは得意だからね。人の行動でその人の思考を予想し、その人が何をするかをシミュレートする。全ての答えは過程にこそあるんだ。」
「けっ、気味の悪ぃ事ばっかしてやがんだな。」
「何とでも言えばいいさ。どちらにしても、僕の予想では君は破滅の道を辿る。結局答えを見付けられず、過程を誤ってしまってね。だから君が道を踏み外さないように、僕が答えを教えてあげよう。ゴジラは・・・絶望しかもたらさない存在さ。」
「ゴジラは、絶望だけをもたらす存在・・・?」
「君が知っているかは分からないけど、ゴジラが起こして来た事は必ず破滅に繋がっている。54年、85年、90年以降・・・どれも甚大な被害が出た。ベビーだって同じだ。例え人間が育てても人間の事なんて考えなかった。昨日がいい例さ。」
「てめぇ・・・そのベビーを育てた人や、ゴジラの気持ちは無視しやがんのか!」



右手の拳を握り、左の手で将治を指差し自らの怒りを将治にぶつける健。
だが将治は怒れる健を見てもなお怯みもしない。



「ベビーが何か良い結果をもたらしたかい?せいぜいGクラッシャーとかゴジラの誘導とかに役立っただけだ。それに誘導に関しても100%良い結果にはならなかった。まあ、東京のチェルノブイリ化を防いだ事には感謝しなければならないけど。」
「・・・てめぇは、本当にそう思うのか?」
「あくまで僕は事実を述べたまで。ベビー・・・いや、ゴジラが人間の事なんて考えていないのも昨日で証明された。人間の事を考えているんだったら、躊躇いも無く町を壊したりしない。人間は、わざわざ自分の害になる存在を放置していたって事さ。」
「・・・そうかよ、やっぱあいつの心には闘いしかねぇのかよ!」
「まぁ、そんなゴジラを生み出したのも人間なんだけどね・・・」
「!?」



ゴジラに対して否定的な発言しかしていなかった将治からの意外な言葉に、健は驚きを隠せなかった。



「ほとんどの人は覚えてもいないだろうけど、ゴジラは本来マーシャル諸島の孤島・ラゴス島で生き延びていたジュラ期の恐竜が水爆の実験に於ける多量の放射線を浴びて突然変異を起こし、生まれたものなんだ。」
「んな事、知ってるに決まってんだろ。この前学校の課題で出されたからな。」
「しかし学校の課題で出されなければ、君はゴジラの事を知ろうとも思わなかった。みんなそんなものさ。これまでの歴史で人間がやって来た事、過ちを知ろうともしない。それは『自分がやっていない』から。けれど、だから過程を誤る。失敗を知らずに学習しないから、間違った過程しか歩めない。」
「・・・てめぇは何がいいてぇんだ?」
「おっと失礼。なら単刀直入に言うよ。僕は、ゴジラを生み出した人間こそが悪だと考える。」
「人間が・・・悪?」
「ゴジラだって過程さえ誤らなければ生まれはしなかった。旧日本軍のトップが意地を張らずに講和すれば、水爆なんていらなかった。なのにわざわざ誤った道を選んだ。だからゴジラが・・・怪獣が生まれた。それは核を捨てる選択を選べずに怪獣を生み出している今も変わらない。このままだったら、悲劇が起こり続けるのは目に見えている。」
「そう・・・かもしれねぇけどよ・・・」
「だからこそ、過ちを犯した人間が始末を付けなければならない。過ちは清算しなければならない・・・ゴジラは、僕達が責任を持って駆逐する必要がある。」
「・・・」
「君はどう思う?まあ、僕の話を聞いてるならば答えは一つだと思うけどね・・・」


――そう・・・君が僕に賛同すれば、僕の正しさが証明される・・・
答えろ、桐城健・・・!



