受け継がれし「G」の名







「で、そのままノコノコここへ帰って来たってわけ?」



昼前、病院に帰った健を待っていたのは看護師達からのお叱りとみどりからのきつい言葉だった。
覚悟はしていたものの、健はやはりバツの悪そうな顔を浮かべる。



「い、いやぁ、なんかすぐばれちまって、探す時間が無くってさ・・・」
「そんな事しなくても自衛隊の人に鏡が落ちて無かったか聞いてみるとかあったでしょ?何でわざわざお尋ね物になるような方法を選んだのよ?」
「そ、そりゃあ・・・」
「ま、まぁ姐さん、兄貴は美歌ちゃんの事を思うあまり頭が一杯で・・・」
「翼君は黙ってて。」
「は、はい・・・」



みどりから(少々誇大に)事情を聞いていた美歌も最初こそ健が帰って来た事を喜んだが、散々周りを騒がせた挙句期待していた鏡も取って来なかった健への失望は大きかったらしく、それを態度で示す様に黙り込んでおり、そんな美歌とみどりとの板挟みになっている翼は落ち着き無くキョロキョロと頭を動かしている。



――ってか、俺って看護師押し退けて行った事になってんのか・・・?


「ほんと、あんなかっこつけてどっか行くんだったらせめて目的くらいは果たしなさいよ。」
「し、仕方ねぇだろ。もう一回行こうにも流石に無理そうな感じだったんだしよ・・・」
「何の考え無しに大見栄切るからいけないのよ。昔っからあんたってそうだったのに、まだ懲りてないんだから・・・」
「う、うるせぇ!お前だって・・・」
「みどねぇの言う通りだよ!たけにぃはみんなに心配掛けてばかりで、反省もしない大馬鹿人間じゃない!」



ここで口を開いたのは、ずっと黙り込んでいた美歌だった。
思わぬ人物からの言葉に、健は驚きの表情を見せる。



「み、美歌・・・?」
「たけにぃはいっつもそう。弱きを助け・・・とか理由を付けて喧嘩ばっかりして、今度はみんなに心配掛けといて結局嘘付いたの?」
「いや、それは・・・」
「み、美歌ちゃん、兄貴は美歌ちゃんの為を思って大切な物を・・・」
「つばさんは黙ってて!」
「は、はい・・・」
「美歌、違うんだ、俺は嘘を付きたくてこんな事したわけじゃ・・・」
「でも嘘じゃない!なんでそうやって自分だけで勝手に何でもやろうとするの?自分なら何でも出来ると思ってるの?今だって鏡も見付けられなかったのに!それなら、最初からあんな事言わないで!」
「・・・」
「兄貴・・・」
「みどねぇ、行こ!今日は弥彦山に行く予定だったでしょ!」
「えっ、でも美歌ちゃんさっき起きたばっかりで体が・・・」
「お医者さんは大丈夫って言ってたし、みどねぇも大丈夫なんでしょ!だから行こっ!」



ベッドから出た美歌はみどりの手を掴むと、10歳の女の子とは思えない程の力でみどりを出口へ引っ張って行く。
しかしみどりはそれをどうにか引き留めると健に向かって振り向き、こう言った。



「健、残念だけど美歌ちゃんの言う通りだわ。あんたはもう少し、自分の言葉と行動に責任を持った方がいいと思う。人間って、案外1人じゃ何も出来ないんだから。」



そう言い残して病室を去るみどりともう健の事など見ていない美歌を、健は黙って見ている事しか出来なかった。



「あ、兄貴・・・」
「・・・」
「だ、大丈夫っすよ。天下無敵の兄貴なら、きっと美歌ちゃんの鏡だってすぐ見付けられるっす・・・」
「・・・」
「こっ、今回は見つからなかっただけっすよ。それに誰かが拾ってくれてる可能性だって・・・」
「・・・」



残された翼は必死に健のフォローをするが、黙り込んでしまった健にそのフォローが通用しているのかすら分からない。



「あに・・・き・・・」
「・・・翼、お前は家に帰れ。」
「へっ・・・?」
「いいから帰れ・・・」
「で、でもおれっちだって・・・」
「分からねぇか!・・・こんな情けねぇ兄貴の姿なんて、弟子に見せたくねぇんだ・・・!」
「・・・あいっす。じゃあ兄貴、また・・・」



最後まで健を労う表情を見せながら、翼も病室から去って行った。
1人になった健は自分用のベッドに腰を降ろし、両手で頭を抱えて自らの過ちにただ項垂れた。
今まで何でも頑張れば出来ない事など無い・・・と強く思っていた健にとって昨日のマジロスとの圧倒的過ぎる力の差、今日の美歌に対する裏切りは自分の考えの甘さを嫌と言う程見せ付けられるものだった。



「俺・・・不良と喧嘩しながら弱い奴を助けて、母さんとの約束を守って、それで一人前の男だと思ってた・・・でも蓋を開けてみれば、俺はただの我が侭な子供だった・・・美歌にずっと心配掛けて、みどりにも呆れられて、翼にも情けない所ばっか見せて・・・俺は、まだまだ半人前だ・・・!」



そのままベッドに仰向けになり、放心状態になる健。
その手は震え、右手で隠した両目は微かに濡れていた。



「俺は・・・俺なんて・・・ただの・・・!」



――健・・・



と、その時健の頭の中で健を呼ぶ声がした。
とても温かく懐かしい声・・・そう、今や行方の知れぬ父・研護が最後に残した声だった。



――健・・・お前に約束して欲しい事がある。
これからは、お前が美歌と和美を守るんだ。
出来るな?いや、健ならきっと出来るとオレは信じている。
その証拠にこれをお前にやろう。このブレスレットは、オレがお前を一人前の男だと認めた証。
お前とオレの、絆の証だ・・・






「・・・はっ・・・!」



どれだけの間そうしていたのか、正気に戻った健は目元を右手で拭うと起き上がり、右手に付いた細く青いブレスレットを見る。
これこそが先程の言葉に出てきた「証」であり、研護がいなくなってからずっと健が肌身離さず付けているものだった。



「父さん、俺・・・」



研護や和美、美歌との日々を思い返しながらブレスレットを見ていた健だったが、ふと何かを思い付いた表情をすると勢い良く立ち上がり、強く拳を握り絞める。



――・・・行こう。
今の俺じゃあ、みんなに顔向けなんてできねぇ。



こうして健もまた、病室を出ていった。
17/28ページ
スキ