まるで心の声を代弁するかの様に、健に手を差し伸べる将治。
自分とは正反対である健に自分の考えの正しさを証明させる事が目的だった将治にとって、この手を健を取る事が自分の証明となるのだ。



「・・・」



一方の健はと言うと、差し伸べられた将治の手をただ見つめていた。
驚きも喜びもせず、眼前の手をじっと見ている。



――・・・違う。



そう、将治によって答えを提示されてもなお、健は迷っていた。
いや、健は将治に言われるがままだったわけでは無く、失いかけていた自分の意思を将治の言葉によって思い出していたのだ。



――違う・・・あいつの言う事に、何か納得がいかねぇ。
間違ってるとかじゃ無くて、俺があいつに。
けど、それが何かがはっきりしねぇ・・・
反論してぇのに、何を言えばいいかが浮かばねぇんだ・・・!
ちきしょう、イライラする!いつから俺はこんなうじうじした奴になっちまったんだ!
俺は無敵の喧嘩中学生、桐城健だろ!こんな事にタンカもきれねぇなんて、俺らしく・・・・・・俺らしく?


「どうした?早く答えを言ってくれ。」


――・・・そうだ。
俺が探していたもの、それは・・・俺らしさ。
いろんな事があってから迷ってばかりで、俺は俺を見失ってた。
俺だけにしか出来ない、俺には出来ない・・・そんな事ばっか考えてた。
だけど、俺には俺を導いてくれる人が、言葉がある。
人間、1人じゃ小さい事しか出来ない。良かれと思ってやってる事が、大切な人を不安にさせる事もある。
だからまず、物事の本質を見極める。
何ががあっても、俺を信じてくれる奴がいる。守りたい奴がいるから、俺は闘える。
そうだ、それが俺だ。
それが・・・桐城健だ!



「どうした、はっきりと意見を・・・」
「・・・ああ。」



今まで黙り込んで将治の手を見つめていた健が、静かに呟いた。
その目は迷える者の目では無く、答えを見付けた者の目であった。



「そうか。だったら僕の意見に・・・」
「反対だ。」
「なに?」
「聞こえねぇか?反対だって言ったんだ。」
「教えてあげただろう?僕が答えを。それでも君は誤った答えを信じると言うのか?」
「間違ってるなんて誰が決めた。てめぇの一人よがりだろうが。」
「僕の言う事が、間違っていると?」



態度には出していないものの、将治は確かにその怒りを鋭く睨む目に宿らせる。
だが、それを見ても健は意にも返していないとばかりに睨み返す。



「確かにてめぇの言う事が本当の事かもしれねぇ。人の過ちがゴジラを生んだ事は否定しねぇし、今のゴジラも人の事なんて虫けらにしか思ってねぇのかもしれねぇ。」
「なら、何故僕に反論をする?喧嘩で相手を打ち負かすような、絶対に負けられない意地かい?」
「俺が気にくわねぇのはな、てめぇのその曲がりきった性根だ!ベビーが疫病神とか、ゴジラが疫病神とか言ってるけどな、それはてめぇがゴジラと分かりあおうとしてねぇだけだ!」
「なっ・・・!」
「てめぇ・・・いや、てめぇらはゴジラの気持ちを考えた事があんのか?あいつがずっとてめぇらとぶつかって来たのはどうしてだ。破壊しか頭に無い奴が、子供を育てたり慈しんだりすんのか?それはてめぇらが勝手に決めた事だろ!てめぇらがゴジラを殺す事しか、考えてなかったからだろうが!」
「そ、それは・・・」
「ゴジラは生きてんだ!どんな生まれでも、どんな姿でも!てめぇはさっき自分で言った『分かりあう』って事を、てめぇが必要だって言った事を考えてねぇんだよ!」
「分かり、合う・・・」
「分かり合うのに刃物はいらねぇ。これだけがありゃいいんだ!」



健は将治の手を左の手で振り払い、代わりに握った右手の拳を将治の顔の前に突き出す。
これこそが、健が言いたかった事だった。



「拳と・・・拳だ。」
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